総てで、一番
どうしてこんなことになった。
その思いは中辺総一と、四葉かなこは全く一致していた。二人に挟まれるように座っている田羽三月は、二人の思いに気づいていない。
「ソーイチくん、クローバー! さあ、来るよ!」
がががががががが、がっ。先ほどまでしていた鈍い音が急におさまり、三人の身体は一気に傾く。
「きゃあああああっ!!」
「うわぁぁぁぁぁっ?!」
「…………」
楽しそうな叫び声を上げる三月、本気で驚いたような叫び声を上げる総一、そして特に反応をしないかなこ。三者三様のリアクションを乗せたジェットコースターはスピードを上げてレールの上を走る。
どうしてこんなことになった。
冷静に考えることのできたかなこは、ジェットコースターに揺られながらここまでの流れを振り返ることにした。
事の発端は、先週のことだった。
「た、田羽先輩! もし良かったら、一緒にいきませんかっ?!」
卒業式の一件から、連絡先を交換し合った総一と三月は、その後も時々会うことがあった。
総一としてはどうにか三月に思いを伝えたいと思っているのだが、いつもタイミングが掴めないということが多かった。元々、思ったことをすぐにしたがる三月のタイミングを掴むということは困難であるし、すぐに言葉を伝えない総一も総一なのだが。
「へぇ、遊園地?」
総一から受け取ったチケットを見て、三月は楽しそうに言った。その三月の反応を見て、総一の表情もぱあっと明るくなる。
「は、はい!」
「私、遊園地好きだよ。楽しいね、遊園地」
「でっ、ですよねえ! 俺も好きです!」
「それで、これに連れて行ってくれるの?」
にこりと微笑みながら首をかしげる三月に総一はこくこくこく、と何度も何度も首を振って頷いた。
「ありがとう、ソーイチくん」
「い、いえ! そ、それほどのことでもないですよ!」
「それじゃあ、クローバーも誘って三人で行こうか」
「……え?」
舞い上がって熱を帯びていた総一の頭は、三月の一言で一瞬で冷たくなった。ぱちぱちと瞬きをして、三月を見つめる。
「今、なんて」
「ほら、このチケットって一枚で三人まで入れるって書いているよ。なら、クローバーも誘って三人で行こうよ」
ぽかんとする総一に、三月は再び微笑を浮かべて首をかしげて、言った。気づいたら、総一は頷いて「そうしましょう」と言っていた。
そして約束の日に遊園地の入り口前で総一が待っていると、三月とかなこが二人そろってやってきた。三月は最初に遊園地のチケットを見せたときと同じ、楽しそうな表情を浮かべている。一方のかなこは少し不機嫌そうな、むすっとした表情をしている。それは、総一の良く知る『生徒会長』の姿だった。
「お、おはようごさいます。田羽先輩、会長」
「……私はもう会長じゃないけどな」
総一の挨拶を受けたかなこは少し呆れたような表情でそう返した。しまった、と思った総一だったが、なんとなく「四葉先輩」と呼ぶことにためらいがあった。それはきっと、かなこの隣にいる三月呼ぶあだ名が原因なのだろう。
「そんなことを言わないで、クローバー。せっかく、久しぶりに後輩に会えたのだから、楽しそうに笑わないと」
「別に楽しそうにする必要もないだろう」
ああ、怒ってる。総一はかなこの様子を見て少し胃が痛くなり始めていた。
どうしてかなこが不機嫌なのか、どうして総一の顔色が悪そうなのか、なんて気づきもしない三月はにこにこと楽しそうにスキップをしながら二人より先に入場門へ向かっていた。その後を重い足取りで総一が歩き、総一に付き添うようにかなこが歩く。
「中辺」
「はっ、はいぃ!」
「申し訳ないことをしたな」
「…………へ?」
てっきり怒られると思って軽く目を閉じた総一だったが、かなこの口から出たのは謝罪の言葉だった。予想もしていなかった言葉に総一は驚きを隠せずにかなこの顔を見て素っ頓狂な声を上げた。
「な、何を……」
「私がちゃんと田羽に断りを入れればよかったのだけれど、上手く丸め込まれた」
「いや、でも、その」
「悪かったな、せっかくのデートを」
かなこが言った瞬間、総一の顔が赤くなる。
「なっ、なっ?!」
「何でお前が赤くなるんだ」
「いや、だから、その、そっ」
「私も協力するから。少しでもお前たちにデート気分を味わえるようにするから」
いや、そんなこと、しなくても、と言いたかった総一だったが、さっさと先に行ってしまったかなこを見て、ただ口をぱくぱくと動かしていた。
それから園内に入った三月の目に入ったのは、ジェットコースターだった。
「ソーイチくん、クローバー! あれに乗ろう!!」
「ああ、私は構わない」
「俺も、大丈夫です」
「じゃあすぐに行こう!」
そう言って三月は強引にかなこの腕を引っ張って、走り出した。突然のことにかなこも、総一も目を大きく開けて驚いた。そしてかなこは引っ張られるがままに三月についていき、総一はその二人の後を走って追いかけた。
「ソーイチくん、早くー!」
「ま、待ってください!!」
それからかなこは完全に三月に腕をつかまれたまま、ジェットコースターに乗り込んだ。三人乗りの座席の一番端にかなこは座り、その隣に三月が座った。
「ほら、ソーイチくん。ここに座りなよ」
「はっ、はい!」
慌てて総一は三月の隣に座り、シートベルトを締めた。自分が三月の隣に座っていることに気づき、その瞬間、顔を赤くさせた。
「ああー、楽しみだなあ。ねえ、クローバー」
「お前が騒ぐほどのことでもないだろう」
「そういうそっけない反応も、クローバーらしいね」
にこにこと楽しそうに三月はかなこに話し掛ける。そんな三月の姿を見て、総一は少しだけ悲しくなった。
普通デートでジェットコースターとか乗ったら、女の子が男の子に声をかけるものだろ……? そう思っていた総一にとってはこの現実は辛いものだった。多少、偏見が大きい部分はあるが。
そしてジェットコースターから降りた一同は、ジェットコースター乗り場の近くにあるベンチに座っていた。
「ソーイチくん、大丈夫?」
「ああ……はい……」
実は絶叫系のアトラクションが苦手だった、ということを初めて乗ったジェットコースターで知らされた総一はベンチに座ってぐったりと頭を俯けていた。想像以上にスピードがあり、何とかなるだろうと思っていた総一だったが、現実はそうではなかった。
「ソーイチくんったら繊細だね。なんかかわいいかも」
「かっ……、からかわないで……、ください……」
歯切れの悪い総一に対して、三月は「かわいいなあー」などと言いながらその背中を撫でた。それを見ていたかなこは少し呆れたような表情を浮かべ、それから立ち上がった。
「クローバー?」
「何か飲み物を買ってくる。何がいい?」
「あの! 俺行きます!!」
突然の提案に、かなこも、そして三月も驚きで目を大きく開いた。普段は出さないような大声を出した総一を、ぱちぱちと瞬きしながらかなこは見つめる。
「……じゃあ、頼む。私は、ストレートティーで」
「なら私はソーダをおねがいするよ、ソーイチくん」
「はい」
総一は、どこか逃げるように走って自動販売機に向かった。総一の走り去る背中を見つめていたかなこは、どうしたものか、と思いながら三月の隣に座った。そして何気なく三月の横顔を見たかなこの目が、再び大きく開かれた。
「……どうした、田羽」
三月の頬は、真っ赤に染まっている。想像もしていなかった三月の表情の変化に、かなこは驚きを隠せない。
「クローバー、私がどうして君を誘ったと思う?」
「は?」
「私はね、これが生まれてはじめてのデートなんだ」
言いながら、三月は顔を俯けた。大きなため息を出す三月に、驚きを通り越して不気味さを覚えたかなこは恐る恐る、と言った様子で尋ねた。
「もしかして田羽……、デートに緊張している、のか?」
かなこの問いに、三月は頷く。気づかないうちに、かなこの口から「嘘……?」と零れていた。三月は顔をあげ、かなこの方を見た。その表情は、どこか泣きそうなもののようだった。
「ソーイチくんが私のために、チケットを取ってくれたこともわかっている。でも、ダメなんだ」
「ダメ?」
「こんな風に、改まった形で一緒にいるとなると、緊張する。クローバーがいるから安心できるけど、でも、二人きりになったら、私」
慌てた様子で早口に言う三月の姿を、かなこは初めて見た。
「まさか、緊張を和らげるために、私を呼んだ、って言うのか?」
引きつった表情でかなこが尋ねる。三月は、こくりとうなづいた。
「……田羽、いつからそんなに乙女になったんだ?」
「私、乙女なの?」
今まで、こんな三月の様子、見たことなかった。むしろ、見たくなかった。かなこは大きくため息を吐き出した。
「状況はわかった」
そういって、かなこはゆっくりと立ち上がった。唐突なかなこの行動に、三月は大きく目を開いてかなこの様子を見た。
「クローバー?」
「帰る」
「……え?」
かなこは三月に視線を向けることなく、冷たく言い放った。三月はしばらくその言葉の意味がわからず呆然としていたが、数秒たってようやく理解した。
「ちょ、ちょっと?! クローバー!!」
叫ばれてもかなこは振り返らない。あれは自分の名前ではない、と認識してしまえば無視するのは容易かった。そのとき、飲み物を買ってきた総一がかなこの方に向かって小走りで来ていた。
「あれ、会長? どうしたんですか」
「中辺、私の紅茶」
「え、あ」
状況は把握していないが、断る理由もない、と思いながら総一はかなこに買ってきたストレートティーを渡した。受け取ったかなこは「ありがとう」と一言言って、総一の横を通り過ぎた。
「え、ちょ、会長? 何処に?」
「帰る」
「……へ?」
総一の反応に少しデジャヴを覚えながら、かなこは歩みを止めずに進む。少し進んでから、ストレートティーの代金を払っていないことを思い出したが、デートに付き合ったのだから百五十円程度安い、と自分に納得させて気にするのを止めた。
総一のほうは、ぽかんとした表情でかなこがさっさといなくなってしまった方向を見つめていた。ぼんやりしている間に、もうかなこの背中は見えなくなっていた。本当に帰ったのか? と疑問に思っていたそのとき、突然背後から誰かに激突された。
「そ、ソーイチくん?! く、クローバーは?!」
焦ったように叫ぶのは、三月。今まで見たことないような、うろたえた表情に総一は言葉を失いかけた。
「た、ば、先輩? どうしたんですか、そんなに慌てて……」
「く、クローバー! クローバーは?!」
「えっと、帰るって……言って……」
「もう、行っちゃった……?!」
呟いたと同時に、三月は腰が抜けてしまったかのように地面に膝をついてしまった。突然の出来事に、総一は目を大きく開けて三月のそばに駆け寄った。
「先輩?! 大丈夫ですか!」
「あ、はははは……。うん、大丈夫」
じゃない。すぐ目の前に、総一の顔があるのだから。
「……田羽、先輩?」
総一の顔を見て沈黙する三月。ただ事ではない、と感じた総一は不安げに名前を呼んだ。すると、三月は顔を俯けた。
「ダメ、なんだ……」
「え……?」
「私、ダメ、なんだ……」
深刻な声。ダメという単語。そして俯く三月。その要素で総一は、悟った。
「俺が、ですか」
搾り出すように、総一は言葉を続けた。
「俺が……、ジェットコースターにもマトモに乗れないような、情けない男だから、ですか」
「……え?」
総一の言葉に、驚いたように三月が声を上げた。
「ち、違う! ダメなのは、私なんだ……」
「先輩、が?」
「……二人きりになると、こんなに顔が近いと、ダメ、なんだ」
顔は、赤い。耳まで赤くなっている三月の姿をはじめて見た総一は驚いたが、すぐに納得した。
「俺、嬉しいです」
「何が?」
「先輩が俺のこと、そんな風に思っていてくれてるなんて」
総一はしゃがんで三月に視線を合わせようとする。三月がゆっくりと顔をあげれば、そこに、にっこりと微笑んでいる総一の顔があった。が、その表情はすぐに真剣なものとなった。
「好きです」
「す、き」
「俺は、世界の、総ての誰よりも、一番、サンガツ先輩が、好きです」
初めて言った、告白の言葉。
初めて言われた、告白の言葉。
「……ふっ」
いつかと同じような笑い声。それを聞いた瞬間、今度は総一の顔が真っ赤に染まった。
「なっ、何で笑うんですか?!」
「いやあ、なんだか感動しちゃって」
「感動って」
よく見ると、三月の顔も赤い。お互い真っ赤な顔を合わせている。その光景に気付いた瞬間、総一も小さくふき出した。
「ソーイチくんも笑ってるじゃん」
「だって、なんか、感動って言うか、可笑しくなっちゃって」
「ふふっ」
三月がふき出すと、また総一も笑う。そのまま二人は、地面にしゃがんでいるままで大声で笑い合った。
「ねえ、ソーイチくん」
「は、はい」
笑いを抑えながら、総一は三月の呼び声に返事をした。
「君の名前って、素敵だね」
ふっと微笑む、三月。今まで見たことのないような、柔らかく優しい笑顔。
「総てで一番。君にとっての私も、私にとっての君も、そうだよね」
そして三月はそっと総一の手を取った。一瞬、三月の言葉がわからなかった総一は三月が持った自分の手を見て、それから三月の顔を見た。
「私も、世界の総ての誰よりも、一番君が好きだよ。総一くん」
それからしばらく、かなこのもとに三月からのメールが来なくなった。
「……全く、人騒がせな奴だ」
メールが来ると急な誘いばかりなのだが、来ないとなると少し寂しく思ってしまった。そんな風に思った自分に笑いながら、かなこはいつもと変わらぬ日々を送っていた。
「バイトでも、始めるか」
『去る人は、三月』『幸せは、四葉』の続編ストーリー、ということで三月ちゃんと総一くんのデート話でした。 実は思考が乙女だった三月ちゃんと、なんだか頑張りが空回ってしまっている総一くん。そんな二人のなんともいえない距離感がようやく縮まって満足しています。 しかし今回の苦労人はクローバー先輩ことかなこちゃんですね。まあ、無料で遊園地行けたし、ジュースもおごってもらったし、それは許していると思います。多分(笑) それから三月ちゃんと総一くんが後にどうなったか、は……ご想像にお任せします(笑) |