十四

 

 

  アラームの音。目を閉じているのに、強い光が目を照らす。

「う……うぅー……」

 手を伸ばして、あたりを叩く。すると、ごん、という鈍い音がしてアラームの高い音が止まった。あたりを叩いていた手は、ぐったりと動かなくなった。

「……朝、かぁ」

 起き上がって伸びをして、それからベッドから離れた。カーテンを開くと、明るい陽が、部屋に差し込んだ。

「朝、かあ……」

 寝癖が立った髪を手で撫でながら、亜華音は寝起きの間抜けな声で呟いた。目はまだ半開きで、ベッドに入ればまた眠りの世界に行けそうな表情だった。窓をぼんやりと見つめる亜華音だったが、ふっと表情が歪んだ。

 

「私が決めたことです。時雨さん、これからよろしくお願いします」

 誰も居なくなったアカツキで、亜華音が楽しそうに言う。時雨は、穏やかな笑みを浮かべたが、すぐに表情を暗くした。亜華音が時雨の顔を覗き込むと、時雨がゆっくりと口を開いた。

「本当に、いいの?」

「え?」

「私を守る……それが、貴女の答えなの?」

 時雨は、悲しげな表情で亜華音に尋ねた。その悲しい表情の意図がわからない亜華音は、にっこりと微笑んで答えた。

「はい! これが、私の答えです! 理由はさっきも言った通りだし、時雨さんのことをもっと知りたいって思ったんです。だから、もうそんな顔しないでください」

 そう言うと、亜華音は時雨の頬に触れた。冷たい時雨の頬に、亜華音の手の熱が伝わる。時雨は、ゆっくりと目を閉じた。

「貴女が決めたなら、それでいいの。ありがとう、亜華音」

 時雨はそっと亜華音の手に自分の手を重ねた。時雨の口元には、穏やかな笑みが浮かんでいる。

 

 その翌日である今日。亜華音は髪をブラシでときながら、鏡に映る自分の顔を見つめていた。気が抜けきったような顔をして、何度も何度も寝癖の部分をといている。

「そんな気の抜けきった顔してたら、また幟先生に怒られるわよ?」

「う、わぁ?!」

 突然の声に、亜華音は驚きで大声を上げた。亜華音の背後にいつの間にか立っていたのは、ばっちり髪を整え制服を着こなしている美鳥だった。

「み、美鳥?! 何でここにいるの!」

 暁翔学園の寮は一人に一部屋。それなのにいつの間にか居た美鳥に、亜華音は驚きを隠せない様子で尋ねた。

「チャイムも鳴らしたし、ノックもしたし、声もかけたわよ。でも、亜華音ったら全然反応しないから心配になって入ってみたわけ」

「ああ……ごめん」

「もう、そんなにぼーっとしてたらダメよ?」

 美鳥は親指と人差し指を立てて銃の形を作り、亜華音を指す。にっと笑う美鳥を見て、亜華音も笑みを浮かべた。しかし、その笑みはふっと消えた。

「……亜華音?」

「ねえ、美鳥。美鳥は、私の友達だよね?」

 唐突な亜華音の問いに、美鳥はぱちぱちと瞬きをした。それを見て、亜華音は言葉を続ける。

「美鳥は、『レッドムーン』の人だし……。いや、人っていう言い方も変だけどさ……、何ていうか、その、私とは対立する立場に居る、から」

「亜華音は、あたしにそう言う感じで接して欲しいの?」

「そ、れは」

 接して欲しい、というよりはそうなると思っていた。亜華音はどういえばいいかわからずに、俯いた。美鳥は小さく息を吐き出し、それから亜華音の両頬をつねった。

「い、いひゃい?!」

 亜華音は突然の痛みに泣きそうな声を上げた。何事か、と亜華音は美鳥を見ると、自分の頬をつねる美鳥の表情が微笑んでいることに驚いた。

「バカねえ、亜華音。あたしが、その程度であんたの友達やめると思ってんの?」

「ふぇ?!」

 美鳥はぱっと手を離して、腰に手を当てる。亜華音のほうは、つねられた頬を両手で押さえた。若干熱を帯びているようだった。

「確かに、『レッドムーン』と亜華音は対立することになっちゃったけど、ここであたしと亜華音が仲良くすることは問題ないわよ。と、あたしは思うけど?」

 美鳥の言葉に亜華音は呆然とした表情で首をかしげた。

「えっと、それって、つまり?」

 亜華音の反応を見た美鳥はガクリと肩を落とした。はああ、と大きくため息を吐く美鳥は亜華音を憐れむように見た。

「……本っ当に亜華音って頭悪いよね」

「え?! そんな悪口ダイレクトに言う?!」

「人に恥ずかしいこと言わせた後に、『つまり?』なんていうなんて、いい度胸してるわよ……」

「恥ずかしいことだったの?!」

「ああ、もう! あたしと亜華音の友情に、組織の対立どうこうは関係ないってあたしは思ってる! オーケー?!」

 少し早口に言う美鳥の顔は赤く染まっている。冷静になった亜華音は美鳥の言葉を聞いて、しばらく呆然としていたが、すぐに顔を赤らめた。

「うっわ、美鳥恥ずかしい! 何、そのくさいセリフ!!」

「あんたが言わせたんでしょ?! ああ、もう恥ずかしい! 早く教室行くよ!」

 美鳥は苛立ったように言うと、亜華音に背を向ける。それからさっさと歩き始めた。亜華音が「あ?!」と声を上げて美鳥を追いかける。

「待ってよ美鳥! 置いてかないでよー!」

「頭の悪い子の相手するほど、あたしは暇じゃないんですー」

「もー、美鳥のいじわるー!!」

 ばたばたと歩く亜華音と美鳥の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

 ずっとこのまま、美鳥と一緒に居れたらいい。

 そのときの亜華音は、ただ純粋に、一歩先を歩く友人と過ごす日々を幸せに思っていた。

 

 

 

 

 

 

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