第十二章
「アカツキに入るのは、強く願うこと」
「……願う？」
美鳥の言葉の意味がわからず、亜華音はまた首をかしげた。アカツキに関わる話は、亜華音にとって知らない事ばかりで、正直ついていけなくなっている。
アカツキへの行きかたがわからない、という亜華音は美鳥に導かれるまま図書室にやってきていた。誰も居ない図書室だったが、亜華音は先ほどよりも強い空気の震えを感じていた。
「そう。アカツキに行きたい、と願えば鐘は鳴る。まあ、最初のうちは時雨が連れてきてくれたから入れたんでしょ？」
美鳥の言うとおりである。一度目は偶然入ったものの、二度目は時雨に導かれてアカツキに入れた。そんな亜華音が自分自身でアカツキに入ることはなかったのだ。
「私は、アカツキに行きたい。時雨さんに……会いたい」
亜華音は目を閉じる。どこか遠くから、あの鐘の音が響いた。そして、強い風が吹いた。
「入れた！」
亜華音が目を開くと、そこは赤い空間――アカツキだった。喜びで満面の笑みを浮かべていた亜華音だったが、すぐに状況を理解して表情をこわばらせる。
戦う時雨と沙弥、ナナコと芳夜。亜華音の隣に立つ美鳥も大きく目を見開いてその状況を見つめていた。
「ナナコ……先輩」
小さく零したと同時に、美鳥は駆け出した。
「美鳥？！」
追いかけようとした亜華音だったが、ぎぃん、と剣と剣のぶつかり合う甲高い音を聞いて時雨と沙弥の方を向いた。時雨の剣が、宙を舞っている。
「え……？」
時雨の目と鼻の先、と言ったところに沙弥の紫の剣が向けられている。何かを時雨に向かって言っているが、距離的に聞こえない。しかし、その沙弥の表情に笑みが浮かんでいることは遠くでもわかった。
「時雨さん……！」
亜華音は、時雨と沙弥に向かって走り出した。
芳夜とナナコの方に走った美鳥は、右手を前に向かって広げ、その手を左にずらした。その軌道に沿って、美鳥の目の前に緑色に光る小さなナイフのような剣がいくつか現れた。
そのうちの、手に一番近いものを掴んでダーツを放つかのように、芳夜に向かって投げた。他の剣も美鳥が投げたものについていくように動き出す。
「先輩から離れろ！！」
ナナコのすぐそばを通り抜けて、剣は芳夜に向かう。芳夜は後ろに跳躍して剣を避けたが、二本ほどかすってしまい、太ももに細い血の筋ができた。引きつる芳夜の表情に対して、ナナコに笑みが浮かんだ。
「すまないね、美鳥。助かったよ」
「あまりむちゃしないでください、ナナコ先輩。先輩がけがでもしたら、あたし……」
ナナコの隣に立った美鳥は少し弱々しい声でナナコに言った。ナナコは美鳥の肩を抱き寄せ、ぱんぱんと優しくその肩を叩いた。
「少し油断しただけだよ。そんなに心配しなくてもいい」
「先輩……！」
「芳夜、ワタシの後輩もなかなかやるだろう？」
視線を美鳥から芳夜に変えたナナコはにやりと笑う。芳夜は眉間に皺を寄せて不快な顔をしたが、すぐにその表情を解いた。その変化を、ナナコは見逃さなかった。
「わたしにもなかなかやる後輩がいてね。そうだろう」
芳夜が言い終える前に、ナナコは美鳥の肩を抱いたまま走り出す。一秒も満たない後に、大きな爆発音がした。
「……なかなかやる後輩、ねえ？」
苦笑いになるナナコの視線の先に立つのは、弓を構えた透だった。見下すようにナナコと美鳥を見た後、芳夜の隣に立つ。
「油断をしたな、芳夜」
「厳しいなあ、透は。でも、助かったよ」
「……時雨は」
透はあたりを見て、時雨の姿を探す。視線の先に剣先を向けられる時雨と剣先を向ける沙弥の姿が見えた。透の眉間に深い皺が寄り、弓を刀に変えて時雨たちに向かって走り出そうとした。が、
「やめて！！」
高い叫び声。時雨に向かって走る、一人の姿。
「千条、亜華音……」
必死に走る亜華音の叫び声が聞こえたのは、透だけではなかった。時雨に剣を向けていた沙弥も、そして時雨もゆっくりと亜華音のほうを見る。
「あ、かね……」
「時雨さん！！」
そして亜華音の手に剣が現れる。それを見た沙弥は剣を時雨から離し、亜華音に向かって走り出す。それを見た時雨ははっと目を見開き、叫ぶ。
「亜華音、逃げて！！」
時雨をも圧倒する沙弥に、何も知らない亜華音が敵うはずがない。そんな思いがこめられた時雨の叫びは、沙弥にも時雨にも届かなかった。沙弥が亜華音に向かって大きな剣を振り、それを亜華音は黄色く光る剣で受け止めた。
「っ！！」
重く鈍い衝撃が亜華音の剣に、そして亜華音の腕にかかる。二倍以上も太さがある沙弥の剣を一本で押し返すことは不可能だった。
「くっ……！」
亜華音はぎりぎりと歯を食いしばる。
このまま、負けたくない。このまま負けたら、時雨さんと会えなくなる。時雨さんが傷ついてしまう。
「負けたく、ない……！」
そのとき、亜華音の剣が強く光った。突然の光に、時雨も透も、ナナコも芳夜も美鳥も、そして沙弥も大きく目を見開いた。
「あ、かね……」
亜華音の剣は、強い光を放ったまま形を変える――否、分裂した。
亜華音の両手に剣が握られ、沙弥の剣をはさむかのように支えた。亜華音は全身の力を込めて、その剣を上に押し返した。沙弥は勢いのまま、後ろによろけた。
「……私、決めました」
亜華音は俯いて、口を開いた。その場にいた人々は何も言わず、ただ亜華音の言葉を待った。
「私は、『赤月』にも『レッドムーン』にも、入りません」
そして、ゆっくりと顔を上げた亜華音の表情は今までの困惑していたものとは違い、しっかりと自分の立ち位置を見つけたような、そんな決意に満ち溢れたものだった。
「私は、時雨さんを守ります」