第十三章
時雨を消そうとするために魔法を使う――学園自治組織『赤月』
時雨を手に入れようとするために魔法を使う――学園反乱組織『レッドムーン』
アカツキの中の立場はこの二つだけだった。しかし、それはたった一人の少女の出現によってあっけなく崩れた。
「私は、時雨さんを守ります」
そのたった一言で、このバランスは一瞬にして崩壊。誰も、想像していなかった展開だった。
「そうか」
亜華音の発言からしばらく沈黙が続いていた空気にピリオドを打ったのは、透だった。透の声を聞いて、亜華音は視線を透のほうに向ける。
「千条亜華音。私は以前、お前に言ったはずだ。その力を、時雨のために使うというなら、我々の敵と見なす、と」
「……はい」
確かに言われたことだった。亜華音は透の言葉に頷き、そして真っ直ぐに透を見つめた。
「それでも、お前は時雨のために魔法を使うのか」
「あの時、時雨さんは私を助けてくれました。だから、私も時雨さんを助けたいし、守りたい。これは、変わりません」
戸惑いを思わせない亜華音の声。その声に、透は眉間に皺を寄せる。
「それが、お前の答えか」
「はい」
亜華音の返答に透は頷いた。亜華音の背後で、時雨が呆然とした表情を浮かべている。
「亜華音……、それが、貴女の答えなの?」
「これが私の答えです。だって、あの時時雨さんは私を助けてくれたから」
亜華音は振り返って、時雨のほうを見た。その表情には、満面の笑みが輝いていた。
「あの時、時雨さんは私を助けるよりも逃げるほうが大切だったはずなのに、私を助けてくれました。死ぬかもしれない私を、助けてくれたんです」
「……私が、貴女を……」
時雨は、自分の白い手を見て呟く。亜華音は体をナナコたちの方に向け、そのまま深く礼をした。
「宇津美先輩、ごめんなさい。私、『レッドムーン』には入れません」
「ああ、残念だねえ……。せっかく仲間が増えると思っていたのに」
と、言う割には楽しそうな笑みを浮かべているナナコ。ナナコの隣に立つ美鳥が、困惑したような表情で亜華音を見つめている。
「亜華音……」
「千条亜華音。お前の答えはわかった」
そのとき、透の声が響いた。透は、持っていた弓を刀に変形させて亜華音に向かって走り出した。
「亜華音!!」
「っ?!」
時雨の叫び声に反応して、亜華音は透の攻撃を剣で受け止めた。ガチガチと震える剣と刀の音が、やけに耳につくようだった。
「この瞬間から、お前は『赤月』の敵だ。私は、お前を倒して時雨を消す」
「なっ」
目の前にいる透の瞳は、時雨に向けるものと同じ鋭い瞳。その瞳だけで、心臓を貫かれそうになる、鋭さ。透の瞳と言葉に驚きを隠せない亜華音は、小さく声を上げると、透が言葉を続けた。
「それがお前の答えの結果だ。時雨を守る、ということがどういうことかわかっているのか」
「――貴女は何もわかっていない」
亜華音の耳に、透とは違う声が聞こえた。その声に、透の目が大きく開かれ、亜華音も透もその場から離れた。直後、紫の剣が地面に叩きつけられる。
「私は、時雨のそばにいる為に力を手に入れた。それを邪魔する者は、誰であろうと許さない」
「何を……?」
紫の剣を叩きつけた沙弥は、透と亜華音を睨むように見つめて言う。感情の無い表情の中にも、怒りが見えた。
「残念だよ、亜華音くん。キミと一緒に戦えることをワタシは望んでいたのだけれどね」
気づけば、沙弥の隣にナナコと、美鳥が立っていた。ナナコは大げさに、まるで演技のように亜華音に言った。満面の笑みを、浮かべて。
「だけれど亜華音くん、我々『レッドムーン』はキミを敵と思っていない。むしろ、今すぐにでもこちらについて欲しいものさ」
「……けれど、あなたたちは時雨さんを攻撃したじゃないですか」
亜華音は沙弥を見ながら、尋ねる。その問いに、ナナコがくすりと笑った。
「亜華音くん。欲しいものを手に入れるためには、時には強引さが必要だって知らないかな?」
「なっ?!」
「もちろん、時雨が素直にこちらに来てくれるのならワタシたちは攻撃しない。けれど、そうじゃないだろう?」
ナナコは時雨に問うように言った。時雨は小さく息を吐き出しながら、頷いた。
「そうね、ナナコ。私は、どこにも属するつもりはないわ」
「……時雨」
寂しげな声で、沙弥は時雨を呼ぶ。しかし、時雨は悲しげな笑みを浮かべたまま、答えなかった。
「答えは出揃った。だが、今日は止めにしないか?」
重苦しい空気を破ったのは、ナナコ。赤く光る銃を消しながら言うその表情には、わずかに疲れが見えていた。
「それもそうだな。この状態で戦うというのも、無理な話だ。それに、明日の授業に影響してはいけないからね」
次に口を開いたのは芳夜だった。先ほど美鳥につけられた太ももの傷に少し触れながら、苦笑いを浮かべて言った。そして芳夜も銃を消すと、透が納得のいかない、と言いたそうな顔をしながらも刀を消した。
突然の出来事に亜華音が呆然としている間にも美鳥と沙弥が武器を消して戦闘態勢を解いた。亜華音もわけがわからないながらも持っていた剣を手放した。すると、剣はふっと光って姿を消した。
「ここに関わる以上、いずれ戦うことになる。なら、休息も取らないと話にならない」
「決着をつけるにしても、今の状態で全力を出せる人間はわずかだからね。さあみんな、帰ろうじゃないか」
芳夜とナナコが言えば、透も沙弥も美鳥も何も言えない。この二人が本当に対立しているのかわからなくなった亜華音が苦笑いを浮かべていると、隣に時雨が立った。少し泣きそうな顔のように亜華音は見えた。
「……亜華音、ごめんなさい」
「何がですか?」
「貴女を巻き込んでしまって。貴女は全然、関係ないのに」
「そんなことありません。だって、私はずっとあなたに会いたかったから」
そう言って、亜華音は時雨の手を取った。熱い亜華音の手に、時雨は驚きの表情を隠せなかった。
「私はずっと、普通じゃない出来事を求めていた。今までの自分が知っている世界とは違う世界に行きたかった。私は時雨さんに出会えて本当に嬉しいんです。だから、これから色々時雨さんのことを知りたいし、守りたいって思ったんです」
にっこりと笑う亜華音の顔を見て、時雨はいつの間にか口元に柔らかな笑みを作っていた。誰も居なくなっていたアカツキの中で、亜華音と時雨は手を握りあった。