第十章
「時雨」
時雨の名を呼ぶ、低い声。音の元になったのは、大型の剣。
「……沙弥」
先ほどまで時雨が立っていたところに剣を叩きつけているのは、沙弥。地面には大きなひびが入っている。
「沙弥、あまり激しくしないでくれよ。時雨が傷つくのはキミも嫌だろう?」
「この程度の攻撃を時雨が避けられないはずがない」
「買いかぶりすぎよ、沙弥」
苦笑いを浮かべながら時雨は沙弥に言う。しかし、沙弥は動じた様子もなく、視線をじっと時雨に向けていた。
「私は事実を述べただけ。時雨が回避可能な攻撃を行った」
淡々と答える沙弥に時雨だけではなくナナコも苦笑いを浮かべた。
びりびりと空気が揺れた。
「誰かが入ったようだね」
自治会室にいた芳夜が、書類に目を通している透に声をかける。透は視線を少し上に向けて、「ああ」と答えた。
「どうする? わたしたちも行くかい?」
「……私は、いい。行くなら一人で行ってくれ」
「つれないねえ、透。せっかく誘っているのに」
「どこかの誰かが目を通さないといけない書類を見ているのは誰だと思っている」
苛立ったような透の口調に、芳夜は肩をすくめた。書類は『崎森さまへ』と書かれているものばかりだった。
「怖い怖い。じゃあ、わたしが行ってくるよ」
「……好きにしろ」
その言葉を受けた芳夜は、にこりと笑って自治会室を出た。扉が閉まると、透は息を吐き出した。
アカツキには、金属と金属のぶつかり合う音がした。
「相変わらず貴女は強いわね、沙弥」
「私は、強くない。貴女のほうがもっと強い」
時雨の言葉に答えた沙弥は自分の身長よりも大きいであろう、紫に光る剣を時雨に向かって振る。時雨は上に跳躍して、その剣を避けた。
「時雨、こちら側に来るつもりは無いのかな?」
時雨と沙弥の戦いを傍観していたナナコが時雨に問う。沙弥から五メートルほど離れた場所に着地した時雨は、ナナコの方を向いた。ナナコは、相変わらず楽しそうな笑みを浮かべていた。
「ワタシたちはキミを傷つけたいと思ってはいない。なるべく、キミが綺麗なままで手に入れたいんだ」
「手に入れたい、なんて。相変わらず悪趣味な子ね、ナナコ」
「そういわれるのは慣れているよ。それで、答えは?」
時雨は首を振った。穏やかな笑みを浮かべて、時雨はナナコの問いに答えた。
「私はどこに属する、ということはしない主義なのよ」
「わかっている」
声の直後、時雨は視線をナナコから上方に向けた。空から、剣を時雨のほうに向けて落ちてくる沙弥の姿があった。
「っ?!」
時雨は後方に飛ぶ。数秒ずれていたら、その大型の剣は時雨の身体を貫いていただろう。大きな音と共に、あたりに煙が漂った。それはナナコのいるところにもかかり、ナナコの視界は煙で何も見えなくなった。
「全く、沙弥はやることが派手なんだから」
「君が言えたことではないだろうけどね、ナナコ」
第三者の声にナナコの目が大きく開かれた。そのとき、すでに後頭部に何かが突きつけられていた。
「怖いことをするねぇ、『赤月』は。そういうの、よくないと思うけど? ……芳夜」
ナナコの後方に立ち、朱に近い赤い光を灯している銃を突きつけているのは芳夜だった。
「校則違反を続ける生徒には実力行使も必要だと思って。君のような悪い子にはお仕置きが必要だ」
「体罰ばかり与える教育はよろしくないよ。ワタシは褒めて伸びる子だから」
勢いよく振り向いたナナコに、今度は芳夜が驚きの表情になった。ナナコの手には、紅に近い赤色に光る銃が握られている。
がちゃ、という音。ナナコの額に芳夜の、芳夜の額にナナコの、それぞれの銃が突きつけられる。
「何かの映画のシーンみたいだねぇ。そう思わないかな、芳夜」
「確かに、その意見には同意できる。けれど、随分余裕があるようだね、ナナコ」
余裕の表情を浮かべるナナコに、芳夜はわずかに引きつった笑みを浮かべている。ナナコはそんな芳夜の表情を見てにやりと笑った。
「ゾクゾクしないかい、芳夜。ワタシは、こういうスリルのあるような日常を求めていた。だから、時雨と出会ってアカツキを知り、魔法を使えるようになったとき興奮したのさ」
「なんと言えばいいのか……。悪趣味だな、としか思えない」
「よく言われるよ」
にっこりと笑ったナナコは、真っ直ぐに引き金を引いた。