爆発音。それは、透が時雨に放ったものよりも激しく、大きなものだった。

「きゃあ?!」

「ダメだよ、透くん。何でもかんでも独り占めしようとするなんて」

 くすくす、という笑い声。そして、亜華音の目の前に誰かの背中が現れた。

「……宇津美」

 透が、忌々しそうに名前を呟く。それを受けて亜華音の目の前に居る人物は亜華音のほうを向いた。

 明るい茶色の二つ結びのおさげ、明らかに乱れた校則違反の服装。その人物の特徴はそんなところだった。

「はじめまして、千条亜華音くん。ワタシの名は、宇津美ナナコというよ」

「う、つみ?」

「どういうつもりだ、宇津美」

 困惑する亜華音の声にかぶさるように、透がおさげの人物――宇津美ナナコに向かって言った。それは、明らかに怒りを含んだ声で、視線も苛立ちをぶつけるかのようなものだった。その声で亜華音の心臓は大きく動いたようだったが、ナナコは恐れるどころかにやりと余裕の笑みを浮かべる。

「どういう、も何もないさ。キミと同じことをするつもりだよ」

「なんだと?」

「ここで話すのもなんだ。場所を変えようか」

 そう言ってナナコは亜華音に背を向け、時雨の方に向かった。起き上がったままの時雨を見て、ナナコはにっこりと微笑んだ。

「さて透くん。キミとのお遊びは、また後日にしようか」

「ふざけるな」

 ナナコの提案に納得するはずもない透は刀を構え、ナナコに向かって走り出した。しかし、ナナコは笑みを浮かべたまま、動こうとしない。

「短気な女の子は、嫌われるよ? 透くん」

 余裕の言葉。ナナコは手のひらを透に向けた。すると、赤い光が手のひらから生じる。

「さあ、行こうか、亜華音くん」

 亜華音のほうを振り向いてナナコは言った。目を細めて微笑むナナコを認識した瞬間、亜華音の意識は突然真っ黒になった。

 

 

「亜華音くん、大丈夫かい?」

 目を覚ますと、そこにはナナコの顔があった。亜華音は驚きのあまり目を大きく開いたまま、何度か瞬きをするしか出来なかった。そんな亜華音の様子を見てナナコは楽しそうな笑みを浮かべる。

「無事そうだね。うん、よかった」

「あ、の……、ここは……」

 ナナコの顔が離れて、亜華音は体を起こした。辺りを見ると、そこは見知らぬ室内だった。どうやらここはアカツキではない、と本能的に亜華音は認識した。

「ここは、使用されていない美術準備室。別名、学園反乱組織『レッドムーン』本部」

「……反乱?」

 聞きなれない単語に、亜華音は首をかしげる。その反応にナナコは満足げに微笑んだ。

「いいリアクションだね、亜華音くん。キミのようなかわいい子は、ワタシの大好物だよ」

「だ、大好物って……」

「あまりからかわないであげてくださいよ、ナナコ先輩」

 困惑した亜華音の耳に、聞きなれた声が届く。そして、ナナコの背後からその声の主が現れた。その人物を見て、亜華音の目が大きく開かれた。

「美、鳥?」

 名を呼ばれた美鳥は、穏やかな笑みを亜華音に向けている。ますます混乱する亜華音の頭をリセットするかのように、ナナコが手を叩いて大きな音を鳴らした。

「さあ、亜華音くん。本題に入ろう」

「ほん、だい……?」

「キミに問いたいことがあるんだ」

 それは、先ほどアカツキで透に言われたことと同じ。まさか、と亜華音が思うと、ナナコはにやりと不敵な笑みを浮かべた。

「学園反乱組織『レッドムーン』に入るつもりはないかい?」

「反乱組織、ですか……」

「ああ、まだ何も知らないよね。なら、とりあえずメンバー紹介をしようか」

 亜華音の怪しむような声を気にしていないナナコは後ろに立つ美鳥を前に出し、肩に手を乗せた。

「彼女は佐木美鳥。って、美鳥のことは言わなくても知っているようだね。それと、もう一人」

 ナナコが指さしたのは窓際。差し込む陽の光を背に受けるその人物は、ナナコが指さすのにも気づいていない様子で、手にしている文庫本を読み続けている。

 黒い髪は短く、少し首を動かしただけでさらさらと揺れていた。見下すように本を読む目元には、長いまつげが影を作っていた。その風貌に、どこか時雨を思い出させるものがあるように、亜華音は感じた。

「篠江沙弥。この三人で、我々は活動しているよ」

「あの、それで……反乱って、一体……」

「まあ、反乱というのはあくまであの『赤月』に対して、だよ。我々の目的はただ一つ」

 ナナコは人差し指を沙弥から亜華音に向ける。

「時雨を我々の手中に収めることだよ、亜華音くん」

 

 

 

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