第七章
剣と剣がぶつかり合う音。それだけが、アカツキに響いていた。透は無表情のままで時雨に向かって刀を振り続けた。甲高い音は火花を散らしているようで、亜華音は何も出来ずにただその様子を見ていた。
「どうして、こんな……」
状況がわからず、亜華音は立ちつくすしかなかった。何が起きているのか、どうしてこんなことになっているのか、亜華音は必死で頭を働かせて考えるが、答えは見つからない。
時雨は穏やかな表情のままで、透の刀を受け止めては流している。まるで攻撃する意志は無く、ただ受け流そうとしているだけのようだった。透のほうは無表情に徹しているが、その眉間には苛立ちを表すように、少しずつ深い皺が寄り始めている。
「透、本当に強くなったわね。驚いたわ」
「言っている割には、驚いた様子はないようだが」
「あら、そうかしら？ 驚いているつもりなんだけど」
ぎぃん、と金属音がした。透の刀と時雨の剣が互いに押し合って、ガチガチと小刻みに揺れている。どちらかが少し力を加えれば、すぐに相手の体を切り付けられるような近距離に、二人は居た。
「そこまでして、私を倒したいのかしら」
「わかっているのなら、素直に倒されろ」
「私が力を抜けば怒るでしょう？ 貴女はそういう子だもの」
にこり、と時雨が微笑むと剣が刀を強く押した。反動で、時雨が後方に飛ぶ。まるで羽が生えて飛んでいるかのように高く飛ぶ姿を、亜華音は驚きを隠せない表情で見つめた。
「だから、私は全力で貴女に向かうわ。貴女がそうしてくれているように」
時雨は剣を横に向けて前に出す。すると、黒い光が剣を包み、その姿を変えてゆく。
「そうか」
透はその様子を見て、時雨と同じように刀を前に向ける。青白い光が少しずつ曲がり、刀から弓となる。
「時雨。望みどおり、全力をぶつけてやろう」
矢の無い弓をゆっくりと引く。中心に、青白い矢が現れ、その先を時雨に向けた。
そして、時雨の手の中にあった剣も弓に変わった。着地する直前まで、時雨も透も互いに矢を向けていた。
「時雨さん！！」
亜華音が叫ぶ。
透の手が、矢から離れた。
時雨の手が、矢から離れた。
ほぼ、同時の出来事だった。
強い風が吹く。アカツキに来たとき以上の強い風が、亜華音の顔に直撃した。目が開けない、と思いながら腕で顔を隠し、目を細める。それからしばらくして風が止むと、あたりに白い煙が漂っていた。
「し、時雨さん……？」
白い煙の中、亜華音は首を左右に動かして周りを見る。時雨の声も、透の声も、何も聞こえない。
「時雨さん！ 時雨さん！！」
不安に駆られた亜華音は、大声を上げて時雨の名を呼んだ。しかし、反応は無い。早くこの煙が消えれば、と亜華音が思ったとき、煙が薄くなり始めた。すると、すぐ目の前に人影が見えた。
「時雨さ……！」
煙が消えると、そこに居たのは時雨と、透。時雨は仰向けに倒れていて、透は時雨のすぐそばで刀を地面に刺し、片膝をついている状態だった。二人とも、肩で荒く呼吸をしている。
「時雨……、これで、終わりだ」
透は刀を支えに立ち上がり、それからその刀を抜いた。青白く光る刀の先は、時雨に向かおうとしていた。
「……そうね」
時雨は大きく息を吐き出した。それは、諦めきったような声のように亜華音には思えた。
「だめ……！」
透が刀を時雨に向かって振りかぶる。スローモーションのように進む目の前の光景に向かって、亜華音は走り出していた。時雨がわずかに首を動かして、亜華音を見つめていた。
「だめ！！」
響いたのは、金属音。
「……何」
透が小さく、呟くような声を上げた。その声色には、わずかに驚きの感情が含まれている。
「亜華音……」
時雨が囁くように亜華音の名を呼ぶ。目は少し大きく開かれ、目の前の光景をじっと見ていた。
「え……？」
そして、亜華音は信じられない、と言いたげな声を上げる。時雨の首のすぐ近くには、透の青白い刀と、黄色く光る剣。その剣は誰でもない、亜華音の手に握られていたのだ。
「……やはり、お前も使えるのか」
そう言って、透は刀を時雨の首から離した。亜華音もそれにつられるように、剣を時雨の首から離して、自分の前に掲げた。
「これが、魔法……？」
「千条亜華音、お前に問いたいことがある」
視線を剣から透に向けた亜華音は、背筋に冷たい何かが走ったのを感じた。透は先ほどまで時雨に向けていたのと同じような瞳で亜華音を見つめている。心臓を貫かれるような、そんな緊張感が亜華音の全身を包んだ。
「その力を、何に使う」
「……この、力？」
「我々は、そこに居る時雨を倒すために魔法を使う。お前は、時雨を守るために使うのか」
亜華音は自分に手に握られている黄色の剣、目の前に倒れている時雨、そして時雨のそばに立ち亜華音をじっと見つめている透を見た。
「仮に、お前が時雨のために使うとするなら」
「する、なら……？」
「お前を我々の敵と見なす。それがどういう意味か、わかるはずだ」
先ほどまでの時雨と透の戦い。それを思い出した亜華音は、びくりと震えて一歩後ろに下がった。首筋から、冷たい汗が伝わった。
「私、は……」
亜華音が呟きかけたとき、透が突然後方に跳躍した。時雨も勢いよく起き上がり亜華音に向かって叫ぼうと口を開いたが、その声は亜華音に届かなかった。