エンドレス・カウントダウン

 

[ご来場の皆様! いよいよ、カウントダウンスタートです!]

 空に飛び交う花火を見ていた新吾たちの耳に、大きな放送の声が響く。周りの客たちもわあっと声を上げた。

[年越しの瞬間、最大級の花火が空に輝きます。皆様、瞬きをせずにごらん下さいね!]

 新吾はポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認する。十一時五十九分、五十五秒。

「5!」

 カウントダウンが、始まる。

「4!」

 人々が天に指さし、楽しそうに数を数える。

「3!」

 新吾の隣にいる友人たちも同じように指さして、大声で叫んでいる。

「新吾」

「え?」

 名を呼ばれた新吾は、視線を少し下に落とす。不満げな顔をして、新語を見上げている少女がいた。

「2!」

 少女が口を開いたが、カウントダウンの声で少女の言葉は新吾に届かない。

「今、何て」

「1!」

 ひゅん、と音がして炎の筋が天に向かって放たれる。あ、と言って新吾が空を見上げて花火を見ようとした。花火が開かれようとした、瞬間。

 

 ピピピ、ピピピ、ピピピ、とアラームが鳴る。

 新吾はゆっくりと目を開いて、音の源を探す。適当に手を伸ばして、かつん、と指先に何かがぶつかった。

「んー……」

 ようやく手にした携帯電話を操作して、アラームを止める。ぼんやりとした視界が、少しずつはっきりとし始めた。画面に映し出されるのは時計と、カレンダー。

「……は?」

 ぼんやりとした頭が、その画面を見てはっきりと目覚めた。新吾は、画面に出ているカレンダーの日付が間違っていないか、何度も瞬きをしながら見た。が、画面に変化は無い。

「何で、だよ?!」

 新吾は慌てて立ち上がり、携帯電話を握り締めて部屋を飛び出た。

「チトセ!!」

 コタツにしっかりと入っているチトセは、慌てた様子の新吾を白けた目で見た。

「何よ、師走だからってあんたまで走らなくてもいいでしょ」

「お前、何した!!」

 チトセの言葉に対するツッコミもなく、新吾はチトセに向かって怒鳴る。

「べっつにぃ? あたしは何もしてないけどぉ?」

「嘘吐け!! 何でまた大晦日になってんだよ?!」

「はあ? 十二月三十一日は大晦日でしょ? こんなの日本人誰でも知ってるわよ」

「そうじゃねえ!! カウントダウンまでしたのに、何で十二月三十一日になってるんだ、って聞いてんだよ!!」

 新吾が怒鳴るたびに、チトセの表情が歪んでゆく。

「はあ? それはあれじゃない? あんたの一年の行いが悪かったから、とかじゃないの?」

「ふざけんじゃねえよ!!」

「ふざけてんのはあんたでしょ?!」

 チトセはコタツから出て立ち上がり、新吾を指さして怒鳴り返した。まさか怒鳴られるとは思っていなかった新吾は、呆然とした表情を浮かべて言葉を失った。

「新吾って、本っ当にバカよね! バカ、バカ、バカよ、バカ!!」

「な、何でそこまで……」

「五月蝿いバカ!!」

 理由を尋ねようとする新吾の言葉を無視して、チトセは叫んで新吾とすれ違って部屋を飛び出た。しばらくして、ばんっ、と扉の閉まる大きな音がした。どうやら、先ほどまで新吾が寝ていた部屋に閉じこもったらしい。

「……なんだよ、わけわかんねー」

 年神って言うのも、結局は気まぐれな少女と変わらない。そんな思いを込めながら大きく息を吐き出す。

「……カウントダウン、一緒に行くんじゃなかったのかよ」

 ポケットの中に入っていたチケット二枚を見て、新吾はぽつりと呟いた。

 

 新吾の友人が、本当は彼女と一緒に行くはずだったカウントダウンイベントのチケット。その彼女が、バイトの都合でカウントダウンに参加できなくなってしまったらしい。そのため、チケットが無駄になってしまった、と言うことで譲り受けたわけである。

 昨日――厳密には一度経験した大晦日の日。新吾とチトセは一緒にそのイベントに参加したのだ。イベントのチケットがある、と言ったら普段から大きなチトセの瞳が、さらに1.5倍ほどの大きさに開かれた。きらきらと輝く瞳は、新吾に期待のまなざしを向ける。

「い、行く! 行きたい!! 新吾と一緒に、カウントダウン、したい!」

 新吾の家から電車で二駅ほど行った所にある遊園地。うきうきとした様子のチトセを、新吾は微笑ましく見ていた。

 そして、イベントが始まる数十分前。

「おう、新吾ー!」

「あ、よう」

 新吾の友人たちが偶然その場に居合わせた。

「どうしたんだよ、お前ー」

「カウントダウンイベントだろー? 一緒に年越しちゃうかー?」

 そんな風に笑いあいながら言う新吾と友人たちを見て、チトセは表情を曇らせた。

「おう、いいぜー」

 新吾が友人の誘いに答えると、チトセの目は驚きではっと開かれた。が、すぐに表情を曇らせて俯く。

 そして、カウントダウンが始まる。

「新吾」

 盛り上がるカウントダウンの中、低いチトセの声が、新吾の名を呼んだ。

「え?」

 チトセは新吾に言う。

「今、何て」

 空に響く大きな音が、チトセの声を掻き消した。

 

「……チトセ」

 こんこん、と部屋の前の扉を叩いて新吾は中にいる少女の名を呼ぶ。

「カウントダウン、一緒に行こう」

「……友達と一緒に行けばいいじゃん」

 ふてくされたような、低い声。もしかして、泣いていたのかもしれない、と新吾はその声を聞いて思った。

「いや、お前と行きたい」

「何で」

「お前、嬉しそうだったじゃん。花火とか、一緒に見たことないし」

「……本当に、あたしと一緒にいてくれる?」

 ずっ、と鼻をすする音が聞こえた。泣いて、目を真っ赤に晴らした彼女の顔を想像して、新吾は少しだけ、小さな笑みを浮かべた。

「当たり前だろ」

 

「おう、新吾ー! お前も一緒にカウントダウンするー?」

 大きく手を振りながら声をかける新吾の友人。新吾はそれに答えるように手を振る。

「悪いなー、先客いるんだよー」

「何ー? まさか、カノジョかー?」

「ん、まあな」

 にや、と笑いながら言う新吾に、友人たちは呆然とした表情を浮かべる。今まで新吾に彼女がいる、という話を聞いたことの無かった友人たちは驚きを隠せずにいた。

「お、おい! お前、どんな彼女何だよ?!」

「あー……わがままで気は強くて、うるさくて、ガキみたいなヤツ。じゃあなー」

 そう言って、新吾は友人たちに背を向けて歩き始めた。ひらひら、と優雅に手を振っていたが、突然つま先に強い衝撃が走った。その衝撃のあまり、新吾の足が止まる。

「いぃ?!」

「誰がわがままで気が強くてうるさくてガキみたいなヤツよ!!」

 新吾の足を思い切り踏んだのは、チトセ。むっとした表情を浮かべて、新吾を見上げている。

「何だよ、間違ってないだろ?」

「五月蝿いわね! 年神様をそんな扱いしてもいいと思ってんの?!」

「あ、じゃあ彼女扱いもまずかったかな」

「そっ、それは」

 新吾がいつものようにからかうように言うと、チトセは突然顔を真っ赤に染めた。それは、いつものような怒りによるものではなかった。

「……特別に、許してあげるわよ」

「え?」

「彼女扱い!!」

 チトセはぱたぱたと逃げるように走って、新吾から離れる。新吾は追いかけることが出来ないまま、目を大きく、普段の1.5倍の大きさに開いて前にあるチトセの背中を見つめていた。

「今の、って」

「ほら、新吾! 早くカウントダウンしないと、来年はやってこないわよ!」

「……お前が言うと、シャレにならねえよ」

 ふっと笑って、新吾はチトセを追いかける。

 ひゅん、と音がして炎の筋が天に向かって放たれる。

「ハッピー・ニューイヤー!!」

 

以前書いた『今年も、ご一緒に。』の二人組のお話です。

チトセちゃんは年神様だから、こんな風に年末を繰り返させることは容易いことだと思います(笑)気に入らないことがあったら新吾に何度も同じ日を繰り返させる、と。

しかし新吾とチトセちゃんの関係が進展するとは自分でも思っていませんでした。神様と付き合えるとかいいご身分ですなあ、新吾さんよお(笑)

……で、また前と同じように大晦日の話になってしまった、というオチです。

 

 

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