***

 

「はぁっ!!」

 ナイトメアとカズヤは場所を変えながらも、戦いを続けていた。一撃はさほど強くない攻撃だが、数を多く受けてしまったナイトメアの呼吸は少し荒くなっている。一方のカズヤはまだ余裕があるようで、逃げるナイトメアをしつこく追いかけていた。

「ナイトメア!」

 テールが術をかけようとするが、そのたびに他の警備の者が現れる。現時点でテールができたのは、警備の者をナイトメアたちに近づけないようにすることだけだった。

「逃がしません、ナイトメア!」

 カズヤはナイトメアに向かって走り出す。ナイトメアはその攻撃を避けようと扉の開かれていた部屋に入った。そこは、資料室だった。カズヤもまた、資料室に飛び込んでナイトメアの背中を追おうとするが、後ろから強い光が見えた。

「それ以上は行かせないわよ!」

 テールが術をかけようと杖を上に掲げていた。それを見たカズヤはたん、と走り出してすぐにテールの背後に立つ。

「え?!」

「申し訳、ありません!」

 そう言って、カズヤは思いっきりテールの背中を押した。突然の出来事にテールはバランスを崩し、倒れこむように資料室に入った。

「きゃぁあ?!」

「テール!」

 床に倒れそうになったテールをナイトメアが支えようと腕を伸ばした。が、勢いがありすぎたのかそのままナイトメアも本棚に倒れこむ。どん、と激しい音がして本が一気に本棚から落ちた。大量の埃が舞い、ナイトメアもテールも咳き込んだ。

「何なのよ! 何が、申し訳ないなの?!」

「想像以上だな……あの戦闘能力」

 普段のカズヤを知っているせいで、完全に油断していたナイトメアは苦笑いを浮かべる。その時、後ろの本棚が、がこんと音を立てて動いた。

「……え?」

 テールがその異変にいち早く気づき後ろを見ると、そこには本棚も壁もなく、大きな入り口のような穴があった。

「何、これ……」

「……まさか」

 ナイトメアとテールはしばらく見つめていたが、決心したようにその中に入って行った。そして、その様子をカズヤはじっと見ていた。

 

***

 

 騒々しい。どうやらナイトメアが本当に来たらしい、とシルヴァはやっと確信した。そう思っていても、自分には何もできないシルヴァはただ、天井を見つめることしかできない。

 痛みで少しずつまどろむ意識の中、シルヴァはあの夢を思い出していた。父親に連れられて行った発掘現場。自分とは全く関わりのない世界を見ていたシルヴァは、あの老人とであった。父親が『先生』と呼んでいた、変わった名を持つ老人。

「……何で、思い出したんだ」

 別に思い出す必要もなかった。今まで、気にすることもなかったのに。そう思っていると、少しずつ当時のことを思い出してきた。

 隣に老人が座り、優しく声をかけてくれたこと。

 離れた場所で、父親が楽しそうに知らない人と話していたこと。

 自分の知り合いがいない中で、唯一心を許せたのがその老人だったこと。

 自分と同じ年くらいの、少年がいたこと。

「あいつは、……誰だ?」

 その時、階段を下りてくる音が響いた。シルヴァははっと意識を覚醒させて、格子の向こう側を見る。そこに現れたのは、

「……ナイトメア?」

「やはり、ここだったか……」

 目の前に現れたナイトメアの姿を見て、シルヴァは驚きを隠せずにいた。一方のナイトメアは少し、悲しげな顔をしているように、シルヴァには見えた。

「何よ、これ。どういうことよ」

 隣に立つテールは状況が把握できていない様子で、シルヴァを見つめている。シルヴァは俯いて、大きく息を吐いた。

「見ての通りだ。お前らこそ、どういう事だ。“黄金の瞳”なんて、ふざけたこと言いやがって」

「ふざけてるつもりはないわよ」

 そう言ってテールが鍵穴に杖を向けると、がしゃん、と音を立てて扉が開いた。テールは扉を足で蹴り開け、シルヴァに近づく。むすっとした苛立ちを露わにしているその顔を見て、シルヴァは一瞬たじろいだ。そして、テールはその表情を崩さぬまま、シルヴァに杖を向ける。

「何をっ……!」

 シルヴァが尋ねる前に、テールの杖は輝いていた。強い光に包まれると、シルヴァの腕輪と首輪が音を立てて床に落ちた。

「……え」

「自分たちのせいで、誰かが捕まっているのは嫌なのよ。だから、来たの」

 テールはシルヴァに手を差し出した。それは、ここから逃げろと言う意味なのだろう。しかしシルヴァはその手を掴むことはしなかった。

「確かにお前らのせいで俺は捕まった。だがな、ここから逃げるわけにはいかねぇんだ」

「どうして……あなたを待っている人がいるのよ?!」

 ユメリアの叫びを思い出しながら、テールはシルヴァに向かって叫ぶ。そんな叫びを真正面から受けても、シルヴァは顔色一つ変えずに、はっきりとテールに言った。

「待っている奴がいるなら、尚更出られない」

「どうして?!」

「ここでお前らと出たら、俺はお前らの関係者になる。それが、俺を待っている奴の望みか?」

 シルヴァに問われてテールは言葉を失う。テールの横にナイトメアが立ち、小さく息を吐いた。

「そうか……それが、お前の選択か」

「ああ。今日のところはお前らを見逃してやる。だから、さっさとどっか行け」

 二人に背を向け、いつもと変わらぬような言い方でシルヴァが言うと、テールは小さく微笑み、その場を去った。

「……シルヴァ」

「あ?」

 シルヴァは振り向いてナイトメアを見る。

「すまなかった」

 ただ一言それだけ言って、姿を消した。ナイトメアのいなくなった空間をシルヴァはただ、ぼんやりと見つめるしかできなかった。

「何だよ、今の……」

 

***

 

 地下室から出ると、資料室には誰もいなかった。カズヤが何かを仕掛けてくると思っていた二人にとっては予想外のことだった。辺りに人の気配がないことを確認したテールとナイトメアは、そのまま資料室を飛び出た。

「さて、お目当てのものを頂くとするか」

「さっさと帰ってあげないと、あの人のためにもならないしね」

 石の気配がするのは、二人がいる階より上の階だった。階段に向かって走ると、ようやく警官たちが現れた。

「出たぞ!!」

 誰かが叫んだと同時に、がちゃり、と金属の音がした。その音を聞いて、ナイトメアがはっと目を見開く。

「テール!」

「え?!」

 警官たちの手には、銃。警官たちの銃口は、二人に向けられている。

「……うそ、でしょ」

 テールは小さく零す。ナイトメアが背後を確認すると、そこにも銃を構えた警官たちがいた。警官たちは不安げな顔をしていたが、引き金はいつ引かれてもおかしくないような緊迫感が辺りを包んでいた。

「発砲許可が出たのか……」

 そこまで自分たちが危険視されているのか、それとも別の理由があるのか。ナイトメアはそれを探るように辺りの警官たちの顔を見るが、わかるはずもなかった。そして、誰かの引き金があと少しで引かれようとしたときだった。

「撃つな!!」

 はっきりとした怒声。上階の踊り場に現れたのは、苛立ちの表情をあらわにしたロジャーだった。

「あのバカヤロウの指示は聞き流せ! いいか、絶対に撃つなよ!」

「……し、しかし」

「文句は後で受け付ける! だから銃を降ろせ!!」

 文句を言わせない、という気迫を感じさせるような言い方に警官たちは銃を降ろした。

[ロジアル、どういうつもりだ]

 無線機からガーニの声がした。ロジャーは無線機を手にとって電源を切り、その上地面にたたきつけた。がしゃ、と壊れるような音がしたかと思えば、ロジャーは思いっきり足で無線機を踏んだ。完全に、壊れた。

「ナイトメア、ここで捕まってもらうぞ」

「……そういうわけにはいかないな」

 ナイトメアがロジャーに答えると、テールがにやりと笑って杖を引いた。

「まだ、目的の物を手に入れていないからな」

「お前の目的は、シルヴァか?」

「さあな」

「じゃあ……」

「Three!」

 ナイトメアとロジャーの会話に、テールのカウントダウンが入った。その瞬間、辺りに煙幕が張られる。

「しまっ?!」

 突然の煙幕に警官たちが混乱したように声を上げる。慌ててナイトメアを捕まえようとした者もいたが、階段という場所があだとなって、そこから転ぶ者が多く出た。

「バカヤロウ! 動くんじゃねぇ!!」

 そんなロジャーの声が聞こえるはずも無く、辺りは混乱に陥った。その時、ロジャーは横を通り過ぎようとする人の気配を感じた。

「そこか!!」

 ロジャーが気配に向かって拳を回すと、予想通りのナイトメアの姿がうっすらと見えた。ナイトメアはロジャーの拳を顔の手前で何とか受け止めていた。

「さすが、ロジャー刑事」

「何がさすがだ、この野郎。さっさと、捕まってもらうぞ」

「それは無理な相談だな」

 ナイトメアがそう言って掴んでいたロジャーの手を押して離れようとした。ロジャーは危うくバランスを崩しかけたが、ぐっと足で体制を保ちながら、もう一方の足でナイトメアに向かって蹴る。が、足は何も捕らえられず、ナイトメアは寸前のところで避けていた。

「待て!!」

 ロジャーは薄れてゆく煙幕の中、ナイトメアを追う。そんなロジャーの姿を見つけたナタリヤは警官たちに向かって声を上げる。

「ナイトメア発見! ロジャー刑事のサポートを!」

「そうはさせないわよ!」

 そんなナタリヤたちの前に、テールが現れた。杖は既に、桃色に光っている。

「なっ!」

「眠ってもらうわよ!!」

 強い桃色の光がしたと同時に、ナタリヤ含むあたりの警官たちはその場に倒れた。しかし、下の階からまた別の警官たちが姿を出した。

「奇術師がいたぞー!!」

「全員追えー!!」

「ああもう、何人いるのよ!!」

 テールは叫び、再び杖を警官たちに向けた。

 その頃、ナイトメアを追うロジャーはあることを考えていた。

 以前の、マリオン・ローズメイルの事件。あの時、ロジャーが見たマリオンの姿はナイトメアが盗んだ前と後で大きく変化していた。何が原因であのような変化がおきたのかロジャーが知るわけもないが、ナイトメアが何か関わっていることだけはわかっていた。

 ロジャーは決心したように足を止めて、ナイトメアに叫ぶ。

「ナイトメア! お前は、何をしている!!」

「何、だと?」

 ナイトメアもゆっくりと足を止め、ロジャーと間隔を開けて振り向いた。ロジャーは肩で荒く呼吸をしているが、じっとナイトメアを見つめている。

「お前は……何かを、しているのか」

「俺は宝を盗む、それだけだ」

「お前の言う、宝とは、一体何だ!!」

 ロジャーの言葉を聞き、ナイトメアは静かに目を閉じた。言葉を探すようなその様子に、ロジャーは内心驚いていた。目の前にいるナイトメアが価値だけで物を盗んでいるとは思っていなかったが、それ以上の『何か』が本当にあるとは思っていなかった。

「……同じことを、『ゴールド・アイズ』も言っていたな」

「何……?」

「だが、俺の目的はお前に言う必要も無い。俺は、盗むだけだ」

 目を開いたナイトメアは金の瞳でロジャーを睨むように、見た。その瞳は「これ以上、言う事は無い」と言っているようで、ナイトメアはそれ以上口を開かなかった。

「ああ、そうかい!」

 ロジャーは苛立ったように叫ぶと、ナイトメアに向かって走り出した。腹に向かってきたロジャーの蹴りを、ナイトメアは両腕でガードする。想像よりも重い蹴りに、ナイトメアは痛みを堪えるように奥歯を食いしばる。

「何を盗むかは知らないがな……お前は、盗みだけじゃない何かをしているはずだ」

 ナイトメアは肯定も否定もしない。ロジャーは一歩下がり、荒い呼吸をする。

「マリオン・ローズメイル。あの女は、確実に普通とは違った。それに、ノーリウォン夫妻の件。あれも、何かがおかしい」

「おかしい、か。何が、おかしいと言うんだ?」

 何が、といわれてもロジャーにはわからなかった。ただ、マリオンの件も、ノーリウォン夫妻のピアスの件も、ナイトメアが盗む前と後で変化が起きているのは確かだった。答えられないロジャーは、ナイトメアに再び飛び掛るが、ナイトメアは跳躍して、ロジャーの背後に立つ。

「何?!」

 驚いたようにロジャーが振り向くと、ナイトメアの拳が目の前にあった。しかし、ロジャーはにやりと笑うとその拳を掴んだ。そのまま、ナイトメアの腕を掴んで地面に叩きつける。

「ぐっ?!」

「……テメェは、何をしているんだ」

 ロジャーはナイトメアの胸倉を掴み、問う。その手は、わずかに震えていた。

「あいつがおかしくなったのも、何かあるのか……」

「……あいつ?」

 俯くロジャーは、手と同じように震えた声で言った。それはまるで、自分に言っているように。

「上を目指す、と言ったときはバカにしたさ。だがな、あいつの目には迷いも何も無かった。だから、俺はあいつならできると思っていた」

「……」

「だが、今のあいつは違う。上に登ることしか考えなくなった。あいつは、本当の目的を忘れちまったんだ」

 それが、『マグウェルの宝』の効果。ナイトメアの胸倉から手が放され、ロジャーは視線だけで後ろを確認した。

「あいつを、救ってくれ」

 ロジャーの言うあいつ、それは、ずっと友人だと思っている存在。

「俺に、救えると思っているのか」

「思っていないなら、頼みはしねぇ。あいつは、上の階で、一人でいるはずだ」

「……わかった」

 ナイトメアは小さく頷いた後、ロジャーに背を向けて走り出した。ロジャーはその背中を追うことなく、静かに見つめていた。

 

 

 

 

←前へ    目次へ    次へ→