***

 

 時刻は午後六時。場所は警察署。

 ロジャーから話を聞いた後、カズヤは一人、署内を歩いていた。それは、ある場所を探すためだった。

「……本当に、あるのか?」

 警察署内に、シルヴァは居なかった。誰ひとり、シルヴァがどこで取り調べを受けているのか把握していないのだ。そんな状況に疑問を抱いたカズヤは、昨日のうちにあるものを入手していた。

 過去に囚人を閉じ込めていたとされる地下牢がこの署内に存在すると記された設計図。しかしそんなものがこの署内にあるとは誰も知らないし、現在の設計図には書かれていない。

その地下牢が本当に存在していて、しかもそこで暴行を加えるような取り調べが行われていたら、誰も気付くことはないだろう。ガーニにとっては都合のよい場所だ。

「ここは……」

 カズヤが辿り着いたのは資料室。地下牢の入り口であると記されていたのは資料室のある本棚の前だった。資料室と言っても明りも暗く、ほとんど人が来ることはなく、先日シルヴァがナイトメア関連事件について調べたのが久しぶり、と言われたくらいだった。特にその本棚は、事件の資料ではなく警察署内の歴史関係の資料ばかりがあるので、本の上にはうっすらと埃が積っていた。

「ここから? どうやって、入るんだ……?」

 カズヤが呟いたその時。かつ、かつ、と誰かの足音が聞こえた。明らかに外からの音ではなく、本棚の奥からする音。カズヤは慌てて奥にある本棚の裏に隠れた。少し顔をのぞかせると、先ほどまでカズヤが見ていた本棚がずずず、と音を立てて壁ごと横に動いた。そこから、ガーニが出てきた。そして本を小さく動かすと、本棚は再び元の位置に戻る。それを確認したガーニは、さっさと資料室を出て行った。

「……嘘、だろ」

 ガーニの姿が完全に見えなくなった後、カズヤは本棚の陰から姿を出した。本棚に近付き、ガーニが先ほど触ったものと同じ本に触れるが、何も起きなかった。

「どういうことだ……?」

 いくつか本を動かすが、本棚が動く気配は全くない。何かガーニだけしか理解出来ない法則があるのだろう。カズヤは拳を強く握った。

「くそっ……」

 その時、カズヤの携帯の着信音が響いた。突然の音にびくりと肩を震わせたカズヤは、慌ててポケットから携帯を取り出して、電話を受けた。

「もしもし! うわ、せんぱ……えっ?! 今すぐ向かいます!!」

 それから数分後、カズヤはナイトメア対策本部の部屋にいた。

「予告状……しかも、ここに?」

「ああ、そうだ」

 ガーニが一枚のカードのような紙を、叩きつけるように机の上に置いた。カード自体はナイトメアがいつも送る予告状と同じなのだが、文面がいつもと違う。

『本日午後十時、署内の“黄金の瞳”を頂く』

普段ならば具体的に誰かの、何かを狙うと記されているのだが、今日の予告状はただ“黄金の瞳”としか記されていない。

「これでナイトメアがシルヴァさんではないことが確定しましたね!」

「だが、これでナイトメアとシルバルヴァ・ゴードンに何らかの関係がある可能性が高くなった」

 カズヤの明るい言葉に対して、ガーニが冷たく言い放つ。カズヤが反論しようとするが、何も言えずに俯いた。その代わり、と言うようにロジャーがガーニに言う。

「どこの誰が、“黄金の瞳”がシルヴァだって言った?」

「私も断定はしていない。あくまで、可能性が高くなったという話だ。だが……『ゴールド・アイズ』以外に、“黄金の瞳”が存在すると言うのか?」

“黄金の瞳”に合うものといえば、『ゴールド・アイズ』の名を持つシルヴァしか警察署内にはない。ガーニの言うことは、誰もが納得するようなことだった。沈黙したロジャーたちを見て、ガーニは小さく口元を上げた。

「まあ、いい。いずれにせよ、自分から捕まりに来てくれるような話だ。これでナイトメアを捕まえれば、上も満足してくれるだろう」

「ガーニ……」

 ロジャーが名を呼ぶが、ガーニはただ冷たい目でロジャーを見るだけだった。

「予告状の件は外部に漏らすな。警備は甘くしてやれ、中で手厚く歓迎してやるぞ」

 

***

 

 シルヴァが目覚めると、目の前には石の天井が広がっていた。

「……夢か」

 ゆっくりと体を起こすと、全身にじりじりとした痛みが広がってゆく。体を石の壁に寄りかからせて、シルヴァは天井を見た。窓がないため、今が何時なのかがわからない。

「何で、あんな夢見たんだ……」

 大きく息を吐き、今見たものを思い出す。十年以上前のことを、どうしてここまで鮮明に覚えているのだろうか、とシルヴァは両手で顔を覆った。その時、その手が濡れていることに気づいた。

「……何で、泣いているんだ……俺」

 誰かに問うように呟くが、その問いに答える者は誰も居ない。そしてその答えはシルヴァの中にもなかった。それでもシルヴァの目からは、細い涙の筋が伝っている。

 その時、誰かが階段を下りる音がした。シルヴァは目元を拭い、顔を上げた。格子の向こう側に、ガーニが現れた。

「ナイトメアから、予告状が来た」

「……それで」

 自分とは無関係だ、と言わんばかりのシルヴァの反応をガーニは鼻で笑う。

「ナイトメアの標的は、“黄金の瞳”だそうだ」

「黄金の……?」

「可能性の話だ。だが、貴様が一言、『自分はナイトメアの関係者だ』と言えばそれは事実になる」

 ガーニはシルヴァをナイトメアの関係者としたいらしい。それを理解したシルヴァは下を向いて大きく息を吐き、それからガーニを見据えて、言い放った。

「俺は、怪盗でもなければその関係者でもない。ただの探偵だ」

「……下らん。さっさと言えば、よいものを」

 ガーニが吐き捨てるように言って、その場を去る。シルヴァはゆっくりと肩の力を抜いた。ガーニがシルヴァと対話する時の瞳を見るたび、シルヴァは緊張したような状態になっていた。しかし、それよりもシルヴァは忘れられないものがあった。

「あの男……」

 シルヴァの目の前に現れた、銀髪の男。ただ、シルヴァの瞳を嫌いと言い去っただけなのだが、シルヴァの中に何か不気味なものを落として行った。どこかがガーニと似ているように思ったが、やはり違った。

「……一体、何が起きてるって言うんだよ……」

 自分の夢と、目の前の現実と、何かが関係するのだろうか。何もわからないシルヴァは、ただ壁に寄りかかって、石の天井を見るしかできなかった。

 

***

 

 時刻は午後九時五十九分。場所は警察署から少し離れた公園。

「ほとんどってくらい警備なし。マスコミにも予告状のことは伝えていない、と」

「どうやら、本当に『ゴールド・アイズ』がいるみたいだな」

 夜の誰もいない公園に、アリアとジーンは木陰に隠れていた。署の周りには誰もいない様子で、侵入は容易い様子だった。

「それにしても、どうするの? 実際に、どこにいるのかわからないのに」

「さて、どうするかな」

「……もしかして、何も考えてないの?!」

 アリアが驚いたように声を上げると、ジーンは眼鏡を外しながら微笑んだ。そんな余裕の様子を見て、アリアは呆れたようにため息を吐く。

「信じられない。何で、そうも考えなしでいけるのかしら」

「確認する時間もなかったからな。まあ、すぐに見つかるさ」

「本当に、兄さんって変なところで慎重なくせに、変なところでいい加減よね」

 アリアはそう言いながら小さく微笑み、目を閉じた。ジーンも同じように目を閉じると、二人の体が光に包まれた。

 時刻は、午後十時。

「……来るか」

 ナイトメア対策本部の部屋には、ガーニだけしかいない。時計を見て小さく零した直後、どこかの部屋のガラスが割れる音が響いた。ふっと笑みを浮かべたガーニは、無線で指示を送る。

「奴らは外ほど器用には動けまい。煙幕を張ったら、自分たちが不利になるからな。いいか、奴らの動きを止めることだけを考えろ」

 割れたガラスからナイトメアとテールが侵入する。その先には二人の予想通り、大量の警官がいた。

「どうするのよ、ナイトメア。煙幕張っちゃったら、私たちも見えなくなるわよ」

「どうにでもなるさ。さっさと抜けるぞ」

「……本当に、考えなしね」

 呆れたようにテールが言うのと同時に、警官たちが二人に向かって飛び掛る。そんな警官たちに容赦なく、ナイトメアは殴りや蹴りを入れた。

「One,Two,Three!」

 一方のテールはカウントをした後、辺りに桃色の光を輝かせる。すると、飛び掛ってきた警官たちが気を失ったようにばたばたと倒れる。その場に立っているのはナイトメアとテールの二人だけになった。

「それで? どうするのよ、目的のものは」

「……それよりも先に、お客さんのようだ」

 ナイトメアが言うと、廊下の角からカズヤが現れた。荒い呼吸をして、その右手には竹刀が握られている。

「意外だな。お前が、こんな風に来るなんて」

「……ナイトメア」

 カズヤはナイトメアを睨み、竹刀を構える。ナイトメアも小さく息を吐いて、ナイフを取り出した。

「覚悟!!」

 叫びと同時にカズヤが飛び掛る。想像よりも早かったカズヤの動きにナイトメアは一瞬驚いたが、一歩下がりカズヤの竹刀を避けた。しかし、振り下ろされた竹刀は横に振りかぶられ、ナイトメアの腹に入った。

「なっ?!」

 強い衝撃を受けたナイトメアは腹を押さえて、後ろに下がった。カズヤは構えを崩さぬまま、じっとナイトメアを見つめている。いつナイトメアに向かってきてもおかしくないような気迫を感じさせる顔に、ナイトメアだけではなく、テールも動くことができなかった。ナイトメアは小さく息を吐き、口元を上げた。

「……想像、以上だったな」

「甘く見られていた、ようですね。これでも、僕も刑事ですから」

 カズヤは普段見せないような鋭い瞳のままで、ナイトメアに言う。そして、再びナイトメアに向かった。

 

***

 

「カズヤが?!」

 無線から聞こえてきた言葉にナタリヤは驚きを隠せなかった。隣にいたロジャーも突然のナタリヤの叫びに、ぱちぱちと瞬きをしている。

「どうした?」

「カズヤが……ナイトメアに向かって行った、そうです」

「はぁ?!」

 ナタリヤと同様の反応をロジャーがする。どちらかと言うと体力がないように思われるカズヤが、ナイトメアに立ち向かうとなると圧倒的に不利のように思われる。何故、カズヤがそこまでしてナイトメアに向かって行ったのかわからない二人はあたりの警備状況を見た。

「私たちも、カズヤの所に向かいましょう。ここは、十分だと思われます」

「ああ……。あのバカヤロウ、何考えてやがる」

 はあ、と大きく息を吐いてロジャーが言って、カズヤの所に向かおうとしたときだった。

[全員、聞こえるか]

 無線からガーニの声が入る。先に行こうとするナタリヤを止めて、ロジャーは無線に出た。

「ああ。何か進展があったか?」

[ナイトメア、及びテール・クロスに対する発砲を許可する]

「……は?」

 意味が解からない。ロジャーが訊きかえすと、無線の向こうのガーニは特に動揺した様子もなく言った。

[これ以上奴らを暴れまわすな。捕まえることができるなら、手段は問わない。いいか、一刻も早く捕まえろ]

 ブチッ、と耳障りな音がした後、ガーニの声は完全に聞こえなくなった。その言葉にナタリヤだけではなく、他の警官たちも呆然とし、困惑した。ロジャーだけは、明らかに怒りのような表情を浮かべていた。

「ナタリー、行くぞ」

「先輩……」

「さっさとナイトメアの奴を捕まえて、ガーニの野郎を満足させるぞ。あんなバカなことを言いやがって……」

 ぎりぎりと、奥歯を食いしばってロジャーはカズヤの元へと走り出す。ナタリヤもその背中を追いかけた。

 

 

 

 

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