***

 

「……何が、バカヤロウだ」

 本部にいるガーニは、通信機から聞こえる雑音に向かって忌々しげに呟く。そして机に置いていた銃に弾を詰めて、安全装置をはずした。外からは警官たちの怒声や叫び声、ぶつかり合う音が混ざり合っている。しかし、その中からこちらに近づく音をガーニは察知していた。

「……」

 バンッ、と扉が開かれると同時にガーニは銃を構えた。部屋に現れたのはガーニの予想通り、怪盗ナイトメアだった。

「現れたな、怪盗。だが、ここで終わりだ」

「俺を、撃つつもりか」

「ああ、そうだ。貴様を捕まえるためなら、私は手段を選ばない」

 銃口を向けるガーニには、先ほど銃口を向けてきた警官たちにあったためらいのようなものが無かった。

「俺を捕まえるためか? 俺を捕まえて、何になる」

「私は上に行く。貴様はそのための、階段の一段に過ぎない」

「……何故、上に行く」

 問われた瞬間、ガーニの銃口がわずかに震えた。

「私には、より優位な立場が必要だ」

「何の為に?」

「貴様には関係の無いことだ、怪盗ナイトメア」

「より、優位な立場になって、何になると言う?」

 問うばかりのナイトメアに、ガーニは苛立ちを隠しきれない表情となる。首にかけている指輪が、黄色の輝きを放ち始めた。

「優位な立場になって、何をするつもりだ」

「黙れ……」

「そのために、手段を選ばないのか」

「貴様には関係ない……」

「それが、お前の望みだったのか」

「黙れ!!」

 ガーニは叫び、引き金を引いた。ばん、と大きな音とともに銃弾がナイトメアに向かって放たれた。

 

***

 

「貴方には力があります」

 その男は、突然、ガーニの目の前に現れた。銀色の髪に、目元を見せようとしないサングラスをかけた男。

「お前は、一体……」

「あなたには力があります。しかし、今のままでは、上に登ることなんてできない」

 男の言葉に、ガーニは苛立ったような瞳を向ける。しかし、男は穏やかな口調を変えぬままで口元に笑みを浮かべた。

「貴方に、これを」

 男は手の中にあった一つの指輪を見せた。女物の、ありきたりなデザインの指輪だったが、それはガーニにとっては重大なものだった。

「それは、エリーゼの……!」

「きっとこれは、貴方の力になります。貴方が、上に登るための」

 その指輪は、ガーニがエリーゼに渡したものだった。渡したときとは違い、宝石が黄色のものになっていたが、そのときのガーニはそれに気づくことができなかった。

「力……上に、登るための……」

「そう。貴方にとって、大いなる力になるでしょう。貴方が、目的を果たすための」

 男が言った瞬間、指輪から黄色の強い光が放たれた。

 上に登る、という目的を果たすためならガーニは手段を選ばなかった。例えそれが違法といわれるような行為だとしても、自分の権限を使って隠蔽した。それからガーニの立場は一気に上がった。

「エリーゼ……」

 指輪を見て、遠く離れた病院で寝たきりのままになった恋人の名を呼ぶ。そのたび、石の黄色い光が強くなっていった。黄色の輝きは、少しずつガーニを蝕んでいった。

 

***

 

 ナイトメアの目の前には、光で描かれたような円が現れていた。その円の内部には細かい印や文字のようなものが現れていて、中心には先ほどガーニが放った銃弾があった。

「何だと……?!」

 目の前の光景が信じられずにガーニは一瞬たじろぐが、すぐに銃を構えてナイトメアに向かって撃とうとした。しかし、ナイトメアも円も既に消えていた。それを認識したと同時に、ガーニは銃を持っていた手に、強い衝撃を受けた。

「っ?!」

 ガーニのすぐ隣にナイトメアがいて、銃はナイトメアが振り払った手によって部屋の片隅に飛んで行った。

「貴様、何を……!」

「お前の望みは、ただ上に登ることだけなのか」

 ナイトメアの言葉に、ガーニはびくりと肩を震わせた。何故、自分がこんなにも恐れを抱いているのか、ガーニにはわからなかった。

「私は……上に、行かねばならない」

「何の為に」

「エリーゼを……エリーゼの為に……」

 エリーゼを傷つけたのは、この警察の体制。それが許せなかったガーニは、自分で変えようとしていた。そのためにも、上に登る必要があった。

「手段を選んでいる暇など無い!! 私は、彼女のために『地位』が欲しい!!」

「それが彼女の望みだと言うのか!!」

 ナイトメアの叫びに、ガーニははっと大きく目を見開いた。

「手段を選ばず、上に登る。そして、お前の望む『地位』を手に入れたとき、……彼女は、それで満足するのか」

 がくがくと、ガーニの足が震え始める。ナイトメアの金の目が少しずつ光を強めた。

「誰かを犠牲にしてから、手に入るものなのか? 彼女の望む、お前の望むものは」

「ちが……う……」

 ガーニは震えた自分の足を、掌を見つめた。自分の掌が、赤く染まっているように見えた。

「俺は……彼女を、守りたかった……!」

 その瞬間、ガーニの首にかかっていた指輪が地面に落ちる。黄色の光は、弱まっていた。

「彼女の……ため、だった……、はずなのに……」

 そう呟いて、ガーニはその場に倒れこんだ。ナイトメアはガーニのそばに落ちている指輪を拾った。光を失った指輪をぎゅっと握り、ガーニに向かって言った。

「例え過ちを犯したとしても、お前にはまだ、取り戻せるものもある」

 そして、ナイトメアはその場から姿を消した。

 

***

 

 翌日。

「レイラ」

 警察署の一室でずっと一人でいたレイラの前に、シルヴァが現れた。ガーニに受けた傷を手当てされているが、大きなガーゼや包帯を巻いていた。

「……シルヴァ」

 感情の変化が見当たらないような平然としたようなレイラの声を聞いたシルヴァは、少し安堵したような表情を浮かべる。その直後、レイラはシルヴァに向かって走り出し、その胸にどん、とぶつかってきた。シルヴァのシャツを、レイラは強くぎゅっと握っている。

「……無事で、良かった」

「いや、無事じゃねぇけど……、お前も、無事でよかった」

 レイラの銀色の髪をシルヴァは優しく撫でた。シルヴァのそばに立つ、カズヤとナタリヤも安心したような穏やかな笑みを浮かべた。

 それから二人は事務所に戻った。掃除の途中だったから埃まみれになっているだろう、というシルヴァの予想を裏切るように、室内は綺麗に掃除されていた。驚きを隠せないシルヴァが恐る恐る中に足を進めると、接客用のソファに、ユメリアが座っている。

「……ユミィ」

 声をかけられて、初めて室内に自分以外の人がいることに気づいたユメリアははっと顔を震わせて、ゆっくりとシルヴァの方を向いた。

「……シルヴァ?」

「ああ」

 久しぶりに聞いたシルヴァの声に、ユメリアの瞳が揺れる。その直後、ユメリアは立ち上がって、シルヴァの胸元によりすがった。

「この、バカシルヴァ! 今まで、何してたのよ!!」

「何、って……」

「バカ!! なんなのよ、いつまで待っても帰ってこないかと思ったじゃない!!」

 嗚咽混じりに、ユメリアは怒鳴る。その目からは、ぼろぼろと大粒の涙が零れていた。シルヴァの胸元を、ユメリアは握られた手で叩く。

「バカ! バカ、バカシルヴァ!! 心配したんだからぁ!!」

「……悪いな」

「本当に悪いわよ、アホ!! 掃除もして、待ってたんだから!」

 肩を震わせ泣き始めるユメリアの背中を、レイラが静かに撫でた。すると、ユメリアはレイラのことを強く抱きしめた。

「心配しました……! レイラさんも、いなくなって、本当に……!」

「そ、う……」

 突然の行為に、レイラの無表情の中にも少しだけ驚きの色が映った。レイラが困ったかのようにシルヴァに視線を向けると、シルヴァは呆れたように、でも嬉しそうに微笑んでいる。ユメリアがレイラから離れると、目元を拭い、二人の顔を見た。

「シルヴァ、レイラさん! お帰りなさい!」

 にこり、と笑うユメリアの目尻には少し涙が浮かんでいる。

「……ただいま」

「おう、ただいま」

 

***

 

 ガーニは、それから自らが今まで行ってきた違法な取り調べを自白した。さらには、これまで上層部が行ってきた違法な行為も告発し、その結果、ガーニは警察を辞職することとなった。

「良かったのか、これで」

 警察を出るガーニに向かって、ロジャーは尋ねる。ガーニは少しやつれたような印象を抱かせたが、それでも瞳には強い力を感じさせた。それは、ロジャーに「上に登る」と初めて言った時と同じ瞳だった。

「ああ、これで、いいんだ。エリーゼが目覚める頃には、いい結果になっている」

「よくも、そこまで確信できたもんだな」

「何、お前みたいな奴がいるからな。少しは安心できるんだ」

 ふっ、と穏やかに笑うガーニは、ロジャーの良く知る友人の姿そのものだった。

「本当に……お前は相変わらずだな、ロジャー」

 呼ばれた愛称に、ロジャーも微笑む。

「お前も変わってないさ、ガーニ」

「……ああ、そうだな。俺も、結局は変われなかったよ」

 そう言ってガーニは空を見上げる。自嘲するような言葉だが、ガーニの顔に浮かぶ表情は和やかなものだった。

「それでも、いいと思う。俺は、このままで……エリーゼのそばに、いようと思う」

「そのほうがいいだろうな。お前のためにも、エリーゼのためにも」

「ああ」

 そしてガーニはロジャーに背を向ける。

「じゃあな、ロジャー。またな」

「ああ。またな、ガーニ」

 手を振り去ってゆく友の背中を、ロジャーは少し悲しげな瞳で、それでも微笑んだまま見送った。

 

***

 

 それから数日後。時刻は午後三時。場所は警察署・ナイトメア対策本部室。

 いつものようにロジャーとナタリヤ、カズヤの三人は事務処理を着々とこなしていた。

「そう言えば、カズヤ」

「はい?」

 ナタリヤがふと思い出した、と言うようにカズヤに声をかけると、カズヤはパソコンの上から顔を出して、ナタリヤを見る。

「前の事件でのあの資料、どこから集めたの?」

「えっ?」

「ああ、そういえば……俺とガーニの関係もそうだが、ガーニの事件に関する写真なんか、どこにあったんだ?」

 ナタリヤとロジャーに訊かれたカズヤは引きつったような笑みを浮かべる。視線を少し泳がせて「えーっと……」とお茶を濁らせようとしていたとき、部屋にノックの音が響いた。

「ああっ! 誰かが来られたようですね! ぼ、僕が出ますよ!」

 と、カズヤは逃げるように立ち上がり、扉を開けた。すると、そこには三人の想像もしていなかった人物が立っていた。

「お前は……!」

 ロジャーが驚きを隠せないように呟くと、その人物はすたすたと部屋に入ってきた。

 その人物は、ガーニの後ろに立っていた秘書を名乗る、銀髪のサングラスをかけた男であった。

「どういう事だ、どうしてお前がここに居る?!」

「僕は、あくまでガーニッシュ氏の秘書であって、警察の人間でも何でもありませんから」

「それでも、あの人の行為を知っていたのでは?」

 ナタリヤが睨むように男を見ながら尋ねると、男は口元に笑みを浮かべたまま、首を振った。

「僕は何も知りませんでした。僕が補助したのはあくまで捜査のことだけであって、取り調べのことまでは把握していません」

「それで、その元秘書が何の用だ?」

 ロジャーの問いに、男は小さく鼻で笑いながら答えた。

「本日付で、僕もこちらでお世話になることになりまして」

「……何?」

「ああ、まだ自己紹介をしていませんでしたね」

 そう言って、男はサングラスを外した。そこに現れた瞳に、ロジャーたちは言葉を失う。

「ナイトメア関連事件の捜査協力をすることになりました、ジール・ルーズレイトです」

 男――ジール・ルーズレイトの左右の瞳の色は異なっていた。左目は青色に対して、右目は金色に輝いている。

「これから、宜しくお願いしますね、みなさん」

 にこり、と微笑んだジールは、穏やかに言った。

 

 

 

 

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