***

 

 同時刻、場所は警察署のとある一室。

 その部屋は普段なら接客等に使われるような部屋なのだが、現在、そこには重要参考人として連れられたレイラがいた。電気もついていないその部屋の窓辺に立ち、外から漏れる月明かりに当たっていた。銀色の長い髪が、きらきらと輝いている。

 扉がノックされたあと、ゆっくりと開かれる。レイラが扉に視線を向けると、ナタリヤが入ってきた。

「レイラさん、食事よ」

「……シルヴァは」

 レイラはナタリヤが持ってきた食事に目を向けることもなく尋ねる。その問いにナタリヤは答えられなかった。

「私たちにも、知らされていないの。多分、別の場所で聴取を受けていると思うけれど……」

「……そう」

 そう言った後、レイラは視線を窓の向こう側に向けた。そんなレイラの横顔はいつもと同じ無表情なのだが、今すぐに泣きそうだと、ナタリヤは思った。そして、自分の無力さに憤りを感じた。

「ごめんなさい、私たちに……何も、出来なくて」

「あなたたちは、悪くない」

「……え?」

 一瞬、レイラの言葉の意味がわからずに、ナタリヤはレイラの横顔をじっと見た。レイラは視線をナタリヤに向けることなく、ただ窓の向こう側を見つめている。

「……ありがとう。食事、ここに置いておくから、食べてね」

 ナタリヤはそれだけ言い置いて、部屋を出た。レイラの瞳が、険しい色を映す。

 

***

 

 時刻は午後十時。場所はカズヤの自室。

 寮に戻ったカズヤは、先ほどのガーニ、そしてロジャーとの会話で、何もできなかった自分に苛立ちを覚えていた。

「何をしに、僕はここに来たんだ……」

 わざわざ自分の慣れ親しんだ国から出て、異国で刑事をする理由。『あの人』から離れて、自分でも出来ることをするために、日本から出たはずだった。

「なのに、何をしているんだ……」

 シルヴァも、ロジャーも救えない。カズヤはぎっと奥歯を噛み、目を強く瞑った。自分ができることは、結局一つしかない。

 決心をしたカズヤは目を開き、机の引き出しから手の平サイズの箱を取り出した。蓋を開けると、そこには黒いUSBメモリが入っている。

「……結局、これか」

 メモリ本体には『H』という白い文字が記されていた。そしてパソコンを立ち上げて、メモリを自分のノートパソコンに挿した。

 

***

 

 翌日。時刻は午前十時。場所は聖クロス・リュート学園のとある教室。

「……」

 ユメリアは朝からぼんやりと窓の外を見つめている。いつもなら楽しそうに笑いながら盛り上がっているはずのユメリアが、何も言わずに、それも悲しげな表情でぼんやりとしていた。

「ユメリアさん、どうかなさったのですか?」

 アリアの問いかけに驚いたようにびくりと肩を震わせ、ユメリアはゆっくりとアリアのほうを向いた。

「あり、あ……さん」

「いつもと様子が違うようでしたから……何か、あったのかと」

 ユメリアは口を開きかけた。が、その口から言葉は出なかった。口をきゅっと閉じて、ユメリアはアリアから視線を背けて俯く。

「何でも、ありません」

「何でも……って」

「本当に、何でもないんです。少し、体調が、優れないだけですから」

 

 昨日、シルヴァが警察署に連れられた後、ユメリアもまたロジャーたちと共に警察署に連れられていた。取調室で待機させられたユメリアの前に、ガーニと銀髪の男が現れた。

「ユメリア・メルティーン。君の、家族と聞いたが」

 ガーニがナタリヤを見ながら尋ねると、ナタリヤは小さく頷いた。椅子に座るユメリアは、ガーニを憎々しげに睨んでいる。

「シルヴァは、どこですか」

「君は部外者だ、と私は言ったはずだが」

「部外者なんかじゃない! 私はシルヴァの助手よ!!」

「ユメリア!」

 怒鳴りながら立ち上がろうとしたユメリアを、ナタリヤが肩を掴んで押さえる。しかし、ユメリアは前にのめり出す。

「シルヴァがナイトメアのはずがない! 今まで捜査協力をしてきたのは誰だと思っているの?!」

「私が知っているのは、現在のことだ。シルバルヴァ・ゴードンがナイトメアの可能性が高い」

「ふざけないで!!」

 ユメリアはナタリヤの制止を振り払い、ガーニの前に立った。

「あなたは知らないの?! シルヴァは、探偵よ! 『ゴールド・アイズ』なのよ!!」

「その情報は、警察内でも既に知らされている。だが、それが怪盗でないという証明になるのか」

 ガーニは淡々と、それも感情もなく言う。目の前の男の、感情の映らない瞳に圧倒されてユメリアは言葉をなくした。

「ユメリア・メルティーン。このことは、一切外部に漏らすな。漏らした場合は、君にも刑事的な罰を下さなければならない」

 ガーニの言葉に、ユメリアだけではなくカズヤもナタリヤも、驚愕で何も言えなくなった。

「ユメリア、言う通りにしろ」

「ロジャー……さん……?」

 ユメリアは泣きそうな顔で、ロジャーの顔を見上げる。ロジャーも感情を抑えるような、歯がゆそうな顔をしていた。

「このことを誰かに知られても、不利にしかならない。だから、黙るんだ」

「……そんな」

 ユメリアの眉はゆがみ、その瞳に絶望のような色が映る。そしてロジャーはユメリアから離れると、ガーニの方を向いた。

「理解したか、ユメリア・メルティーン」

 見下すようなガーニの瞳にわずかな恐怖を抱きながら、ユメリアは泣きそうになりながら小さく頷いた。

 

 同意してしまった以上、ユメリアは何も言う事が出来ない。アリアの優しさにすがれるのなら、今すぐにでもすがりたかった。しかし、それは自分のためにも、それ以上にシルヴァのためにもならない。

「ユメリアさん、顔色がよろしくないですよ。保健室に……」

 アリアが提案すると、ユメリアは首を振る。

「大丈夫です。授業に、出なくてはいけませんから」

 言い捨てるようなユメリアの言葉に、アリアは何を言い返せばよいのかわからなかった。

 

***

 

 時刻は午後十二時。場所は喫茶店。

「だめだ、全然通じない」

 店長が電話を置きながら、大きなため息をつく。ジーンも心配そうに、その顔を見た。朝からレイラが店に来ず、連絡もつかない状態なのだ。

「レイラさん、どうしたんでしょうか……」

「うーん、何も連絡してこないような子じゃ、ないんだけどねぇ。訊こうと思ったのに、シルヴァさんも来てないでしょう?」

 店長の言葉にジーンは頷き、テラスを見る。いつもならどこかの席に座って、新聞を読んでいるであろうシルヴァの姿は今日、まだ見かけていなかった。

「どうしたんですかね……雨でもないのに」

「もしかして、依頼かもね。『ゴールド・アイズ』ほどじゃなくても、彼だって探偵だろう?」

 はは、と冗談混じりに笑いながら言う店長に、ジーンも微笑みを浮かべた。別に常連の一人が来なかっただけで大騒ぎする必要もない。

「そういえば、レイラさんも前に言ってたな。シルヴァさんの手伝いで、自分が仕事に出られなくなるかもって」

「ああ、なるほど……なら、レイラさんとシルヴァさんの二人がいなくても不思議じゃないですね」

 些細なことだ、とジーンは頷いて店の奥に入って、レイラの代わりにコーヒーを淹れたのだった。

 

***

 

 時刻は午後一時。場所は警察署。

「ナタリヤさん!!」

 ばんっ、と勢いよく扉を開けたカズヤの叫び声に、ナタリヤははっと顔を上げた。

「カズヤ? どうしたの、なかなか仕事には来ないし、そんな大声で……」

「あっ……。あれ、ロジャー先輩と、ガーニッシュ警視正は?」

 部屋の中をきょろきょろと見て、二人の姿が見当たらないことに気付いたカズヤはナタリヤに尋ねる。

「二人はナイトメアの件で上に報告に行ったようよ」

「じゃあ、シルヴァさんは……」

「大丈夫。どうやら、まだ彼の自白は取れていないから表には出さないようよ」

 それを聞いたカズヤはほっと安心したような顔になる。それから、カズヤは持っていた封筒を机の上に置いた。

「それより、ナタリヤさん! その、ガーニッシュ警視正の件で、重大なことが」

「重大?」

 カズヤの言葉に疑問符を浮かべながらナタリヤが言うと、カズヤは封筒から写真や書類を取り出した。

「これは?」

「僕が独自で調べたものです。その、シルヴァさんのことを誰も知らないことや、先輩とのことが気になって……」

 ナタリヤはカズヤの話を聞きながら一枚の書類を取った。

「……先輩と、同期?」

「はい。だから最初にあんな風に言ってたんだと思います」

 書類によると、ガーニとロジャーは警察学校の同期だった。しかし、現場での調査を重視するロジャーとは違ってガーニは着々と上層部に上がって行っていた。

「それで、詳しく調べたんですが」

 そう言ってカズヤはナタリヤに一枚の書類を渡す。そこには多くの名前と、その横には事件名の書かれているリストが記されていた。

「これ、ガーニッシュ警視正が検挙した犯人の一覧です」

「共通点は?」

「どの事件も、犯人が曖昧というか……迷宮入りしそうな事件の犯人ばかりなんです」

 ナタリヤは何も言わずにじっとそのリストを見ている。小さな町の署には回されないような事件ばかりで、自分が知っていることはほとんどなかった。カズヤは言葉を続けた。

「それで、犯人の決め手が……全て、自白なんです」

「自白……」

「はい。そこの事件、ほとんど証拠も目撃証言もないような事件ばかりだから、決め手が自白しかないようなものばっかりなんです」

「まさか、強制的に自白させている、ってこと?」

 ナタリヤがカズヤの顔を見て尋ねると、カズヤは小さく頷いた。

「可能性が、という話です。でも、少し気になる写真があって」

 そう言ってカズヤは封筒から何枚かの写真を取り出した。

「これ、ガーニッシュ警視正が聴取を担当した犯人の写真。聴取後の写真なのですが」

 写真に写っているのは犯人であろう、パーカーを深く被ってほとんど顔が見えない人物と、その人物の両隣に立つ警察官だった。

「……この写真が、何?」

「よく見たら、犯人の顔に、傷があるんです」

 カズヤの言葉にナタリヤが大きく目を見開いた。カズヤが取り出した別の写真は、その犯人のパーカーから見えるわずかな顔の部分のアップ。そこには、確かに傷があった。

「聴取後、って言ったわよね。まさか……」

「……暴行を加えて、自白させていた、……可能性があります」

 ナタリヤは「嘘でしょ……」と小さく零して、倒れこむように椅子に座った。額に手を当てて、大きく息を吐く。

「そんな……、警察の、それも上層部にいるような人間が?」

「だからこそ、かもしれません。僕には、あの人がどんな人間かは知りませんが……これは、間違っていると思うんです」

「当たり前でしょう。多分、先輩も……同じことを言うわ」

 むしろ、言って欲しい。そんな願望を込めながら、ナタリヤは言い切った。

 

 その頃、地下の一室。

「……うっ」

「お目覚めかい、シルバルヴァ・ゴードンくん」

 目覚めたシルヴァの耳に届いたのは聞き慣れない声。シルヴァが顔を上げると、そこには銀髪で黒いサングラスをかけた男が格子の向こう側に立っていた。口元には、笑みが浮かんでいる。

「テメェは……」

「いい夢でも見られたかい?」

 くすり、と楽しそうに笑いながら言う男にシルヴァはぎっ、と睨みを向ける。シルヴァの記憶する範囲では、男はガーニの後ろに立っていた、秘書を名乗る人物だったはずだ。

「何の用だ……。あのお偉いさんの秘書が、こんな所に」

「君がどんな気分か、気になったからね」

 男はくすくすと笑いながら言う。シルヴァの表情は、さらに険しくなり奥歯を食いしばった。

「……テメェは、何者だ」

「僕が何者であるか、君に知る必要がある?」

 シルヴァはサングラスの下にある男の目が見えずに、感情が読取れなかった。唯一読める口元の感情からも、笑みではない別のものを感じた。

「美しい」

「……は?」

 その場に不釣合いな言葉を出した男に、シルヴァは声を上げた。瞬間、シルヴァの目の前に、男の顔があった。

「何?!」

 つい先ほどまで格子の向こう側にいたはずの男が一瞬で目の前に現れたことに驚きを隠せなかったシルヴァは、目を大きく見開いた。そんなシルヴァの顎を、男は掴んで強引にシルヴァの顔を引き寄せた。

「なっ……!」

「美しい、金色だ」

 囁くように、男は言う。目の前にいる男は、シルヴァではなくシルヴァの瞳を見ていた。

「……俺の瞳が、どうした」

「君の瞳は、美しい金色だ」

 同じことを繰り返し言う男に対して、シルヴァは少し恐怖を覚えていた。男の感情は、全く読取れない。声色は穏やかなのに、その奥には全く別の感情が含まれているように、シルヴァは思った。

「お前は、一体何者だ……?」

「君に、僕が何者であるか教える必要はない。ただ、僕は君に一つ知って欲しいことがあるんだ」

 ぐっと男はシルヴァの顔を引き寄せる。男はにやりと歪んだような笑みを浮べてシルヴァに言った。

「僕は君の金の瞳が、嫌いだ」

 男はシルヴァの顔から手を離し、部屋から出た。階段を上ってゆく音が、シルヴァの耳に反響する。

「……はっ」

 しばらくして、シルヴァは大きく息を吐く。思い出したかのように、肩を上下させて呼吸した。

目の前に男がいた瞬間、シルヴァは呼吸が出来なかった。男の感情が読めなかっただけで、こんな事になるものか、とも思ったが、根本的に何かが違っていた。

「あいつは、何だ……」

 首の後ろからつっと、汗が落ちる。不気味な何かは、まだシルヴァの中に残っていた。

 

 

 

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