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話し終えたリオスはピアスの箱をなおして、アリアを見た。アリアの表情は真剣に考えている様子だった。
「ごめんなさい……アリアさん。変な話に、付き合わせてしまって」
「そんなこと、ありません」
「でも、やはり僕は…………」
リオスはやつれた表情をして、目を閉じる。それから、本当に小さな声で「ごめんなさい」と言ってその場から去ってしまった。引き止めることもできないアリアはただ、去ってゆくリオスの背中を見つめた。
「……赤い、ピアス」
完全に背中がリオスの背中が見えなくなったとき、アリアは小さく呟いた。
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時刻は午後三時。場所はシルヴァの探偵事務所。
「……死因不明、なあ」
シルヴァは渡された書類をぼんやりとした表情で見つめている。そんなシルヴァを睨み飛ばすようにロジャーは見ていた。
書類には先日のキャシアの死について書かれていた。外傷もなければ病気もない。心臓麻痺、ということで片付けられているのだがロジャーは何か引っかかりを隠せなかった。
「で、どうだ?」
「知るか。俺は何でも解かる超能力者じゃねぇんだよ」
「ったく、役に立たねぇフリーターだな……」
「人に頼み事したくせにその態度か」
ロジャーの呟きに、シルヴァの眉はぴくぴくと引きつった動きをしていた。
「だけど、心臓麻痺でほぼ決定してるんだろう? 外傷もなければ病気もない。毒を盛られるようなこともないだろ、キャシア・ノーリウォンには」
シルヴァの言う通りである。キャシアには、ノーリウォン家には人に恨まれるような出来事はなかった。悪い噂などなく、恨まれることは全くなかった。
「……けど、何か引っかかるな……」
そう、書類を見る限り何も問題はないのだが、シルヴァにも何かが引っかかったのだ。
「二ヶ月前に、ジョーゼイ・ノーリウォンが事故死、だったな」
「ああ。車にも異常はなかったし、飲酒の様子もなかった」
「それから、キャシア・ノーリウォンが心臓麻痺」
「……何かあると思われても、おかしくない展開だな」
シルヴァが言うとロジャーはこくりと頷いた。そのとき、シルヴァの助手のレイラ・ソーディルがテーブルの上に紅茶の入ったカップを二つ置いた。
「ああ、ありがとうなレイラ」
「…………」
ロジャーがそう言うと、レイラは何も言わずに会釈して奥の部屋に戻ってしまった。
「なあシルヴァ。俺、レイラに嫌われてんのかな……」
「安心しろ、レイラはいつもあんな感じだ」
と、シルヴァは紅茶を飲む。しかし、どうしてレイラのような少女がシルヴァの助手をしているのか、ロジャーには解からなかった。ただし、レイラは確かに少し幼い外見をしているが、シルヴァとそこまで年齢は離れていない。
「どうしようもねえな」
はあ、とシルヴァは大きなため息を吐いて言った。もちろん、元々どうするつもりもなかったのだが引っかかりをほどけないのは、確かにもどかしい。
「そうか……」
呟いたロジャーも少し肩を落として、レイラの出した紅茶を飲んだ。
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時刻は午後四時。場所はジーンとアリアが暮らすアパートの一室。
「なるほど」
学校から帰ってきたアリアの話を静かに聞き終えたジーンは一言、言った。その表情には喫茶店に勤めているときの穏やかさはない。
「つまり、そのノーリウォン家のピアスが」
「話からして、そうだと思う」
一方のアリアもジーン同様、外で見せる表情とは違う。鋭い瞳をアリアは窓の外に向けていた。それから俯き強く拳を握った。
「……関係ないリオスさんを巻き込むなんて」
ぎりぎりとアリアは歯を食いしばっていた。ジーンはそんな妹の肩に優しく手を乗せた。
「お前のせいじゃない」
「うん……」
「だから、そんな風に抱え込もうとするな。彼にもそう、言ったんだろう?」
そのジーンの言葉を聞いてアリアははっと顔を上げる。そこには、優しく微笑むジーンがいた。
「……うん、そうだね」
***
時刻は午後六時。場所は警察署のある一室。
「予告状だぁ?!」
シルヴァの事務所から帰ってきたロジャーはその一報を聞いて、大げさとも言えるような声を上げた。
その理由はついさっきまでシルヴァと話していたノーリウォン家に怪盗ナイトメアからの予告状が届いたからというのだ。慌ててロジャーはナタリヤから情報を聞く。
「明日の午後十時、キャシア・ノーリウォンのピアスを頂く、とのことです」
「ピアスの写真、こちらです」
カズヤは書類をロジャーに渡す。ピアスということでやはり小さく、今回は警備が楽か……とロジャーは少し安心した。が、
「その……、リオス・ノーリウォンさんが」
「あ?」
「警備をつけないでくれ、との事です……」
最後の方は小さくなりながら、カズヤはロジャーに事実を言う。
「…………はぁ?!」
「いや、その! ピアスはその、自分の母の形見だからそばに置いていてほしい、と……それで、自分の周りに人がいるのは嫌だとか……」
ロジャーの怒鳴り声に頭を抱えながらカズヤはリオスから言われたことをそのまま伝えた。すると、ロジャーはカズヤの頭を殴ろうと掲げた拳を静かに下ろした。
確かに、一週間前に母親がなくなったばかりの少年だ。形見をそばに置いておきたいのも、人と距離を起きたいのも気持ちは理解できないことはない。ロジャーはしばらく考えて、「よし」と小さく呟いて頷いた。
「何が何でも、今回こそは怪盗に盗ませるな!」
「はい!」
ナタリヤとカズヤはロジャーの言葉に強く返事をした。
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翌日。午前十一時。場所はクロス学園。
怪盗ナイトメアがノーリウォン家に予告状を出したことで話題はもちきりになったが、リオスは学校を欠席することなく授業を受けていた。ただ、昨日以上に人を近づけさせない雰囲気を出していて、誰も怪盗についてリオスに尋ねようとはしなかった。
「リオス・ノーリウォンさん」
ただ一人、
「怪盗からの予告状が来たようですね」
この女子生徒、
「しかし、ご安心ください! 私、ユメリア・メルティーンが必ず、怪盗を捕獲して、絶対に盗ませません!」
ユメリア・メルティーンを除いて。
突然声をかけられたリオスは、そしてあたりに居た人々はぽかんとした表情をして、ユメリアを見つめた。
「ええ、と……」
ユメリアのナイトメア捕獲宣言に、リオスの周りにあった雰囲気は一瞬姿を潜めた。
「あ、ありがとう……ございます」
しかしすぐにリオスの表情は暗くなる。彼の耳には彼にしか聞こえない、呪われた声が届いているのだ。
『殺せ……!』
「っ……!」
頭を抱え始めたリオスを見てユメリアは手を差し出そうとした。
「リオスさん……」
「触るな!!」
パンッ、とリオスはユメリアの手を払う。自分の行動を理解できなかったリオスははっと顔を青ざめさせて、逃げるようにその場から去った。
「リオスさん?!」
追いかけようとしたユメリアだったが、既にリオスの背中はなかった。
***
時刻は午後九時五十分。場所はノーリウォン邸の前。
庭は明るくライトアップされていて、いつも以上に警備の警官は多い。
「今回のトラップは完璧です」
そう宣言したのはユメリア。瞳はきらきらと輝いていて、自信に溢れている。その瞳からロジャーとユメリアの姉、ナタリヤは目を反らしていた。
「ユメリアさん、毎回トラップがすごいですねー」
「そうですかぁ? 前回の反省を活かして、切れにくいロープを使用してみました!」
カズヤが言うと、ユメリアはにこにこと満足そうにトラップの説明をし始める。カズヤは「なるほど!」と感心したようにメモを取り始めるから、余計にロジャーは疲れてしまうのだ。
「すみません先輩……うちの妹が」
「いや、かまわん。実際、ユメリアの罠は確実にナイトメアを捕まえたことがあるんだからな」
それに、とロジャーは視線をユメリアから変える。そこにはいつも以上に険しい顔をするシルヴァとその隣に立つ無表情のレイラが居た。
「今回は、彼も捜査協力を?」
「ああ」
多分、昨日の昼に話したノーリウォン家のことが引っかかっているのだろう。ロジャーはシルヴァのもとに向かった。
「気になってんのか」
「当たり前だろうが」
シルヴァの視線の先には明りの灯っていないノーリウォン邸の一室があった。
「リオス・ノーリウォンの様子を見たか?」
「ああ……」
シルヴァに尋ねられて、ロジャーは警備をする前に会話を交わしたときのリオスを思い出す。
「……お願いです、僕に関わらないで下さい」
何かに怯えたように一言そう言ったリオス。彼の手にはピアスの入っている箱が強く握りしめられていた。
「何か、あったのですか?」
ロジャーは尋ねたが、リオスは何も言わずに首を振るだけだった。それから警備が始まってからはずっと部屋に篭りっぱなしなのである。
「怯えているみたいだったな」
「怪盗に?」
「いや……もっと別のものだった」
怪盗に怯えているならもっと警備に関わろうとするだろう。しかしリオスは警備に関しては「おまかせします」の一言だけだったし、それ以降何も言ってこない。
「もしかして、関係あるのかもな……」
ぽつりとシルヴァが呟く。そして、刑事たちは警備体制に入るということでロジャーはシルヴァと別れた。
「私、行く」
「え?」
突然レイラはそう言うと、すたすたとどこかに行ってしまった。
「お、おい! レイラ!」
「シルヴァ駄目!! そことそことそこにトラップ仕掛けた!」
歩き出そうとしたシルヴァの後ろからユメリアが叫ぶ。また大量に仕掛けやがって……と思ったが、前回自分が罠に引っかかったことを反省して、今回は罠を何処に仕掛けたか把握しているらしい。成長したな、と内心シルヴァは感動していたが、どこかへ去ってしまったレイラが心配であった。