***

 

 時刻は午後二時。場所は警察署ナイトメア対策本部。

「本当にジールさん、ルシアナさんを説得したようですね」

 カズヤが少し驚いたように美術館の広告を見ながら言った。現在部屋にはカズヤとナタリヤとロジャーの三人がいて、ジールはまだ美術館にいるようだった。

「しかも、広告にわざわざあの噂を書くなんて……」

「そうね。あの様子なら、絶対にしないと思っていたけど」

「上手く丸め込んだんだろうな。口だけは達者、と言った感じだからな」

 ロジャーが少し嫌悪を表すような顔をして、ため息混じりに言った。

「しかしあいつ、本当にこれでナイトメアをおびき出すつもりか?」

「さあ……。ただ、ひとつ心配なことがあります」

 ナタリヤの言葉に、ロジャーもカズヤも少し驚いたような顔をして首をかしげた。

「これで本当にナイトメアの予告状が来たとして、彼はどうやってナイトメアを捕まえる気なのでしょうか」

「……そうだな。奴はおびき出すことまでは言っていたが、それ以降のことは何も言っていない」

「何か捕まえる手段でも見つけたのでしょうか?」

 考えが全く読めないジールの行動。それが果たして、本当にナイトメアを捕まえる手段となるのかと三人が考え始めていたときだった。室内に携帯電話の着信音が響く。

「……俺か」

 ロジャーは机に放り出していた携帯電話を手にしたが、画面を見て表情を引きつらせた。その表情のまま、ロジャーは電話に出た。

「もしもし」

[もしもし、ジールです]

「どうした。何かあったか」

[ナイトメアから予告状が来ました。本日午後十時、“クイーンズ・ティア”宛てに]

 ロジャーの目が、大きく見開かれた。口から「嘘だろ……」と小さく零れていた。

[残念なことに、事実です。しかし、完全にナイトメアは我々の策にかかってくれました。成功です]

「ああ、ここまではな……。だが、これからどうする? 何か作戦でもあるのか」

[もちろんです。考えなしでしているわけではありませんから]

 電話越しだが、ジールの穏やかに笑う姿が目に浮かんだ。自信に溢れているようなその声に、ロジャーは少し不気味さを感じていた。

「どうするつもりだ」

[警備に関しては、僕に任せてもらえませんか?]

「……何?」

 どういうつもりかわからない、と言いたげにロジャーが尋ねる。それを聞いて、ジールははっきりと言った。

[ルシアナさんの提案です。彼女は警察がナイトメアを捕まえられると思っていないようです]

「は?!」

[ですから、外の警備のみで。中には美術館で防犯対策を行っているとのことですから、うかつに入らないほうがいいですよ]

 それでは、と言ってジールは一方的に電話を切った。状況が把握できないまま、一方的に電話を切られたことに腹が立ったロジャーは携帯電話を机に強くたたきつけた。その行動にびくりとカズヤが肩を震わせた。ナタリヤも少し驚いたようだったが、平静を保ってロジャーに尋ねた。

「予告状、ですか」

「ああ。警備は自分がやる、だとよ」

「ジールさんが?」

「どうやらあの館長のご指名らしい。警察は信用ならんだと」

「そんな……」

 カズヤが悲しげに呟くが、続きの言葉が出てこなかった。一体何をするつもりなのか、とジールの穏やかな表情を思い出しながらロジャーは窓の外を睨んだ。

 

***

 

 時刻は二時半。場所はシルヴァの探偵事務所。

「シルヴァは観た? あの美術館に展示されるティアラ」

「あー?」

 学校が終わって事務所にやってきたユメリアがシルヴァに向かって尋ねると、いつも通りどうでもよさそうなシルヴァの返事が返ってきた。こいつに訊いたのがダメだった、とユメリアは思って質問の相手を変えた。

「レイラさんは観に行かれましたか?」

 本棚を整頓していたレイラにユメリアが尋ねると、レイラは小さく首を振った。

「……観ていない」

「あ、じゃあ今度一緒に観に行きませんか?」

「……シルヴァも、一緒なら」

 そう言って、レイラは本棚の整頓を再開した。ユメリアがシルヴァの方をにやりと笑いながら向いた。

「ってことだから。今度一緒に行かない? あ、それとも今から!」

「断る。何で今から行かなくっちゃなんねぇんだよ」

 あくび交じりにシルヴァはユメリアに言う。それを聞いてむすっとした表情をユメリアが浮かべた。

「いいじゃないの! どうせ今から暇でしょ?!」

「面倒くせぇだろ。俺は今日疲れてるからパス」

「喫茶店が開いてなかったから、どーせ一日中だらだらしてたんでしょ? そうですよね、レイラさん」

 問われたレイラは思い出すかのようにシルヴァの顔をじっと見た後、小さく頷いた。何で素直に頷く……とシルヴァが思いながら大きくため息を吐いたとき、シルヴァの携帯電話が鳴った。

「誰から?」

 とユメリアが訊くがシルヴァは答えなかった。番号登録をしていない番号だったため、画面には数字しか表示されていない。シルヴァは少し不安に思いながら、電話に出た。

「もしもし」

[こんにちは、シルヴァさん]

 その声を聞いた瞬間、シルヴァの眉間に皺が寄った。声の主はジールだった。

「何の用だ」

[ナイトメアから予告状が来ました。それも、“クイーンズ・ティア”に]

「何だと?」

 予想通りと言いたげなジールに対して、シルヴァは驚きの声を上げた。

[ロジャー刑事にも言ったのですが、今回の警備は僕が担当させていただきます]

「担当、だと? どういうことだ」

[館長から直々に頼まれたのです。館内には特別な体制が組まれているので、外の警備をお願いします]

 今回の警備で主導権は完全にジールに移ったらしい。それを察したシルヴァは何も言えなかった。

[一番はナイトメアが館内に入らないことですからね。僕が動くのは、最悪の場合だけです]

「今の警備体制だと、お前の言う『最悪の場合』になると思うが」

 シルヴァが皮肉るように言うと、電話越しで笑い声が上がった。シルヴァは眉間にさらに深い皺を寄せて、ジールの笑い声を聞いた。

[そうですか……。それなら、僕の見せ場があるようですね。ご期待に答えられるように、努力しますよ]

 そしてジールは電話を切った。通信が切断された音をしばらく聞いたあと、シルヴァは電話を机に置いた。会話を聞いていたユメリアが少し不安そうにシルヴァの顔を見つめている。

「ナイトメアから、予告状……?」

「ああ。美術館の、あの作品だそうだ」

「私も、警備に参加するわ!」

「やめとけ。美術館には特別体制が敷かれているらしい。お前が行ってもどうしようもねぇよ」

 さすがに公共の施設の警備となるとユメリアのトラップなどに比べたら質が違うだろう。そう納得したユメリアは頷いて、それから事務所を出た。

「……シルヴァ」

 ユメリアが出てから数分後、レイラが口を開いた。シルヴァのほうをじっと見つめて小さな声だが、はっきりと言った。

「私も、行く」

「レイラ……」

 まっすぐと向けられたレイラの瞳を見たとき、シルヴァの脳裏にジールの姿が蘇った。何を考えているのかわからないその言動と、金色に輝く右目。そこにシルヴァは不気味さを覚えていた。

「いや、お前も来るな」

「……何故」

「その……」

 何故、と問われれば理由はない。しかし、シルヴァは何故かレイラとジールを会わせたくないと思っていた。何か、嫌な予感がしたのだ。

「……帰り、多分遅くなる。だから、夜食でも作って待っててくれないか」

「……わかった」

 レイラが頷いたのを見て、シルヴァは内心安堵していた。

 

***

 

 時刻は午後三時。場所は美術館特別展示室。

 ナイトメアの予告状はちょうど十二時、美術館が昼休みの時間に入る頃にやってきた。そのため、昼の休館でそのまま警備の体制に入ることができたのだ。警備のシステムは、以前からあるものに加えて昨日の夜にさらに強化させている。

 警察やシルヴァに連絡をとり終えたジールが展示室にやってきた。“クイーンズ・ティア”の前に立っていたルシアナはジールのほうを向かない。そんなルシアナの横に、ジールが立った。

「さて、ナイトメアは予想通りの行動をしてくれましたね」

「……ええ」

 ルシアナの表情は、どこか虚ろなものだった。まるでナイトメアからの予告状には興味を示していないようで、ただじっと“クイーンズ・ティア”を見つめている。

「ルシアナさん。貴女は何故、そんなにも“クイーンズ・ティア”を守りたいのですか?」

 それは前にもルシアナに尋ねた質問だった。ジールもルシアナと同じように、紫色の石が輝く“クイーンズ・ティア”を見つめている。ルシアナはやはりジールのほうを向かずに静かに言った。

「美しいものが、好きだから……」

「許せますか? 美しいものを奪おうとする、存在が」

「許せ、ない」

 にやり、とジールは笑う。二人の目の前にある“クイーンズ・ティア”の輝きが強くなった。

「私は、守りたい。美しいものを、奪うものは許さない」

「そう。だから、貴女に頼みがあります」

 ジールが言うと、ルシアナはゆっくりとジールの方を向いた。ジールはルシアナに向かって何かを差し出した。

「貴女には、“クイーンズ・ティア”のそばにいてほしいのです。きっと“クイーンズ・ティア”自身も、そう望んでいるはずですから」

「“クイーンズ・ティア”が……?」

 ルシアナが言うと、ジールは微笑んで頷いた。そして、ルシアナはジールが差し出したものを受け取る。それは、黒い拳銃だった。

「これは、貴女の力になるはずです。そして、“クイーンズ・ティア”も」

 ジールが言った瞬間、あたりが紫の光で包まれた。

 

 

 

 

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