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時刻は午前十一時。場所は街にある美術館。
その美術館の関係者会議室に刑事三人と、ジール、それから一人の女性がいた。
「今度こちらの美術館に来る、“クイーンズ・ティア”について教えていただけませんか?」
にこりと穏やかな笑みを浮かべたままでジールは、女性に尋ねる。
「……どうして、当美術館に“クイーンズ・ティア”が入るということをご存知で?」
「噂を聞きまして。その言い方だと、事実のようですね」
「ええ。目玉として公開するつもりでしたから。しかし、まだ外部には出していないはずですが」
「外部に漏れないと思っていても、どこかに必ず隙間は生まれるのですよ」
ジールの言い方に対して、女性はわずかに表情を歪めた。それは、不快と言いたげなものだった。
四人と机を挟んで向かい側に座っているのは赤茶髪に黒い瞳、銀縁の眼鏡をかけた女性。彼女の名はルシアナ・クリーサ、この美術館で若くして館長を務めている。
「それも、そうですね。ですが、教えた場合は一体、警察が何に使用するのですか。“クイーンズ・ティア”は、芸術作品です」
「怪盗ナイトメアは、必ずこの“クイーンズ・ティア”を狙います」
断言するようなジールの言い方に、ルシアナだけではなく刑事たちも反応した。
「どういう、ことでしょうか?」
ルシアナは睨むようにジールを見ながら尋ねた。机の上で握っている拳が、小さく震えている。
「それを説明するためにも、“クイーンズ・ティア”について教えていただかないと。こちらの刑事の皆さんは、“クイーンズ・ティア”の情報を全く持っていないのですから」
ジールの言う通り、刑事の三人は“クイーンズ・ティア”なる物について全く何も知らない。ルシアナの話によると芸術作品なのだろうが、一体どんな物なのか想像すらついていないのだ。
「……わかりました」
そう言って、ルシアナは席を立った。扉が閉ざされると、カズヤが大きく息を吐いた。
「ジールさん、その“クイーンズ・ティア”とは一体何ですか?」
「ティアラです。芸術的にも価値もあるものです」
「価値、も?」
カズヤが訊きかえすが、ジールは口元に笑みを浮かべただけだった。その時、扉が開かれてルシアナがファイルを持って入ってきた。
「お待たせしました。こちらが、“クイーンズ・ティア”について記されているものです」
ファイルを開くと、そこには“クイーンズ・ティア”と思われるティアラの写真があった。銀の骨組みに、白のダイヤらしき宝石、そして中心には紫の大きな宝石が輝いている。
「こちらには“クイーンズ・ティア”がどう動いているかが記されています。美術館以外にも、買い取られて富豪の家に渡ったこともあります」
「……これは」
ファイルをめくって書類を読んでいたロジャーの口から小さく呟きが零れた。そこには、“クイーンズ・ティア”が個人の手から美術館、また個人の手から美術館、といった順で渡っていることが記されている。その個人は、すべて死んでいた。
「“クイーンズ・ティア”を手にした人間には、死が訪れる。そういう噂があります」
ジールの言葉を聞いて、ルシアナが眉間に皺を寄せてジールを睨んだ。
「それは噂の話です。この経緯と、“クイーンズ・ティア”という美術品は全く関係ない話です」
「そうでしょうか? 僕には、何か関係があるように思えるのですが」
「警察はいつからこのような噂を信じるようになったのですか」
ルシアナの睨みの矛先はジールからロジャーたちに向けられた。あまりにも鋭い剣幕に、カズヤやナタリヤだけではなく、ロジャーでさえもびくりと肩を震わせた。が、ジールは動じていないようで、穏やかな口調のままだった。
「あいにく、僕は警察の人間ではありませんから。あくまで、警察に協力しているだけです」
「……それで、あなたの言う噂と、怪盗ナイトメアがどう関係するのですか」
ルシアナは早口にジールに尋ねた。声は低く、明らかに苛立っているのがわかる。
「怪盗ナイトメアが狙うのはそう言った普通ではない宝石です。だから、この“クイーンズ・ティア”が狙われる可能性は高いです」
「つまり、ナイトメアをおびき寄せるために“クイーンズ・ティア”を利用したいと?」
「はい」
隠すつもりもない、と言うようにジールはルシアナの問いに即答した。あまりにもあっさりと答えたジールに対して、ロジャーたち三人は驚きを隠せずにぱちぱちと瞬きをした。
「あなたは、“クイーンズ・ティア”を何だと思っているのですか? 芸術作品ですよ。それを、怪盗をおびき寄せるための道具に使いたいと? 冗談じゃありません」
「何故?」
「芸術作品を危険にさらすわけにはいきません。警察の力を疑うわけではありませんが、現状ナイトメアは予告を出した品を確実に盗んでいます」
ルシアナの言葉に、刑事たちは言葉を無くす。あまりにもはっきりした事実に、反論ができない。
「それなのに、歴史深いこの“クイーンズ・ティア”を餌におびき寄せる? ナイトメアに盗まれないという保証は?」
「そうですか……。では、僕と個人的にお話いただけませんか? 警察、などは関係なく」
ルシアナの強い口調に対しても、ジールは穏やかで丁寧な口調を崩さなかった。ジールの提案に、ルシアナは少し驚いたような表情を浮かべたが、しばらくジールと刑事たちを見た後頷いた。
「わかりました。よろしいですよ」
「ありがとうございます。それで、申し訳ないのですが……」
「ああ、わかっている。俺たちは、戻るよ」
ジールの申し訳なさそうな声を受けて、ロジャーが答える。そして三人は会議室から出た。人の少ない美術館内を歩きながら、ロジャーは大きくため息を吐いた。
「痛かったなぁ、『確実に盗んでいます』って言葉は」
「否定ができないことが一番、ですね。我々の力不足です」
「それにしても、ジールさんはどうするつもりなのでしょうか。あの様子だと、ルシアナさんは絶対に“クイーンズ・ティア”を守り抜こうとしますし」
カズヤの言う通り、ルシアナは断固として“クイーンズ・ティア”を捜査のために使用することを許可しないだろう。
「だが、実際に予告状が出たときはどうしようもないだろう。あくまで、今は予告状が『くるかもしれない』のレベルだ」
「しかしあの彼の口調は……確実に、来ると断定していました」
ナタリヤが言うと、カズヤも強く頷いた。ジールのあの強い確信の意味が解からないロジャーは頭をがりがりとかきむしった。
「あいつの確信は、一体何処から来てるんだ? 普通、あそこまで言えねぇだろうが」
「そうですね……」
果たして、ジールは何をしようとしているのか。わからない三人は何も言わずに美術館を出たのだった。
***
時刻は午後十二時。場所は喫茶店。
「と、いうわけだよ」
「……恐ろしい奴だな、お前」
いつの間にか黒縁眼鏡の男とシルヴァは同じ席について長々と話をしていた。そんな二人のもとにコーヒーを持ったジーンがやって来た。
「なんだか盛り上がってますね、お二人とも」
「ああ、まあな。こいつの旅行話がなかなかおもしろくて」
「いやいや、そう言って貰えると嬉しいね」
「そうなんですかぁ。あ、コーヒー持って来ましたよ」
「ありがとう、店員さん」
男はカップを持ちながらジーンに微笑んだ。それから男は思い出したかのように二人に尋ねた。
「ところで、さっき新聞に載っていた怪盗のこと、何か知らないかい?」
「怪盗?」
突然の話題転換に驚いたようなシルヴァは、男に訊きかえした。
「そう、怪盗。いや、おれも色々な国を回ってきたけどこの怪盗はなかなか変わっていると思ってね」
「どう変わっているんですか?」
ジーンはぱちぱちと瞬きをしながら問う。男はにやりとした笑みを浮かべて言った。
「彼が狙う物だよ。別に高価な物でもないのに、どうして彼は狙うんだろうね」
「……確かにな」
それはシルヴァがナイトメアに尋ねたことそのままだった。男の言葉を聞くジーンの瞳がわずかに鋭くなる。
「それで、お前がさっき言ったヤツと関係するって言うのか?」
「まあ、そんなところかな」
「……さっき言った?」
シルヴァの言葉にジーンが首をかしげる。ジーンがそれについてシルヴァに尋ねようとしたときだった。
「おう、ジーン」
「こんにちはー」
ジーンが振り向くと、そこにはロジャーとカズヤの姿があった。
「こんにちは。お二人とも、お昼ですか?」
「ああ。サンドウィッチよろしく。あと、コーヒー」
「僕も同じ物で」
「かしこまりました」
そう言ってジーンが店の奥に向かうと、ロジャーとカズヤはシルヴァに近づいた。
「よう、シルヴァ。……と、そっちは?」
「ああ、旅行者だとよ」
「へぇ、旅行の方……」
カズヤが呟いたと同時に、男が二人のほうを向いた。カズヤが黙ったのを見て、ロジャーはカズヤの顔を覗き込んだ。
「カズヤ?」
「ん、どうしたんだよお前ら」
「……和哉」
男は呟きながら立ち上がった。それを見てカズヤがびくりと肩を震わせ、一歩引いた。が、男はそんなカズヤの様子に気づいていない様子で、駆け出す。カズヤは逃げようとしたが、男のほうが早かった。まるでタックルを食らわせるような勢いで男はカズヤに抱きつく。カズヤはそんな男を引き離そうとするが、男は動かない。
「和哉!! 会いたかったぞ、我が弟よ!!」
「離れてください、弘樹兄さん! 皆さんが見ているでしょう?!」
「誰が見ていようと関係ない、ああ、会いたかったぞ和哉ぁ!」
「苦しいですから! はーなーれーて、くーだーさーいー!!」
目の前の光景を全く理解できないシルヴァとロジャーはぽかんとした表情でカズヤに抱きつく男の様子を見ていた。そしてそのタイミングにジーンがコーヒーを持ってきた。
「おまたせし……。えっと、何、なさってるんですか?」
ジーンがようやくその空気を変える一言を放った。
それからジーン以外の全員が席について、ゆっくりと事情を聞くこととなった。
「こちらが、僕の兄の」
「永波弘樹です。こちらの国で言うなら、ヒロキ・ナガナミですね」
「兄弟?」
ロジャーが驚いたように隣同士で座るカズヤと男、ヒロキの顔を見比べた。年より幼く見え人懐っこそうなカズヤに対して、太い黒縁の眼鏡をかけているがその奥から鋭いと思わせる目元を持つヒロキが、兄弟とは思えなかった。簡単に言うと、あまり似ていないような印象を持たせる兄弟である。
「ええ、そうです。おれと和哉は、ちゃんと血の繋がった兄弟ですよ」
「それで兄さん、何しにこの国に来たんですか」
普段の穏やかな口調とは違い、むっとした早口な口調でカズヤはヒロキに尋ねる。ヒロキは「んー」と考え込むような声を上げて笑みを浮かべた。
「そうだなあ、じゃあ店員さん、コーヒーのおかわりと昼食に今日のパスタを持ってきてもらえるかな」
「はい、かしこまりました」
注文を受けたジーンはメモを取ってその場から去った。そして、ジーンの背中が店内の奥のほうに消えたのを確認したヒロキは小さく息を吐いた。
「刑事さんに、探偵さん。うん、いいメンバーが揃ったね」
「……え?」
探偵、と言われたシルヴァは小さく声を上げた。先ほどまで話してはいたが、自分が探偵であることは一言も話していない。それなのに、何故ヒロキが知っているのかとシルヴァが疑問に思っていると、ヒロキは言葉を続けた。
「一応おれは、情報屋として世界各国を回っていてね。君の事はそこそこ知っているよ、『ゴールド・アイズ』くん」
「……」
「さて、いいメンバーが揃ったし、パスタが出来るまで説明しましょうか」
ヒロキは机に肘を置き、手を組んで口元を隠した。眼鏡の奥の目が、にやりとした笑みが浮かんでいる。
「先ほどシルヴァくんには言ったのですがね、この国におもしろい物が来ること」
「まさか……」
ロジャーが小さく呟くのを聞いて、ヒロキはにこりと微笑んだ。
「“クイーンズ・ティア”、とある芸術家が作り上げたティアラ。その芸術家自体は有名でもないし、ティアラの完成度はそこまで高くはない。けれど、ある噂がついている」
「手にしたものには、死が訪れる」
ヒロキの言葉をカズヤが続けると、シルヴァが驚いたような顔をした。
「そんなものが……、あるのか?」
「どこにでもあるだろう、そんな噂は。最近では現物を見ることができなかったから、やっとお目にかかれると思ってここに来たんだよ」
そう言うとヒロキは組んでいた手を放して、息を吐いた。説明は終わり、と言う事なのだろうかとシルヴァがじっとヒロキを見ていると、ヒロキはその視線に気付いてにこりと笑った。
「あと、さっきも言ったけど怪盗。彼についてはかなり気になっているよ。おれも、彼についての情報は何もないし」
「情報屋、って言ってたな。一体、どういったルートでそういう情報を手にするんだ?」
ロジャーがヒロキを睨むようにして尋ねる。穏やかではない、むしろ答えろと脅しているような口調だった。ヒロキは驚いたような顔をしたが、小さく鼻で笑って、それから答えた。
「そうだなあ、情報屋があまり情報の入手方法を言うべきではないのだろうけど……ま、おれの場合は人から聞くこともあれば自分で手に入れることもあるかな。どちらかと言うと後者が多いけど」
というヒロキの言葉に、隣のカズヤが視線だけでヒロキを睨んだ。それからカズヤは大きく息を吐いた。
「じゃあ、兄さんは“クイーンズ・ティア”を見たら満足して帰ってくださるんですね」
「なんだよ、和哉。せっかく兄弟で会えたって言うのに、そんな言い方しなくてもいいじゃないか」
「そうだ。久しぶりなんだろ、兄さんに会うのは?」
ロジャーの気を利かせた言葉に対して、ヒロキがぱあっと顔を輝かせて、カズヤはずんと落ち込んだような顔になった。
「ええ、まあ、そうですが……」
「久しぶりの兄弟水入らずに割り込むのも悪いからな。シルヴァ、ちょっと席外そうぜ」
「それもそうだな」
「ちょ、やめてくださいよ!!」
席を立ち始めたロジャーとシルヴァにカズヤが声を上げる。しかし、止めを入れる時には既にシルヴァとロジャーは向こう側の席へと移動してしまっていた。それからすぐに、ジーンがヒロキの注文を持ってきた。
「お待たせしました、コーヒーとパスタ、それからサンドウィッチです」
「ありがとう、店員さん」
「あ、あのジーンさん……」
カズヤがどうにか二人きりでいるのを避けようとジーンに声をかけたのだが、
「おーい、ジーン。俺のコーヒー」
「あ、はいー。それじゃあ、失礼します」
向こう側からロジャーがジーンに向かって声をかけた。それを受けてジーンはその場から去ってしまい、再びカズヤとヒロキは二人っきりになってしまった。注文の品を置かれた直後に席を移動するのも悪いと思い、カズヤはその場から動けなくなっていた。
「ところで、和哉」
思い出したかのように、ヒロキが口を開いた。パスタを一口食べ、飲み込んだあとにカズヤの方を向いた。
「あのメモリ、使ってくれたんだね」
「……どうして、わかったんですか」
やはりつっこまれたか、とカズヤは眉間に皺を深く寄せた。そんなカズヤの表情を、ヒロキは楽しそうに見ている。
「少し細工を入れていてね。使ったら、おれに伝わるようにしてた」
「そう、ですか」
「さすがおれの弟だな。普通の人間なら、あのプログラムは使いこなせない」
「……」
ヒロキが褒めるように言ったが、カズヤはむしろその言い方に苛立っているようだった。無言で、一口サンドウィッチを食べた。
「役に立てたようで、おれは嬉しいよ、和哉」
「……使うつもりなんて、なかったんです」
「和哉、人は自分の持っている能力を必ず使わなければいけない。人が持つものには、必ず意味があるのだからね」
諭すようなそのヒロキの言葉に、カズヤの手が震えた。カズヤは目を閉じて、再びサンドウィッチを口に含んだ。