マグウェルの宝 シの色の導き
それは、今から遥か昔のこと。
この世界に、とても大きな魔術の力を持った魔術師がいたと言う。
誰かがけがをしたならば魔術の力を持ってそのけがを治し、物が壊れたとしたならば魔術の力を持ってそれを復元し、争いが起きたならば彼の膨大なる知識と魔術でそれを仲介していた。
人々は彼を尊敬していたが、あまりにも大きな力に対して恐れも抱いていた。時を経るにつれ、その魔術師の周りに人が近づかなくなった。
魔術師は、自分の持つ大きすぎる魔術の力を恨んだ。そして、彼はその魔術の力を形にして外に出すことを決めた。彼の魔術の力は、強い輝きを放つ宝石になった。様々な色に輝くその石は、それぞれが大きな魔術師の力を秘めている。
そして、彼が全ての魔術の力を出し切ったとき、その人生を終えた。
それは、今から遥か昔のこと。誰も魔術師の名を覚えていない、昔のこと。
***
時刻は午前八時半。場所は警察署・ナイトメア対策本部室。
ナタリヤはいつもと同じように、他の二人より早く出勤していた。対策会議が始まるのは九時だが、ナタリヤはその前から事務処理をこなしていた。かたかたとキーボードを打っていたとき、部屋の扉が開かれた。
「おはようございます、ナタリヤさん」
ナタリヤが顔を上げると、部屋に入ってきたジールの姿があった。黒いサングラスをつけているが、口元から穏やかに微笑んでいるのがわかる。
ジール・ルーズレイト。先日、このナイトメア対策本部に現れた男である。ナタリヤが知る所によると、彼は警察の人間ではない、シルヴァのような立場の人間らしい。
「おはよう、ございます」
わずかに顔を引きつらせながらナタリヤはジールに挨拶を返す。ジールは穏やかな笑みを浮かべたままナタリヤの向かい側のデスクについた。
「ナタリヤさん、お早いですね」
「ええ。事務処理等がありますので」
「そうですか」
「ジールさんは、どうしてこんな早く? 会議は、九時からですが……」
ナタリヤが画面から目を外し、ジールを見ながら尋ねる。
「気分です」
「はぁ……」
「ナタリヤさん、もしかしてまだ、僕を疑っていますか?」
唐突にジールが問う。何を疑っているか、は言わなくてもナタリヤはわかっていた。
「シルヴァくんの件、ですか」
「はい」
相変わらず笑みのままで、ジールは頷いた。ナタリヤはしばらく黙っていたが、小さく息を吐いて答えた。
「まだ、疑っています。あなたが、ガーニッシュ警視正のしていたことを知っているのではないか、と」
「そう言われても、仕方ないと思っています。ですが、僕は本当に何も知りません」
「なら、何故あの人の秘書をしていたのですか?」
ナタリヤは鋭く問う。そんな鋭い尋ね方にジールは苦笑いになったが、すぐに笑みを消してはっきりと答えた。
「ナイトメアを捕まえるためです」
「……え?」
「僕が彼の秘書をしたのは、彼がナイトメア対策本部に行くと決まってからです。今までの彼の冤罪事件には関与していません」
「そう、ですか」
ジールのはっきりとした口調に驚いたような顔を浮かべるナタリヤ。ジールは再びふっと穏やかに微笑むと時計を見た。
「さて、そろそろ皆さん来られますかね」
「そうですね」
「今日からの会議は、今までのものと大きく変化することを、覚悟しておいてくださいね」
楽しそうに言うジールの言葉の意味がわからず、ナタリヤは首をかしげた。疑問に思うナタリヤの顔を見てジールはくすりと笑う。
それから数分後、部屋にはナタリヤとジール、後から来たロジャーとカズヤの姿があった。
「おはようございます、皆さん。改めまして、本日からナイトメア関連事件の特別協力をすることとなりましたジール・ルーズレイトです」
「前置きはいい。それで、どう協力するって言うんだ?」
ロジャーが尋ねると、ジールはくすりと笑った。
「そうですね、それでは説明しましょう」
そう言ってジールがデスクの上に置いたのは何かが細かく記されているような書類だった。一人一人それを手にとって、内容を読み始める。軽く全体に目を通したカズヤは、視線を書類からジールに向ける。
「ジールさん、これは?」
「今までナイトメアが盗んできた物のリスト、盗んだ日時、相手、警備の突破方法などを記しています」
「そこから、何かがわかったのか?」
ロジャーの問いにジールは笑みを崩さぬまま答える。
「何もわかりませんでした。ですが、彼が狙うものはいつも奇妙です。皆さんも、そう思いませんか?」
尋ねられた瞬間、カズヤとナタリヤはびくりと反応した。
「フィニア・ディ・アキルモートがつけていたネックレス。彼女がつけていたというプレミアがつくかもしれませんが、宝石自体は大した物ではない」
言いながらジールはフィニアの写真を机の上に置く。
「リオス・ノーリウォンのピアス。ノーリウォン家が持っていたものとしては、やけに程度が小さなもの。それに、家宝でも何でもないものです」
机の上にリオスの写真が置かれた。
「カイル・シュバリズの剣。彼が盗んだのは剣自体ではなく、その宝飾。剣舞師の彼らはまだまだ名は知られていないし、この剣も名刀でも何でもない」
カイルとロイドが街に来た際に剣舞していた姿の写真。
「マリオン・ローズメイルの造花。宝飾の造花というのは確かに珍しいですが、その宝石は高価な物ではない。つまり、無理矢理盗むほどの価値はない」
現在病室にいるマリオンの写真。最近撮られたであろうその写真のマリオンは、少し穏やかに微笑んでいるが、その目はまだ虚ろなものだった。
「そして、先日の“黄金の瞳”。これに関しては、ナイトメアが何を盗んだかは把握できていません」
言い終えたジールは大きく息を吐いた。聞いていたロジャーもナタリヤもカズヤも、何も言えずにただ呆然としていた。的確、というよりは今まで自分たちが抱いていたものと似たようなことを強く確信を持ったように言ったジールに驚きを隠せずにいた。しばらくの沈黙の後、ジールは口を開いた。
「その反応を見ると、皆さんも疑問に思っていたようですね」
「……そうだな。何かがおかしいとは思っていた」
ロジャーがため息と一緒に吐き出すようにジールの言葉に答えた。
「今までの事件の被害者に共通点はない。事件が起きる日時も決まっていない。唯一事件に共通するのは」
「宝石」
ロジャーに続けてジールが言った。その言い方は、先ほどまで説明していたものとは違ってはっきりとした強い口調だった。
「しかも、それはただの宝石ではない」
「どういうことですか?」
「皆さんは、この被害者がナイトメアに盗まれる前と後、何か変化が起きたとは思いませんでしたか?」
その言葉に、心当たりはあった。
「……剣舞師のお二人も、何かが変わったように思えました」
「おばさまも……、全く違いました。言動も、見た目、も」
「やはり、ガーニも……」
確信を持てないカズヤ、ナタリヤ、ロジャーの三人は呟くように言った。ジールの口元が小さく上がる。
「つまり、何かしらのいわくがついているような宝石をナイトメアは狙っているようです」
「ちょ、ちょっと待ってください! そんなこと、ありえるのですか?!」
カズヤがジールに反論する。警察が「ナイトメアの狙うものはいわくつきです」などと言えるはずもないし、そんなものが存在するとは思えなかった。カズヤの強い口調にナタリヤもロジャーも驚いていたようだったが、小さく頷いた。
「あくまで、仮定の話です。しかし、可能性がないとは言い切れないでしょう?」
「そうだとしても……なら、あなたは一体何をしようというのですか?」
ナタリヤはジールを見据えて問う。その鋭い瞳を受けても、ジールの口元から笑みは消えない。
「ナイトメアを、誘い出そうと考えています」
***
時刻は午前十時。場所は喫茶店。
「シルヴァさん、本当に大丈夫ですか?」
「あー、気にするな」
ジーンの言葉に対して、シルヴァは大きく息を吐きながら答えた。そんなシルヴァの頬には湿布が張られている。額など張られていない所にもわずかに打撲の痕が残っている。
「ちょっと依頼で面倒なことに巻き込まれただけだ。気にするな」
「そう、ですか……」
「悪いな、心配させて」
シルヴァは微笑みながらジーンに言った。その笑顔を見ていたジーンの表情が少し、歪んだ。
「無理、なさらないでくださいね」
「本当はこんな目に遭うつもりはなかったんだけどな。まあ、仕方ない」
肩をすくめながら、シルヴァは答えた。それからジーンに注文をすると、すぐに視線を手元の新聞に落とした。ジーンは小さく目を閉じたあと、厨房に向かった。冷静になろうとしているジーンだったが、まだあの事件のことが頭の中に残っている。
「ジーン」
厨房で名を呼ばれたジーンは、はっと声のほうを向いた。そこには、ジーンをじっとみつめるレイラの姿。
「レイラ、さん?」
「顔色が、よくない」
「えっと……」
「何か、あったの?」
今までともに喫茶店で働いていたが、初めてそんなことを言われた。そんな驚きを隠せずにジーンはぱちぱちと瞬きをして、すぐに首を振って答えた。
「いえ、何でもありません。大丈夫ですよ」
「……そう」
ジーンの答えを聞いた後、レイラはすぐにコーヒーをいれ始めた。そこまで深くつっこまれなくてよかった、とジーンは安心していた。
一方、喫茶店の前には一人の男が現れた。
「喫茶店か……少し茶でも飲んでいくかな」
その男は黒い髪に黒い目、太い黒縁の眼鏡をかけている。眼鏡のブリッジを中指で上げて、小さな笑みを浮かべた。シルヴァの後ろの空席につくと、男はシルヴァに声をかけた。
「君、それは今日の新聞かい?」
「あ?」
突然声をかけられたシルヴァは、若干不機嫌そうに返事をしながら男を見る。
「そうだけど……なんだ?」
「申し訳ないが、少し見せてくれないかい?」
「別に構わねぇけど」
「ありがとう」
新聞を受け取った男はにこりと笑って一面に目を通した。他の面も軽く読み流すと、すぐにシルヴァに返した。
「もういいのか?」
「ああ。大まかなことは確認したから」
満足げに答える男をシルヴァは不思議な目で見た。視線を少し落とすと、男の足元には大きな荷物が見えた。
「もしかしてお前、旅行者か?」
「うーん、旅行といえば旅行だが、仕事といえば仕事というところかな」
「……は?」
あまりにも曖昧な答えに、シルヴァは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あと、半分……いや、三分の二は趣味だな。うん」
「旅行が趣味って事か?」
「まあ、そんなところ」
「に、してもわざわざこんな小さな国によく来たな。何にもないぞ」
シルヴァが呆れたように言うと、男は鼻で笑ったが、すぐに腹を抱えて笑い始めた。
「あっはははは、面白いなぁ」
「な、何がだよ?!」
突然笑い出した男に対して、不気味に思ったシルヴァは立ち上がって少し離れた。男は体を起こして、シルヴァの方を向く。
「やだなあ、そんなに引くなよ。少し可笑しかっただけだろう?」
「なんだよ一体……」
「自分の国をそんなに卑下できるなあと、思ってね」
「実際にそうだから言ったまでだ」
シルヴァが答えると、男は落ち着くために大きく息を吐いた。
「そうかもしれないけれど……これからおもしろい物が来るという話を聞いてね」
男は眼鏡のブリッジを、また中指で押しながら言った。