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夢を、見ていた。
ざあざあと雨が地面に叩きつける音が室内に響いている。
「……夢?」
薄暗い室内に、アリアはいた。辺りを見回すと、そこは、かつて自分たちが住んでいた家だと理解した。
「どうして、ここに……」
夢にしては、やけに現実味がある空気。アリアは、一歩ずつその場から歩き始めた。
ごろごろと、雷の音。ざあざあと、雨の音。そして、アリアの歩くたびに響く足音。
「ここは」
そこは、アリアにとって最も思い出したくない場所。呟いたアリアの瞳は大きく開かれていた。
「どうして……!」
か細い、震える少女の声がアリアの耳に届く。薄暗い室内に、うっすらと人影が見えた。
「間違っている……、こんなこと……!」
同じ場所からした少年の声も震えていた。しかしそれは、叫びをこらえるような怒りの声だった。
「間違ってなど、いない」
「……え?」
怒りに震える声とは別の、少年の声が暗闇の中から聞こえた。記憶に無いその声に、アリアは疑問の声を上げる。
「夢、よね……。でも、どうして、こんな声が……」
自分の記憶と矛盾するその声に、アリアは混乱し始めていた。そのとき、その場にいないはずの人物の声がアリアの頭の中に響いた。
――不死鳥が、舞い戻るでしょう
「誰……、誰なの……?!」
そのとき、雷が落ちる激しい音がした。辺りが雷の光で照らされ、人物の姿が露となる。
「あなたは……?!」
呟くと同時に、アリアの意識は白く、遠のいた。
***
時刻は午後九時。場所はジーンとアリアのアパート。
「……夢」
目覚めたアリアは、背中にぞくりと冷たいものを感じた。自分の汗でぐっしょりと濡れている首筋は、異常に冷えている。
「なんだったの、今の……。それに、不死鳥って……」
その言葉には、聞き覚えがあった。昼、学校で話題になっていたダンサーの見出しに書かれていた言葉。さほど印象に残る言葉ではなかったはずなのに、夢の中で『誰か』が囁いた言葉。
「……まさか」
アリアは慌てて起き上がり、物音のする台所へと向かう。
「兄さん!!」
突然のアリアの大声に、皿洗いをしていたジーンはびくりと体を震わせた。アリアの様子を見て、目を大きく見開いた。
「どうしたんだ、アリア? そんな大声出して、何が」
「不死鳥!! あのダンサー、もしかして、持ってるかも!」
「何を、急に……」
アリアの言葉の意味がわからないジーンはぱちぱちと瞬きをして聞き返す。アリアはジーンの腕を掴み、怒鳴るように言葉を続けた。
「急な復活なんて何かがあると思うの! それに、夢で!」
「……夢?」
「聞こえてきて、声が……。不死鳥が舞い戻るって、男の人の声……」
アリアは少しずつ冷静さを取り戻したのか、ジーンの腕を放して俯きがちに言う。それからしばらく、二人の間に沈黙が続いた。
「ごめん、なさい。夢なのに、急に変なこと言って……。熱でも、あるのかも」
「待て、アリア」
部屋に戻ろうとしたアリアを、ジーンが止めた。その制止の声は、やけに低く、そして真剣なものだった。その声色と深刻な表情に、アリアは動きを止める。
「夢は、いつもの夢か?」
「う、ん。でも、少し違った……」
「違う?」
「いつもなら、私はあの時のままだった。でも、さっき見た夢は、私は今の姿で、あの時のことを見ていたの」
ジーンの眉間に、皺が小さく寄る。
「……そうか。なら、あの女に何かがあるだろう」
「兄さん、どうして私、……こんな夢を見たのかしら」
アリアは目を伏せながら、ジーンに尋ねた。ジーンはしばらく黙っていたが、アリアの頭に手を乗せた。
「……兄さん?」
「大丈夫だ。お前が心配することは何も無い」
ジーンの体温が、手のひらから伝わる。その感覚は、アリアの記憶のどこかにあった。
「小さいころもよく、こうしてくれたよね。私、好きだったわ」
目を細めてアリアは懐かしむように言った。ジーンの表情がどこか悲しげなものだったのに、アリアは気づかなかった。
***
同時刻。場所はヒロキが宿泊するホテルの部屋。
「これが、先ほど言われたリーザス・ナーティロットに関する資料です。よろしいですか?」
「ああ、ありがとうな」
「いえいえ。こちらこそ、先日は面白いことを教えてくれてありがとうございました。これはお礼、ということで料金はいいですよ」
ヒロキの言葉に、懐から財布を取り出そうとしていたロジャーは動きを止めた。ヒロキの顔を見れば、にこにこと満足げな顔をしている。少しその笑顔を不気味に思いながら、ロジャーは机の上に置かれている資料に手を伸ばした。
「ステージ上の事故、か。なかなか復帰できない理由もわかるが、何故急に復帰できた?」
「そこがおれにもわからないところです。まあ、一番有力なのはエルフォード・グロースの存在だと思いますけど」
「エルフォード?」
ロジャーが尋ねると、ヒロキは資料を指さした。ぱらぱらとめくると、付箋の止まっているあるページが開かれた。
「エルフォード・グロース。リーザス・ナーティロットと同じダンスサークルに所属する男。そして、リーザスとは恋人同士。入院時は彼がいつも見舞いに来ていたそうですよ」
「へぇ……なるほどな」
「彼の励ましがあって奇跡の復活……。愛の大復活なんていい見出しになりそうですね」
からかうようにヒロキが言うが、ロジャーはただ資料を読み続けていた。真剣なロジャーの横顔に、ヒロキは疑問の表情を浮かべる。
「何が、あるんですか? リーザス・ナーティロットに何か犯罪暦があるようには見えませんけど」
「……ナイトメアがこの女を狙う可能性がある」
「へえ……」
ヒロキは驚きのような感心のような声を上げる。そしてロジャーがここまで必死になって情報を手に入れようとした理由がわかった。
「しかしロジャー刑事、おれでも知り得なかったこんな情報、どこから入手したんですか?」
「特別協力者サマが与えてくださった情報だ。どこから入手したかまでは知らん」
ジールの顔を思い出しながら、ロジャーは苛立ったように言う。その言葉にヒロキは眼鏡のブリッジを中指で押した。眼鏡の奥の瞳が、いつもに増して鋭いものとなる。
「ジール・ルーズレイトの情報、ですか」
「……もうそこまで入手済みか。よくやるな、お前も」
「彼に関しては何も見つかりませんでしたよ。そう、何も……」
先ほどまでと声色の違うヒロキを見て、ロジャーも「何?」と訊いた。
「ジール・ルーズレイト。ガーニッシュ・フォルトバーグの秘書をした後、ナイトメア対策本部に入った人物ですね。けれど、秘書の前に何をしていたのか、何も情報が無いのです」
「どういうことだ。お前の情報網で、何も見つからなかったって言うのか?」
ロジャーが問うと、ヒロキは頷いた。驚きを隠せないロジャーは、数回瞬きをしてヒロキを見ている。
「可能性の話ですが」
と、ヒロキが話を切り出す。普段の飄々としたようなヒロキの声ではなく、暗く低い声。その声に、ロジャーはしっかりと耳を澄ました。
「以前ロジャー刑事が、おれが情報を作ったんじゃないかと言ったこと、ありましたよね」
「あ、ああ……。って、まさか?!」
「その、まさか。ジール・ルーズレイト自身がこの事件を起こしている可能性がないこともないでしょう」
冷や水を頭からかけられたように、ロジャーは全身が冷えてゆくのを感じた。そんなこと、と思う反面、可能性としてはそれが一番高いことに気づいた。
「なら、ナイトメアとジールが関係者……?」
呟いた自分の言葉に、ロジャーは少し青ざめた。あっていいはずのないことが、起きているというのか。ロジャーの顔色をみたヒロキがフォローを入れるように口を開いた。
「あくまで可能性の話です。もちろん、あってはならないことですが」
「当たり前だろうが! こんなふざけた話……警察内であってたまるか……!」
ロジャーの握りこぶしに強い力が加わる。怒りのようなこの感情を何にぶつければいいのかわからないロジャーはただ、歯を食いしばるしか出来なかった。