翌日。時刻は午前十時。場所は聖クロス・リュート学園のある教室。

「リーザス・ナーティロット、不死鳥が舞い戻る! なんて、少し大げさに思いません?」

 休憩時間の話題は、今日の新聞の見出しだった。同級生のその言葉を聞いて、アリアは「え?」と声を上げた。

「でも、しばらく舞台も延期でしたし、ずっと入院されていたんじゃ……」

「入院していたって言っても、すぐに完治するようなけがだったみたいです」

「それでずっと入院し続けなんて、困った話ね」

「もしかして、初主演の舞台だからプレッシャーに感じたとか?」

 と、同級生たちが言い合う中で、アリアは複雑そうな表情を浮かべる。

「アリアさんは、どう思います?」

「どう、と言われても……正直、なんとも言えない気がします」

 そのアリアの言葉に、同級生たちは驚いたような顔をした。

「このけが、ステージでされたのでしょう? けがをした現場で、もう一度踊るということは辛いような気がします。辛い思いをした場所に戻るなんて……辛い思いをした、あのときを思い出すなんて……」

 終わりのほうは小さな声で、呟くようにアリアは言った。それは、同級生たちに向かって発したというよりは、自分に言い聞かせるようなもの。

 そのとき、アリアの耳に雨の音が聞こえた。

「っ……?!」

「アリア、さん? 顔色が、よろしくないようですが……」

 突然顔を真っ青にしたアリアに、同級生たちが心配そうに声をかけた。アリアは少し首を振って、立ち上がる。

「ごめんなさい、少し気分が悪くなって……。ちょっと、保健室に行ってきますね」

「大丈夫ですか? 私たちもついて……」

「いえ、一人で大丈夫ですから」

 そう言って、アリアは少し走るようにして教室を出た。人の少ない廊下に着いたアリアは、壁に身体を寄せた。

「どうして、思い出すの……?」

 胸の鼓動が異常に速くなっているようだった。それに比例するかのように、アリアは肩で荒く呼吸をしていた。

「どうして、どうして……!」

 手で顔を覆うと、暗くなった目の前から一つの光景が現れた。

 暗い窓の向こうは、雨。自分に背中を向けている人物と、その人物の正面に立つもう一人。

「……どうして、邪魔をする……?」

「お前のしていることは、間違っている……!」

「間違い、などでは、ない……!」

 途切れ途切れの会話は、耳をふさいでも聞こえてくるようだった。暗く落ちそうになる意識の中、アリアはそれを見つめるしかできなかった。

「どうして……?」

 どうして、こんなことになったの?

 アリアは呟いたあと、その場に倒れこんだ。

 

***

 

 同時刻。場所は喫茶店。

「珍しいですね、シルヴァさん。雨なのに、来店なんて」

「それは嫌味か、ジーン」

 外はしとしとと雨が降り続けている。そんな中、シルヴァが喫茶店に来店することは珍しく、ジーンも少し驚きながらシルヴァに言った。シルヴァのほうは、少し不機嫌そうな顔になっている。

「いや、そういうつもりじゃ……。あ、今日の新聞です」

「おう」

 新聞を受け取ったシルヴァはいつも通りのどうでもよさそうな表情で記事を眺めている。

「不死鳥、って一体どういう意味なんでしょうね?」

「不死鳥?」

「ほら、このダンサーの記事ですよ」

 シルヴァの見ている新聞の上のほうに、『不死鳥が舞い戻る!』と大きく書かれている見出しがあった。シルヴァは呆れたようなため息をついた。

「平和だな、この国も。一人のダンサーの復活が、一面記事なんてな」

「まあ、いいことじゃないですか。でも、どうして不死鳥?」

「初主演舞台、『不死鳥の舞姫』だとよ」

 そう言ってシルヴァは新聞記事の一部を指さす。そこには確かに『不死鳥の舞姫』という舞台の題名が記されている。

「ああ、なるほど……」

「興味あるのか? このダンサーに」

「いえ、そういうわけじゃ。ただ、今まで何もいわれなかったのに急に復帰だったから、どうしたのかなと思って」

 と、穏やかに微笑みながらジーンは答えた。シルヴァはそんなジーンの顔を、じっと見つめていた。

「……シルヴァさん? どうか、されたんですか?」

「あ?」

「いや、その……やけに、僕の顔を見つめているから」

「あー……。知り合いが、お前に似てる奴がいるって言うんだよ。俺はそう思わないけど」

 シルヴァのその言葉に、ジーンの表情が一瞬引きつった。しかし、気づかれないようにジーンは笑みを浮かべた。

「そうなんですか。もしかして、その知り合いってヒロキさんですか?」

「え?」

「ほら、ヒロキさんも昨日、同じように僕のこと見てましたから」

「ああ、まあ……そうなるな」

 そう言ったあと、シルヴァは店内を見る。そこには、ヒロキの姿はなかった。

「そういえば、今日はヒロキの奴、来てないのか」

「そうですね、まだ来られてないようですけど……。あ、コーヒー持ってきますね」

 シルヴァと同様に店内を見た後、ジーンは厨房へと向かった。

「コーヒー一つ、おねがいします」

 厨房に入ったジーンは、レイラに声をかけた。レイラは頷き、コーヒーを入れ始める。と、そのとき店長が慌てたような様子でジーンを呼んだ。

「ジーンくん、リュート学園から電話」

「え?」

 慌てた様子の店長から電話を受け取り、ジーンは電話の向こうの言葉を聞いた。瞬間、その目は大きく開かれた。

「アリアが、倒れた……?!」

 

***

 

 時刻は午前十一時。場所はとあるダンススタジオ。

「退院したばっかりとは思えないほど、キレのあるダンスね。リーザス」

「まあね。これ以上延期して、ファンを待たせるわけには行かないでしょう?」

 驚いたように言うダンサーの女性の言葉に、リーザスはにっと歯を見せて微笑んで答えた。

 リーザスはつい先ほど退院して、病院から直接ダンススタジオに向かった。そして、そのままダンスの練習を始めたのだ。ダンサーたちは足の心配をしたが、その心配はリーザスのダンスを見て消えた。

「やっと帰ってきた、って感じだな」

「エル!」

 ふっと微笑みながら言うエルを見て、リーザスの表情はぱっと明るくなった。エルのほうに駆け寄ったリーザスは、そのままエルを抱きしめた。

「これもみんな、あなたのおかげよ!」

「俺は何も……」

「あの時、言ってくれたでしょう? 『思いが強ければ、願いは必ず届く』って」

 エルは驚いたような顔をして、「覚えていたのか……?」と零した。そして、リーザスはエルの胸に顔をぎゅっと近づけた。

「あなたの言葉で私は救われたの。本当に、ありがとう」

 言い終えるとリーザスはぱっとエルから離れて、ダンサーたちの方へと向かった。

「じゃあ、もう一度通すわよ! 本番までに勘を取り戻さなくっちゃ!」

「これいじょう勘取り戻されたらこっちの身がもたないわよー」

「そうそうー」

 楽しそうに談笑しあうダンサーたちと、リーザス。その姿を見るエルも、ほっと安心したような表情を浮かべていた。

 

***

 

 時刻は午後十二時。場所はリュート学園の保健室。

「うぅっ……」

 アリアが目を覚ますと、そこにはジーンの顔があった。心配そうに眉をゆがめて、アリアを見つめている。

「大丈夫か、アリア」

「にい、さん?」

 ぼんやりとした瞳でアリアが答えたのをみて、ジーンは安堵したような息を吐いた。アリアはゆっくりと身体を起こす。

「どうして、ここに……?」

「学校で倒れたって連絡を受けたから。何かあったのかと思って……」

「そう、なの……」

 あのあと、自分は倒れてしまったのか。アリアがまだ意識がはっきりとしない頭で考えていると、身体が揺れて、何かにぶつかった。

「え……?」

「良かった、無事で……」

 ジーンはアリアの身体を抱きしめ、泣きそうな声で呟いた。抱き寄せる力は、少し痛みを感じるほど強かった。

「ちょっと、兄さん……痛い……」

「あっ?! ご、ごめん!」

 慌ててジーンがアリアの身体を放すと、アリアは苦笑いを浮かべた。

「もう、心配性なんだから」

「う、うん……」

「アリアさん、起きたみたいね」

 カーテンを開いて現れたのは、アリアの担任だった。

「はい。すみません、心配をかけてしまって……」

「それは、お兄さんに言ったほうがいいと思うけど」

「え?」

「すごく慌てた様子で、エプロンつけたまま学校に来られたのよ」

「せ、先生!」

 担任の言葉に、ジーンが顔を真っ赤にさせる。実際、今もジーンは喫茶店でつけているエプロンのままだった。

「ごめん、兄さん。心配かけちゃって」

「いや……アリアが大丈夫なら、それでいいんだ」

 ジーンは言いながら、アリアの頭をゆっくりとなでた。

 

 

 

 

 

 

 

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