同時刻。場所は警察署内の休憩室。

 ユメリアとナタリヤは向かい合って座っているが、二人の間には重苦しい沈黙が流れている。

「……説明、してくれないの」

 続いていた沈黙を打ち破ったのはユメリアだった。じっと睨むように見つめてくるユメリアに対して、ナタリヤは少し目を伏せている。

「ねえ、お姉ちゃん。どうして、最近私を避けるの?」

「避けているわけじゃないわ。ただ、……あなたを巻き込みたくないから」

「どうして!」

「今までとは状況が違うの。危険な状況になっているのよ」

「どういう危険ですか、それは?」

 ナタリヤとユメリアの耳に、第三者の声が届いた。二人が同時に声のしたほうを見ると、そこには、

「ジール……、さん」

 口元に優しげな笑みを浮かべている、ジールの姿があった。休憩室の入り口にいたジールは、一歩ずつ二人の座っている席に近づく。

「あなたは……」

 何者か、と思いながらジールを見つめていたユメリアだったが、その姿が記憶の中にあったことを思い出した。と、同時に目を大きく開いて、立ち上がっていた。

「あの時のっ、シルヴァを捕まえた!」

「ああ、そうでしたね。あの時、少しお会いしましたよね」

「ふざけないで! あなたがシルヴァを?!」

「ユメリア!」

 ナタリヤの制止も聞かず、ユメリアはジールの目の前に立った。

「あの時は、本当に申し訳ないことをしてしまったと思っています。僕はただ、彼のもとについていただけで、何も知らなかったのですが……」

「そんなことを言って、本当は何か知っているんじゃないんですか?!」

「ユメリア、いい加減に……」

「ふふっ」

 ナタリヤがユメリアの肩を掴んだと同時に、ジールが笑い声をあげた。場に似合わないその行為に、ユメリアだけではなくナタリヤも不審の目を向ける。

「ああ、失礼しました。いや、僕はどうやら姉妹そろって疑われているようだと思ったら、少し可笑しくて……」

「え?」

 姉妹そろって、という言葉にユメリアが驚いた声を上げてナタリヤのほうを見た。ナタリヤは先ほどまでユメリアに向けていたときよりも険しい視線で、ジールを見つめている。

「可笑しい、と言っていられる状況ですか?」

「いや、そう言う状況ではないとわかっているのですが、……姉妹、仲がよろしいみたいですね」

 ジールの声色が、まるで羨ましがるようなものになった。それに気づいたナタリヤの表情が、わずかに驚きで崩れる。

「どういう意味ですか、それは」

「僕はあまり仲が良くないから、本当に羨ましいだけですよ。ああ、そうだ。妹さんにはまだ自己紹介、していませんでしたね」

 そう言ってジールはユメリアのほうを見て小さく礼をした。

「ジール・ルーズレイト、ナイトメア対策本部で捜査の特別協力をしています」

「特別、協力?」

「ええ。そういった意味では、昔の貴女みたいなものですよ」

 顔を上げて言うジールの口元には、相変わらず穏やかな笑みが浮かんでいる。ユメリアは、その表情が少し不気味に思えた。それはまるで、笑みを徹底して自分を隠しているようにも見えたのだ。

「もしかして、また捜査協力をされたいのですか?」

「……はい」

 ユメリアはジールの問いに頷いた。

「私だって、できることがあるはずです。あの時、何もできなかったから……だから!」

 ユメリアの言うあの時――それは、シルヴァがナイトメアであるという証拠も何もない罪で捕まった時のことである。ナタリヤはそこで、ユメリアがどうして捜査協力を行いたいかをやっと理解した。

「何もできなかったから、って……。当たり前でしょう! あなたは一般人なんだから!」

「それでも、私はシルヴァの助手なの! 私だって、シルヴァやお姉ちゃんのために何かがしたいの!!」

「いい加減にっ」

「わかりました」

 ナタリヤの言葉をさえぎるように、ジールが言った。

「ユメリアさん、是非僕たちに協力してください」

「ジールさん、何を?!」

「以前の記録を見たところ、彼女の罠にナイトメアがかかったのでしょう? なら、彼女の罠が有効な可能性が高いです」

 そう言って、ジールはユメリアに顔を近づける。

「僕からのお願いです。貴女の力は、きっと僕の役に立つ」

「……こちらこそ、お願いします」

 ユメリアは眉間に皺を寄せて、ジールのサングラスの下にある瞳を見つめて言った。

 

***

 

 時刻は午後二時。場所は喫茶店。

「……ふぁ」

 いつもと同じ席について新聞を読んでいたシルヴァは、眠そうなあくびを出す。それから空を見上げると、灰色の雲が少し増えたように思えた。そろそろ雨が降るか、とシルヴァが思ったとき、誰かが合い席をしてきた。

「……ヒロキか」

「正解。ぜんぜんこっち向いてないのに、よくわかったねえ」

 席についたヒロキが少し驚いたような顔をして、シルヴァに向かって言った。シルヴァはそこでようやくヒロキの方を向く。

「ロジャーかカズヤだったらまず声をかけるからな。それ以外で俺と合い席したがる奴なんていねぇよ」

「随分もてないようだね」

「まあな」

 再びシルヴァは大きなあくびをしながら、テーブルの上に新聞を置いた。

「で、お前はどうしたんだ?」

「あんまり部屋に閉じこもっているとね、気持ちが落ち込んじゃうからね。ちょっと気分転換に」

「閉じこもる? 仕事か?」

「いや、趣味」

 にっこりと楽しそうな笑みを浮かべていうヒロキに、シルヴァは呆れのため息を吐き出した。

「趣味、ねえ。お前の趣味って、なんか悪趣味そうなイメージがあるんだけど」

「失礼だけど、あながち間違ってないね。でも、君も興味あると思うんだ。例えば、」

「いらっしゃいませ、ヒロキさん」

 ヒロキがこれから話を切り出そう、と人差し指を立ててシルヴァに顔を近づけようとしたそのとき、ジーンの声が間に入った。

「……じ、ジーンくん。ちょっとタイミングが悪かったかな……」

「え? もしかして、お邪魔でしたか?」

「その言い方は色々誤解を招くだろ、ジーン」

 少しずれたジーンの言い方に、シルヴァが引きつった表情を浮かべた。よくわかっていないジーンは少し首をかしげて「え?」と聞き返した。

「いや、その話はいいよ……。ええっと、ジーンくん。じゃあ、アイスミルクティーとパンケーキをお願いするよ」

「はい、かしこまりました。シルヴァさんは、何かいかがですか?」

「じゃあ俺もパンケーキ」

「かしこまりました」

 いつも通りの穏やかな笑みのまま、ジーンはその場を去った。そんなジーンを見て、ヒロキは苦笑いを浮かべる。

「ジーンくんって、ああするのわざとじゃないよね?」

「……は?」

 ヒロキの言葉に、シルヴァは何を言っている、と言いたげな声を上げた。

「なんともいえないタイミングで来たからね。ああ、それでさっきの話だけど」

 そう言って再び、ヒロキは人差し指を立ててシルヴァのほうを向く。

「ナイトメアの件、なんて興味ない?」

「何かあるのか、ナイトメアのことで」

 声を低くして、シルヴァはヒロキに訊き返した。その反応を待っていた、というような笑みを浮かべてヒロキは小さく囁く。

「何も見つからなかった」

「……はぁ?」

 がくっ、と肩を落としたシルヴァを見てヒロキは笑い声をあげた。

「いやあ、いいリアクションありがとう。君、いい芸人になれるよ」

「誰がなるか……!」

 握った拳がヒロキの顔面に行きそうなのをぎりぎりと抑えながら、シルヴァはヒロキを睨む。しかしヒロキのほうは相変わらず楽しそうな笑みを浮かべていて、シルヴァの苛立ちなど気にしていない様子である。

「そう、何の情報も手に入れることができなかった。君の知っている、銀髪の男についても」

 ヒロキの言葉に、シルヴァがはっと目を大きく開いた。

「銀髪の男、だと?」

「ナイトメア対策本部特別協力者、ジール・ルーズレイトのことだよ」

「どうしてお前が奴のことを……!」

「まあ、おれの手にかかれば何でもわかるのさ」

 にっと歯を見せて笑ったヒロキだったが、すぐにその表情を崩した。はあ、と大きく息を吐いてシルヴァを見る。

「と、言いたいところだけど、そうでもないわけで」

「何の情報も手に入れることができなかった、ってことか?」

 ヒロキは少し暗い表情をしてシルヴァの言葉に頷く。

「外見がわかって、名前がわかればそこから情報はいくらでも溢れ出る。だけど、あのジールという男に関しては、おれは何もわからなかった」

「外見? お前、あいつに会ったのか?」

「会った、というか見かけただけ。警察署に行ったらいくらでも見れるだろう?」

「そうだろうけど……だからって、名前までよくわかったな」

「それはまたいろいろと、ね」

 暗い表情が一変して、また楽しそうな笑みになるヒロキを、シルヴァは呆れたように見た。よく顔色が変わる奴だ、という思いをこめて大きくため息を吐いた。それとタイミング同じくしてジーンが注文の品を持ってきた。

「お待たせしました。アイスティーのミルクと、パンケーキ二つです」

「ああ」

「ありがとう、ジーンくん。ところで……」

 そう言ってヒロキはじっとジーンの顔を見つめる。突然見つめられて驚いたジーンはぱちぱちと瞬きをして、ヒロキを見つめ返している。

「えっと、どうしたんですか?」

「いや、なんでもないよ。ありがとう」

 ヒロキはすぐに視線をそらして、パンケーキを食べ始めた。何が起こったかわからないジーンは少し首を傾げたが、すぐに微笑んで「それじゃあ、失礼します」と言ってその場から去った。ジーン同様に、ヒロキの行動の意図が読み取れなかったシルヴァも、怪訝な顔をヒロキに向ける。

「今のは、何だ?」

「いや、少し気になったんだ。ジーンくんが、似ているような気がして」

「似てる?」

「ジール・ルーズレイトとジーンくん、何だか似ている気はしないかい?」

 獲物を見つけた獣、その表現が良く似合うような瞳で笑みを浮かべるヒロキに、シルヴァの背中は一瞬冷たく冷えた。

「……そんなわけ、ないだろ」

「そうかな。ああ、それで一つシルヴァくんに訊きたいことがあったんだ」

「あぁ? 何だよ」

 少し苛立ったような口調でシルヴァが答えると、ヒロキはにやりとした笑みでシルヴァに尋ねた。

「何故君は、いや……『ゴールド・アイズ』は、あの事件を調べなおそうとしたんだい?」

 シルヴァの眉間に、深い皺が寄る。それに気づいていながらも、ヒロキは言葉を続けた。

「あの『ロストロスの悲劇』、を」

 

 

 

 

 

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