時刻は午後十一時。場所は病院の一室。
暗闇の中、病室には外の雨の音が響いている。
「……」
雨の音がやけに耳について眠れないリーザスはぼんやりと目を開いて、自分のすぐそばに置いていたアンクレットを見た。
「誰かしら、こんなものを贈るなんて……」
そっとアンクレットの宝石に触れると、オレンジの淡い光が灯ったようだった。そのとき、リーザスの耳に誰かの声が聞こえた。
――思いが強ければ、願いは必ず届く
「……エル」
その名を呟いたリーザスはゆっくりと目を閉じた。ざあざあと雨の音が響く中、リーザスはあの日のことを思い出していた。
「私、怖くなんかないの……。なのに、どうして……?」
リーザスの目じりから、すっと涙が落ちた。怖くない、と呟く声は小さく震えている。
「私の願いは、届くの? エル……」
そしてリーザスの意識は眠りの中に溶けた。それと同時に、オレンジの光が強く、リーザスを包んだ。
***
翌日。時刻は午前十時。場所は警察署の受付前。
受付前に用意されているベンチに座っていたユメリアは、視線を自分のつま先を見つめている。
「ユメリアさん?」
名を呼ばれたユメリアははっと顔を上げて名を呼んだ人物を見た。そこには、不思議そうな顔を浮かべているカズヤの姿があった。
「カズヤ、さん……」
「どうしたんですか、こんなところで?」
「いえ、その……お姉ちゃんに、会いたくて」
「ナタリヤさんに?」
ぱちぱちと瞬きをしながら繰り返すカズヤに、ユメリアは小さく頷いた。
「最近、お姉ちゃんに会えてないんです。多分、仕事で忙しいから……。今も、呼び出してもらっているんですけど……」
ユメリアの言葉に、カズヤの表情が少し曇る。ナイトメア関連の事件は解決する様子が一向になく、対策を練り、過去の事件からナイトメアに関する手がかりを見つけるしかできない状態である。
「そう、ですね……、ちょっと待っていてください。僕が、ナタリヤさんを呼んできますから」
にこりと微笑んだカズヤを見て、ユメリアが少し驚いたような表情を浮かべる。
「本当ですか?」
「はい! それじゃあ、待っていてください」
カズヤの言葉に頷いて、ユメリアは去ってゆくカズヤの背中を見つめた。それからカズヤはナイトメア関連事件対策本部の部屋に入る。部屋に入ってすぐ、ナタリヤの姿を見つけたカズヤは声をかけた。
「ナタリヤさん、ユメリアさんが」
「知ってるわ」
視線をカズヤに、ではなくパソコンに向けたまま、ナタリヤは答えた。それを見て、カズヤは「え?」と声を上げた。
「ユメリアが来てるって言うんでしょ。さっき、受付から電話がきたわ」
「なら、どうして……」
「あの子の考えることなんてわかるわ。ナイトメアの捜査に、自分も協力したい、って言うんでしょう」
タイピングをしていた手を止めて、ナタリヤはカズヤのほうを見る。それは、少しだけ悲しげな顔に見えた。
「今までの捜査は見逃してあげることができたわ。先輩も、私の妹ってことで見逃してくれていた。でも」
言葉を切って、ナタリヤは自分の向かい側のデスクを見た。そこの席に座っている人物のことを思い出し、カズヤはナタリヤの言いたいことを先に口に出す。
「ジールさんの、ことですか」
「……ええ」
ナイトメア対策本部に現れた、協力者。何を思って行動しているのか、ナイトメアの何を知っているのか、全く読み取れないその人物に対して、ナタリヤは特に疑惑の視線を向けていた。
「あの人が何を考えているのかわからないの。それが、一体何を抱いているか、私にはわからない」
「だから、ユメリアさんを巻き込みたくないんですね……」
頷くナタリヤの姿に、カズヤはユメリアの姿を重ねていた。互いに心配しあう姿を見て、カズヤは小さく微笑んだ。
「でも、やっぱりそのことをナタリヤさんが説明しないといけませんよ。ユメリアさんのことを心配していること、ちゃんと伝えないと――」
それをいう権利は、僕にはないのだけれど。
「……カズヤ?」
黙ったカズヤを見て、ナタリヤが声をかける。深刻な顔をしていたカズヤははっと驚いたような表情を浮かべた後、すぐにいつも通りに微笑んだ。
「ともかく、ユメリアさんは待ってますよ。行ってあげてください」
「ええ、そうね。ありがとう、カズヤ」
ナタリヤも小さな笑みを浮かべて、部屋を出た。誰もいなくなった部屋で、カズヤは小さく息を吐いた。
「僕がいえることじゃないだろ、伝えるなんて……」
そして、受付前にナタリヤがやってくると、ユメリアがナタリヤの姿を見つけていた。
「お姉ちゃん」
「……ユメリア」
ナタリヤが駆け寄ると、ユメリアも立ち上がってナタリヤのほうに向かった。
「ごめんなさい、少し仕事を片づけるのに手間取っちゃって」
「ううん、いいの。……お姉ちゃん、少し話がしたいんだけど」
「そう……。なら、場所を変えましょう。空いている部屋があると思うから」
ナタリヤの提案に、ユメリアは頷いた。
***
時刻は午前十一時。場所は病院の受付。
「あの、すみません。面会に来たんですけど……」
受付にやってきたその男を見て、受付の看護師はにこりと微笑んだ。
「おはようございます、エルフォードさん。リーザスさんですね」
「はい」
「今、リハビリ室にいらっしゃいますよ。どうぞ、ご案内します」
「……リハビリ?」
不思議そうな声を上げる男に対し、看護師は頷いた。リハビリ室に向かう廊下を歩きながら、看護師は男に説明をしていた。
「リーザスさん、今日はとても調子がよくて。足の動きも随分よくなったんですよ」
「そうなんですか。それで、いつ頃復帰できそうですか?」
「そこまでは私も把握していなくて……。ああ、でも、リハビリ室に担当医師がいるはずですから、そこで確認してみてください」
そしてリハビリ室にたどり着いた男は、はっと目を大きく開いた。
「エル!」
声が届いたと同時に、男は正面から何かがぶつかるような衝撃を受けた。突然のことにバランスを崩しかけた彼だったが、ぶつかってきた相手を見て驚いたような声を上げた。
「リーザス!」
「来てくれたのね、嬉しいわ!」
ぱあっと明るい笑顔を浮かべて、自分の顔を見上げるリーザスの姿を見て、男はようやく笑みを浮かべた。
男の名は、エルフォード・グロース。リーザスとは古くからの仲で、同じダンスサークルに所属している。リーザスとエルの二人は、そのダンスサークルではトップにいるダンサーだった。
「リーザス、足の調子はどうだ?」
「ばっちり! 今日はとっても調子が良くってね、もう踊れそうな気がするわ!」
楽しそうに言うリーザスを見て、エルも「そうか」と微笑みながらリーザスの頭をなでた。
「それじゃあ、少し待ってて。早く足を治して、一緒に踊らないといけないでしょ?」
リーザスはエルから離れて、リハビリへと戻った。そんな様子を見ていたエルのそばに、リーザスの担当医師が寄った。
「先生、リーザスはもう退院できそうですか?」
「ええ、明日にもできそうですね」
医師の言葉に、エルは少し驚いた。こんなにもあっさりと退院ができるものなのか、と思っていると、医師が補足説明をするように言葉を続けた。
「リーザスさんのけがは元々、すぐに治るものでした」
「え?」
「けれど、けがを負ったときの精神的なショックから歩行ができなくなっていたんです」
精神的なショック、という言葉を聞いてエルはリーザスがけがをした状況を思い出した。
「リーザスは、またステージで踊れますか……?」
「そこまでは保障できません。ですが、今の彼女の表情を見ると、私はまた踊れるような気がしますよ」
視線の先にいるリーザスの表情は、入院中に一度も見せたことがないような明るく生き生きとしたものだった。それは、エルが知っているステージ上のリーザスが見せるものと同じもの。
「俺も、そう思います」