リーザスの舞いは、終わらない。
ナイトメアは踊りの中に入る蹴りや殴りを避けるだけで、攻撃を仕掛ける様子はない。最初は避けるので精一杯だろうと思っていたリーザスだったが、ナイトメアの表情に余裕が見えた。ぎこちなかったナイトメアの動きが、少しずつリーザスと同じようにステップを踏むような、踊りを踊っているようなものとなってゆく。
「くそっ!!」
しゅっ、と風を切る音を立てながらリーザスは回し蹴りをする。しかし、その蹴りはナイトメアのわき腹に当たることなく、空を切るだけだった。リーザスは奥歯を食いしばりながら、再びステップを踏む。
「……くっ」
焦りからか、音楽と自分のステップが合わない。それに苛立ちながらも、リーザスはナイトメアに向かって蹴りを入れる。ナイトメアは音楽に合わせ、蹴りを避け、そしてリーザスから距離を置く。軽やかに逃げるナイトメアに、リーザスの苛立ちはさらに蓄積されていった。
「……リーザス。それが、お前の踊りなのか?」
ナイトメアの突然の問いに、リーザスの動きが止まる。それに合わせて、ナイトメアも動きを止めた。
「私が踊っているのよ? これが私の踊りじゃなければ、何だって言うの?」
「違うな」
リーザスの答えをナイトメアははっきりと否定した。リーザスは大きく目を開き、びくりと肩を震わせたが、すぐに笑みを浮かべて表情を元に戻す。
「違う? あなた、私の何を知っていてそんなことを言えるのかしら?」
「お前のことは知らない。だが、お前の踊りを見ていてわかることはある」
「わかること?」
「お前は、ステージにいることを恐れているということだ」
ナイトメアは真っ直ぐにリーザスを指さして答えた。
「今、ここに立っているお前はリーザス・ナーティロット自身ではない。今のお前は、操り人形みたいなものだ」
「ふざけないでちょうだい。私は、ステージを恐れたことなんてないわ」
リーザスの声には、怒りが含まれていた。先ほどから積もっていた苛立ちが、言葉の中に吐き出されてゆく。
「操り人形、ですって? 何処をどう見れば、そう思われるか、全く理解できないわ。ここで舞うのは、私自身の意思よ。誰かに操られてなんて、いるはずない」
「なら、何故、今ステージに立っている?」
「何度も言わせないでちょうだい。これは私の」
「お前の意思は、そこにあるのか?」
ナイトメアは指をさしたまま、リーザスに問う。ナイトメアの指先は、リーザスの胸の中心を示していた。
「……どういう、意味よ」
「お前の踊りには焦りが見える。俺を倒せない焦りだけじゃない、心の奥からある焦りだ」
「……っ!!」
リーザスは笑みを完全に消し、ナイトメアに向かって走り出す。再び蹴りを入れるが、ナイトメアはそれを見切っているように軽々と避ける。リーザスの舞いは、音楽と全く合っておらず、美しい舞姫のものとは言えないようなもの。焦りと怒りしかないその動きは単調で、ナイトメアにとって避けるのは容易いことだった。
「ふざけるな! ふざけるな、ふざけるな!!」
リーザスは叫び、ナイトメアに必死に殴りかかるが、やはり当たりはしない。そしてとうとう、リーザスの拳はナイトメアに掴まれてしまった。
「何っ?!」
「自分の感情から逃げるな。お前の恐れは、間違ったものではない」
ナイトメアの黄金の瞳が、光を灯し始める。
「焦る気持ちも間違いじゃない、逃げたくなる感情も生じてしまう。だが、それを自分自身が否定してしまったら、自分の全てを否定してしまう」
「自分の全て……」
「ずっと踊れなかったこと、前に進めなかったことが苦しかったんだろう。それと同じくらい、ステージに立つことが、怖かったんじゃないのか?」
先ほどまでの強い口調ではなく、どこか悲しみを帯びたような柔らかなナイトメアの口調に、リーザスの拳の力が弱まる。
「怖かった……そうよ。私は、置いていかれることが、怖かったのよ……」
リーザスの手が、震え始めた。
「ステージに戻るチャンスなんて、いくらでもあったわ。でも、ステージに近づけば近づくほど、足が震えるの……」
ある舞台のとき、舞台装置が落下するという事故が起きた。ステージの中央で踊っていたリーザスは足を負傷してしまい、入院することとなった。負傷自体は大きなものではなく、入院の経過で順調に回復していった。
入院中のある日、リーザスは外出の許可を得て、事故が起きたステージへと向かった。また行われる舞台もそこで行われるため、下見のつもりで行っていた。
しかし、客席から一歩ずつステージに歩むに連れて、足が動かなくなる。そこには誰もいないはずなのに、ステージの中央で動けなくなっている自分の姿が、見えたのだ。
「どうして……!」
震える足を叩いても、動かない。そのままリーザスは、地面にしゃがみこんでしまった。震えは足から、全身に回り、まるで凍えてしまったかのようにリーザスは自分の身体を自分で強く抱いた。
「リーザス!!」
リーザスの異変に気付いたエルがリーザスの元に駆け寄り、肩を掴んだ。異常に震えているリーザスに、エルは驚きの表情を浮かべる。
「おい、リーザス?! どうしたんだ?!」
「え、エル……! 私……、足が……!」
足が、動かない。それは、けがが原因のものでないことくらい、リーザス自身が一番わかっていたことだった。
それから再び入院し、舞台に立つ機会を失った。入院中もニュースなどでリーザスのダンススタジオのメンバーが舞台を行っていることを知り、その映像を時々見かけた。ステージの中央で楽しそうに舞う恋人の姿を、リーザスはただ見るしか出来なかった。
「怖いの……、エル……」
まだリーザスもエルも駆け出しのダンサーだった頃、いつかステージの中央で踊りたいと言っていたリーザスに、エルが優しくかけた言葉。
「思いが強ければ、願いは必ず届く。大丈夫だ、お前も俺も、きっとステージの真ん中で踊れるさ」
笑いかけてくれた彼は、今は自分を置いてステージの中央で踊っている。リーザスの中に焦りと恐怖が、じわじわと生じてゆく。それと同じように、ステージへの恐怖は増大していった。
「怖いのよ!! ステージに立つことも、エルに置いていかれることも!!」
リーザスはナイトメアに向かい、叫ぶ。
「焦れば焦るほど、足は動かないの! どんどん私は遅れてしまう!! 私は、どうすればよかったのよ?!」
「それが、お前の気持ちなんだろう」
ナイトメアはリーザスの頬にそっと触れた。リーザスははっと目を開いたが、すぐに表情を緩めて、目に涙を溜めた。
「そう、そうよ……。私は、ひとりで怯えてるだけなの……。怖くて、怖くてしょうがない」
「その気持ちを、否定するな。自分を、否定するな。その恐れを受け入れ、乗り越えれば、お前はお前の舞いができるようになる」
「私の……舞い?」
「そんなものに操られることの無い、お前自身の舞いだ。リーザス・ナーティロット」
ナイトメアが言うと、リーザスのアンクレットが一瞬強い光を灯したが、すぐに消えた。それと同時に、リーザスは目を閉じてそのままナイトメアに向かって倒れた。
「……お前の偽りの舞い、盗ませてもらう」