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「……あなたが、怪盗ナイトメアね」

 客席に誰もいなくなって、ステージに立っていたリーザスはやっと口を開いた。ステージの前に立っているナイトメアは、その問いに答えずリーザスを見上げていた。

「私の何を盗みに来たって言うのかしら」

「お前の、その偽りの踊りを盗みに来た」

「偽り?」

 ナイトメアの発言に、リーザスはくすくすとバカにしたように笑う。しかしナイトメアは表情を一切変えなかった。無表情のまま、ゆっくりとステージに上がり、リーザスの前に立つ。

「……人の舞台を邪魔した上に、主役の前に立つとは、愚かなお客様ね。人の踊りを偽り、というのなら見ていったらどうかしら?」

 リーザスはうっすらとした笑みを浮かべて、右手を上げた。そして指を鳴らすと、先ほどまで流れていた音楽の続きが流れ始める。リーザスはその笑みのままで先ほどの続きを踊り始めた。ナイトメアは何も言わずに見ているだけだったが、リーザスから発せられる異様な空気に表情を歪めた。

「さあ、あなたも踊りなさい」

 その時、リーザスは足を大きく上げて、ナイトメアに向かって回り蹴りをした。寸前のところで身を翻して避けたナイトメアは、何とかステージ上にいることができた。

「あなた、ステージに邪魔なのよ。私の舞台の邪魔をするって言うなら、消えて」

 ステップを踏みながら、リーザスはナイトメアに向かった。くるくると回りながら、リズムに乗って蹴りや殴りをナイトメアに向ける。ナイトメアは一歩ずつ、ぎこちなく下がってそれを避ける。

「くっ……?!」

「あら、怪盗は踊りが下手なのかしら。そんな人、なおさらステージには必要ないわね!!」

 そう叫ぶと、リーザスはアンクレットのついた足を振り上げてナイトメアの胸を蹴り上げた。だんっ、と響く音に、リーザスはにやりとした笑みを浮かべた。が、

「これがお前の踊りか。だとしたら、お前は大した舞姫でも無いようだな」

「……何ですって?」

 ナイトメアは胸の前で腕を組み、何とか胸に蹴りが直撃するのを避けていた。ナイトメアの強気な発言に、リーザスの笑みは消え、眉が不快そうに歪められた。

 

 混雑するホールの通路を、シルヴァたちは客の波に従うように進んでいた。

「全く、ナイトメアが来たって言うのに結局これだよ」

 はあ、と呆れたようにヒロキは大きなため息を吐き出す。人ごみの中を歩いているというのに前を見ずにずっと携帯電話を操作している。器用なものだ、と思いながらシルヴァはヒロキの後ろを歩いていた。その間も、レイラはしっかりとシルヴァの腕を掴んだままだった。

「レイラ、そんなに強く掴まなくても大丈夫だ」

「……わかった」

 シルヴァの言葉を受けて、レイラは小さく頷いて手に加えていた力を弱めた。答えたレイラの声に、何か寂しさが混じっているように感じたのは、シルヴァがナイトメアを捕まえられなくて焦っているためなのだろうか。

「あーあ、ナイトメアを生で見れるかと思ったんだけどなあ」

 つまらなさそうにヒロキは呟いたあと、携帯電話を閉じて胸ポケットに入れる。人ごみを歩いている中でずれてしまった眼鏡の位置を、いつもと同じように中指でくい、と押したあと、シルヴァの方を見た。

「シルヴァくん。あの中には間違いなく、ナイトメアがいたのかい?」

「あ? ああ、そうだが」

「うーん、やっぱり写真ぐらいは撮ったほうがよかったかな。でも、彼は普通に写真撮影はされているんだよなあ……あーあ、いい情報入らないかなあ」

「お前、こんな中でもよくそんな話ができるな……」

 そういえばこいつは情報屋だったか、と改めて思いながらシルヴァは大きなため息を吐き出す。

 そろそろ出口にたどり着こうとしたとき、レイラの足が止まった。その目は、大きく開かれている。

「レイラ?」

 シルヴァが振り向き、レイラに尋ねたその時、レイラの手がシルヴァの腕から離れた。

「レイラ!」

 そのまま、レイラは人の合間を上手く抜けてどこかへ走り出す。追いかけようと逆走するシルヴァだったが、ヒロキが腕を掴んできたことによって阻止された。

「離せ、ヒロキ!!」

「シルヴァくん?! どうしたんだい、急に!」

「レイラ! レイラ!!」

 ひどく焦っているのはナイトメアを捕まえられなかったせい、ではない。

「行くな、レイラ!!」

「落ちつくんだ、シルヴァくん!!」

 シルヴァはそのまま、ヒロキに引っ張られて会場の外に出た。外では、ナイトメアを映そうとする報道陣や館内に入ろうとするやじ馬、それらを抑える警官たちの姿があった。館内に戻ろうとしたシルヴァも、警官に抑えられた。

「どけ!! まだ中に、レイラが!!」

「落ちついてください! 今、館内に警備隊も入りました! ですから、中に残っている方も確実に保護しますから!」

「シルヴァくん。君は、今はただの一般人だよ」

 警官に突っかかったシルヴァの耳元で、ヒロキが静かに言った。その言葉を聞いたシルヴァは頭にともっていた熱が、一気に冷めたのを感じた。それからゆっくりと、警官のそばから離れて、ヒロキと共にやじ馬の間を抜ける。

「……悪い。頭に血が上ってた」

「わかってる。それほど、彼女は君にとって大切な人なんだね」

 冷静になったシルヴァを見て、ヒロキはようやく落ちついたようにふっと微笑んだ。

「しかし、ナイトメアが女の子に手を出すとは思わないよ。警備隊も入ったって言うから、大丈夫だろう?」

「……違う」

 シルヴァの脳裏にはナイトメアではなく、レイラと同じ銀髪で黄金の右目を持つ、ジールの姿が映し出されていた。

 

「ナイトメア!!」

 外の警備を抜け、テールはホールの屋上にたどり着いていた。館内は混乱していて騒々しいものだったが、屋上は夜の風の音だけが響いていた。

「……いない?」

 ナイトメアの気配を感じてそこに走ってきたテールだったが、屋上を見渡して人影がないことに気付いた。しかし、確かにそこにはナイトメア――兄の気配を感じていた。

「やっと、来てくれたね」

 その時、テールの背後から男の声が聞こえていた。テールは素早く振り向き、杖を声のほうに向けた。

「……また、あなたね」

 そこに立っていたのは夜空の下というのにサングラスをかけた銀髪の男――ジール。テールに杖を向けられているというのに、にこりと微笑んでいる。

「あなた、なんて。そんな他人のように振舞わなくてもいいだろう?」

「なんですって? 前にあったことがあるから、ってことかしら」

「それも、あるけれどね」

「……あなたは、何者なの。ナイトメアと同じ、黄金の瞳を持っているなんて……」

 テールの問いに、微笑みが消える。ジールはゆっくりとサングラスを外し、地面に落とした。開かれた右目は、黄金に輝いている。

「やはり君は、忘れているね。――アリア」

「なっ……?!」

 テールははっと大きく目を開き叫びそうになったが、口を両手で塞いでそれを抑えた。しかし、声の震えは、止まらない。

「ど……、どういう、こと……なの」

「何も驚くことはない。君は忘れてしまっただけ……いや、忘れされられただけだ」

「ふざけないで!! 私の問いに答えなさいよ?! あなたは、一体何者なの!!」

 ジールはテールの叫びを受けて、口元の笑みは絶やさぬままに、ゆっくりと目を閉じた。

「アリア……思い出してごらん。君の、本当の名前を」

「何を言って……」

「アリア・ロストロス」

 その名前は、自分と自分の兄しか知り得ない、本当の名前。それを言い当てられたテール――アリアは瞳を震わせて、目の前の人物を見ていた。

「あなた……は」

「僕の名前は、ジール。ジール・ロストロス」

 そこで、ジールの口元から笑みが、消えた。

 

 

 

 

 

 

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