注文の品を届けたレイラは、舞台裏をすたすたと歩いていた。

「今日は、レイラくんが配達に行ってくれないかな?」

 突然、店長にそんなことを言い出したことにレイラは内心驚いていた。普段、配達を行うのはジーンのはずなのに、と思って店長を見返すと、店長は苦い笑みを浮かべた。

「……ジーンくん、どうやらあそこで何かあったらしい」

「何か?」

「気分転換に、って思って練習の日に配達に行ってもらったんだけどね、帰ってきてから少し落ち込んでいるっていうか、元気がなかったって言うか。多分、関係者か何かに文句を言われたのかもしれないね。あれだけの警戒態勢の中だったから」

 店長の言葉に、レイラは前日のジーンの様子を思い出す。配達前からアリアのことがあったせいかあまり元気がないように見えた。それ以降の様子はあまり見かけなかった。元々、接客はジーン、厨房はレイラという担当だったため、あまり関わりはない。だから、ジーンのことについてはあまり知ることができなかった。

「一応現地で中身の点検をしてもらって、それからリーザスさんにこれを渡してくれればそれでいいよ。厨房は私がしておくから」

「……わかりました」

 そしてレイラは注文の品をリーザスに届けた。

 リーザスの楽屋には舞台前だというのに誰もおらず、がらんとしていた。リーザス本人は瞳に光を灯さず、感情を全く映し出していない表情を見せた。彼女が、本当にステージで踊れるのだろうか、とレイラは疑問に思った。が、すぐに原因は理解できた。

「……また、か」

 薄暗い舞台裏の廊下を歩きながらレイラは小さく呟く。

 リーザスの足元に見えた橙の輝きは、かつて彼女が見たことのあるものだった。レイラの記憶の中にある、輝き。

 

「これは、懐かしい姿だね」

 

 レイラは歩みを止める。

 ゆっくりと、レイラは振り向く。無表情の中にある瞳は、ぐらぐらと揺れていた。

「……どうして」

 そこに立っているのは、銀の髪を持つサングラスをかけた男――ジール・ルーズレイト。

「どうして、あなたが、ここに」

「どうして? そんなことは、訊かなくても理解できているはずじゃないのかな」

 ジールはこつ、こつ、と足音を立ててレイラに近づく。

「むしろ、僕が訊きたい側だよ。何故、君が、ここにいるのか」

「私、は」

「あの時、君は姿を消したからね。てっきり、君は」

 目元は相変わらず見えない。ジールは、口元だけをはっきりと歪ませた。

「やめて」

 ジールが全てを言い終える前に、レイラは拒絶の言葉を発した。ジールと視線を合わせないように俯くと、さらさらと銀色の髪が揺れる。それを見て、ジールは静かにサングラスを外した。

「君がどのような生活をしているか、興味はあるけれど、今は気にしないでおこう」

 けれど、と続けてジールはレイラに向かって歩む。そして、目の前に立ってレイラの手を優しく掴んだ。

「僕のところに来るのなら、いつでもおいで」

「……何を」

「君を、愛せるのは僕だけだよ」

 そう言って、ジールはレイラの手を口元に持ち上げ、そっと口付けた。レイラははっと目を開き、手を素早く振り払った。その反応を見ても、ジールは動じた様子はなく、目を細めて笑った。

「今夜、ナイトメアが確実に現れる。それからどうするかは……君次第だよ」

「私は、……」

 続きの言葉を言わぬまま、レイラはジールに背を向けてその場を去った。ジールはその背中を、ふっと微笑んで見つめていた。

 

 ナイトメアの予告の時間まで、あと、九時間。

 

***

 

 時刻は午後一時。場所はヒロキの泊まるホテルの一室。

「ジール・ルーズレイト……」

 ヒロキは頬杖をつきながら、ノートパソコンのキーボードを乱暴に叩く。画面にはどこで撮影されたかは不明なジールの写真画像が映されていた。特徴的なのは銀髪と、室内でも外さないサングラス。

「銀髪、って珍しいよな。染めてあんな綺麗な色は出ないだろうし」

 たん、たん、たん、とキーボードを叩いても出てくるのは似たような写真。文献に関しては、何も見当たらないらしく、文字列は比較的少ない。

「ジール、ジール……、ジーン」

 言葉遊びだ、と思いながらもう一人の人物の名を呟く。それからキーボードをかたかた、と操作して別の写真を表示させる。

 またどこで撮影されたかわからないようなジーンの写真が何枚も表示される。ヒロキは画面を操作して、ジーンの写真をジールのものと横に並べた。

「……やっぱり、似てると思うんだよなあ。全然違うのはわかるんだけど」

 銀髪にサングラス、口元には常に笑みを浮かべているジール・ルーズレイト。

 茶髪に黒い瞳、眼鏡をかけて穏やかな表情を浮かべているジーン・ローレイズ。

「それと」

 もう一枚、ヒロキは別の写真を表示させる。

 黒髪に顔の右半分を隠すような大きな眼帯、見える左目は金色の怪盗ナイトメア。

 それぞれ三人は全く異なる容姿をしている。顔つきも、目の形も、何も似ていない。それなのに、ヒロキの中の何かは『似ている』と認識しているのだ。

「勘ってヤツ? そう言うのは、刑事とかが専門でしょ」

 情報屋の勘って何だよ、と自嘲しながらかたかたとキーボードを打つ。画面からジーンとジールの写真が消えて、ナイトメアの写真だけが残った。そして、その横に施設の設計図か地図と思われるような図面が現れた。

「さて。今日はどうやって登場するかな、イノライズのお騒がせ怪盗は?」

 にやり、と笑いながらヒロキは図面を見ながら、他の情報収集を始めるのだった。

 ナイトメアの予告の時間まで、あと、八時間。

 

 

 

 

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