時刻は午後七時。場所はシルヴァの探偵事務所。
「なんだよ、その顔。似合ってねぇな」
「五月蝿い、そんなの一番俺がわかってる」
眉間に皺を寄せて深刻な顔をして、接客用のソファに座っているロジャーをみながらシルヴァは呆れたような顔をしていた。
「シルヴァ。お前は、ジールをどう思う?」
「は?」
ロジャーの唐突な問いに、シルヴァは驚きの声を上げた。そんなシルヴァを無視して、ロジャーは言葉を続けていた。
「俺はあいつを信用できない。いや、むしろあいつは俺たちを信用しているようには思えない」
「お互い様じゃねぇか」
「ああ、そうだ。だが、それ以上に……気味が悪い。あいつは、人を人として見ていないように見える」
「……人を、人として……」
自分で言ってみて、その言葉がどんな意味を持っているか理解したシルヴァは、自分の顔から血の気が引いたように感じた。冗談でロジャーが言っているようにも見えず、シルヴァはただロジャーの言葉の続きを待つだけだった。
「気味が悪いよな。何をしようとしているかわからねぇし、多分、わかってもらうつもりもないんだろう。止めるべきことかどうかすら、俺には判断できねぇ」
ロジャーは大きく息を吐き出し、天井を見上げた。どこかやつれたようにも見えるロジャーを一瞬だけ見て、視線をそらした。
「……それを、俺に言ってどうするつもりだ?」
ジールが何を考え、何をしようとしているのかわからないのはシルヴァも同じである。探偵、などと言っても、人の心理まで探ることまでできないシルヴァは、ロジャーが求めているものも何かわからなかった。
「別にテメェに何か望んじゃいねぇよ。ただ、最近気を張りすぎてな、疲れたんだよ」
「ここは愚痴の吐き捨て場じゃねぇ」
一瞬だけ心配した自分がバカだった、というようにシルヴァがロジャーに言うと、ロジャーはふっと笑った。
「こういうやりとりがさ」
「あ?」
「お前とこういうやりとりするの、好きだぜ。誰かの上司でもなく、刑事でもなく、ただの男として友人と話せる」
「……友人」
「さて、俺は帰るとするかな。また、あの踊り子の警備関係の話もあるだろうからな」
ロジャーは立ち上がって一つ伸びをした後、玄関に向かって歩き始めた。その背中を、シルヴァは追うこともなく見つめていた。
「俺も、嫌いじゃない」
ぽつり、と零された小さな声をロジャーは聞き逃さなかった。ちらり、と視線を後ろに向けると、シルヴァは何事もなかったかの用に本を読んでいた。それを見て、ロジャーはまた笑う。
「素直じゃねぇな、お前も」
そして、ロジャーは探偵事務所を出た。
***
時刻は午後十時。場所はジーンとアリアのアパート。
帰ってきてからというもの、ジーンもアリアも会話をしていない状態が続いていた。アリアは夕食もとらず、自室に引きこもって、窓の外を見つめているだけだった。
「……わかんないよ、兄さん」
大きく息を吐き出して、アリアは顔を俯ける。
――不死鳥が、舞い戻るでしょう
あの時夢で聞いた声。今まで夢の中で、あのときに聞こえたものと違う声が聞こえることは無かった。
「……あの声は、誰なの……?」
あの時の声と、前の事件で見た金色の瞳を持つ男。確信も無いのに、何故かアリアはその人物が同じであると感じていた。それは、兄以外に金色の瞳を見たせいなのだろうか。
「……あの男は」
それ以上考えても、頭が回らない。アリアは小さく息を吐き出し、ベッドの枕もとに置いていた携帯電話を手にした。何気なく、いつも見ているものと同じニュースサイトを開いた。
「……え?!」
一面記事に、『ナイトメアからの予告状』という文字が表示されている。はっとアリアは目を開き、部屋から飛び出した。
「兄さん、どういうことなの?!」
リビングに向かうと、ソファに座るジーンの姿があった。ジーンの見ているテレビには、ナイトメアの予告状についての速報が映し出されている。
「……アリア」
「どうして、勝手にそんなことするの?! そんなに私が邪魔?!」
「……」
ジーンは答えない。画面を見つめたままで、アリアのほうを見ようともしない。
「ねえ、兄さん!!」
画面に映し出されているのは、リーザス。記者たちから多くのマイクを向けられているのにも関わらず、動揺した様子を一切見せていない。それどころか、生気が失われているようにも見えた。
[リーザスさん、今回の件で舞台はどうされますか?]
[……明日]
ぽつり、とリーザスは零すように言う。
[ナイトメアの予告通り、明日の、九時。舞台を、始めるわ]
一瞬、画面の向こう側に沈黙が走る。映し出されているのは、やつれたリーザスの笑み。
「……明日、九時?」
アリアは、確認するように言葉を繰り返した。その言葉に、ジーンは反応しなかった。
「何で、そんな、急に……ねえ、兄さん。そんなに、私は……足手まとい、なの」
自分が兄とともに奇術師として夜の街を駆ける理由。
あの時自分を守ってくれた兄を、今度は自分が守るため。一緒に、戦うため。
「答えてよ、兄さん……」
「頼む、アリア」
ようやく口を開いたジーンの声は、震えを抑えるような苦しげなものだった。
「お前は、来ないでくれ」
切実な、兄の頼み。
ジーンはゆっくりと立ち上がり、アリアを抱きしめる。アリアの肩を掴むジーンの手に、力が加わる。痛いほど強い。
「俺は、お前を守りたいんだ」
その言葉も、痛いほどアリアの耳に響く。アリアはそっと、ジーンの手に自分の手を重ねた。
ジーンの手は、ひどく、震えていた。