時刻は午後四時半。場所は中央公園の広場。

「はいはい、下がって下がってー」

「押さないでくださーい」

 不死鳥が舞い戻る、と話題になっていたリーザス・ナーティロットの復帰第一弾、ということもあって関心を示す人は多い。そんな多くの人々の混乱を少なくするため、多くの警察官があたりの警備を行っている。

 混乱するステージと打って変わって、人気の少ない控え室前。その扉の前に、ロジャーは一人立っていた。ナタリヤとカズヤは外で警察官たちに指示を与える役をしている。年齢的配慮のつもりか、と少し苛立ちながらロジャーは扉の前で小さくため息を吐き出した。

「こんにちは、ロジャーさん」

「お、ジーンか」

 控え室に向かって、白く大きな箱を持ってきたジーンが歩いてきた。ロジャーが手をあげて声をかけると、ジーンは軽く頭を下げた。

「どうした? お前、このダンサーのファンだったか?」

「いえ、ケーキの配達を頼まれまして」

 そう言って、ジーンはロジャーに箱を見せる。

「中の方にお渡ししたいのですが、入っても大丈夫ですか?」

「あー、悪いな。今、関係者以外は立ち入り禁止になっててな。代わりに俺が届ける」

「ありがとうございます。では、お願いします」

 ジーンからケーキの箱を受けとったロジャーは控え室の中に入っていった。ジーンはロジャーが部屋に入るのを見つめていた。自分が控え室に入って確かめたいこともあったが、すでにナイトメア対策の警備が行われている。

「……すでに警戒されている、か」

 呟き、ジーンは控え室に背を向けて歩き出した、そのときだった。

 

「まさか、君がここに来るとは思わなかったね」

 

 その声を聞いたジーンの目が大きく開かれた。ばっ、と勢いよく振り向くと、控え室の扉の前にはサングラスをかけた一人の男――ジールが立っていた。その姿を見て、ジーンの瞳が、震える。

「その姿を見るのは、随分久しぶりだね」

 にこりと微笑むジールに対し、ジーンは眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべている。

「本当に驚いたね。君が来ることは予想していたけれど、まさかこんな近くまで来るとは思わなかったよ」

 ジールはゆっくりとサングラスを外す。右目の、金色に輝く瞳がジーンの姿を映していた。

「今すぐにでも君を捕まえたいと思うけれどね、その姿の君を捕まえても意味がない。仮に君を捕まえたとしても、どうやって君がナイトメアであるか証明できるかな」

「なら、何故シルヴァを捕まえた」

 ジーンは、低い声でジールに尋ねた。ジールは微笑みを浮かべたままで、ジーンの問いに答えた。

「あれは僕が指示したわけではないよ。ただ、彼は『偶然』、僕らと同じ金の瞳を持っていた。それだけで、捕まってしまったのだろうね。本当に想定外だったよ」

 はあ、と困ったようにため息をつきながら言うジールに、ジーンは変わらず鋭い瞳を向けていた。

「いいよ、信じなくても。でも、一つ保障してあげるよ」

 言い終えた瞬間、ジーンの目の前にジールが迫っていた。目と鼻の先に現れたジールに驚きを隠せないジーンは、先ほど以上に大きく目を開いていた。

「ここでは、君を捕まえない。先ほども言ったけれど、無意味なことだからね」

「……っ、離れろ!」

 ジーンが手でジールを払おうとする前に、ジールは離れていた。くすくす、と楽しそうな笑い声をあげている。

「やはり、リーザスに宝を与えたのはお前か」

「ああ、そうだよ」

「何が目的だ!」

「以前も言ったはずだよ。僕は『マグウェルの宝』が見せる最高の輝きが見たい、と」

「そんなことのために……」

 自分の目的のためなら、誰かが崩壊しても構わない。ジールの考えに怒りが溢れ出しそうになっているジーンだが、ここで何かを起こしてしまっては自分の正体が明らかになってしまう。奥歯を食いしばり、怒りを抑えることで必死になっていた。

「そんなこと……? 君に言えるかな、ジーン。人から何かを奪うことでしか、自分を示す方法がない、君に」

「何を……」

「事実だろう? それとも、君は自分がしていることが正義か何かかと思っているのか?」

 笑みを消し、ジールはジーンに語りかける。冷たく輝く金の瞳は、ジーンを貫く。

「俺は――」

 

「何か異常はあったか」

 ケーキを渡したロジャーは、控え室から出た。自分と入れ替わりで扉の前で警備を行っていたジールに、状況を尋ねる。

「いえ、何もありませんでしたよ」

 ジールはサングラスの下の目を細めて、微笑んだ。ロジャーにケーキを渡したジーンの姿はすでになく、控え室前は静かだった。

「そうか」

「どうかされましたか?」

「いや、なんでもない」

 室内にいるときも、外から何か異常があったようには思えなかった。実際、外を見ても何もなかったことはわかる。

「それでは、僕は中に入っていますね」

 しかしすれ違ったジールの笑みが、今までのものとは何か違うように、ロジャーの目には映っていた。

 

***

 

 時刻は午後四時五十分。場所は中央公園の広場のステージ前。

「すごい人気ですね、アリアさん!」

「え、ええ、そうですね……」

 想像以上の人の多さに、アリアは苦笑いを浮かべて同級生に返事をした。あと十分ほどすれば、リーザスが登場する。時間が近づくにつれて、人々の熱気が上昇しているように思えた。

「こんなに多いなんて……」

「これじゃ、復帰するのもさらにプレッシャーだろうねえ」

 アリアの呟きに続けるような声が、アリアの耳に届いた。突然の声に、アリアがはっと横を向くと、そこには見知らぬ男がいた。太い黒縁の眼鏡をかけた男――ヒロキは、楽しそうにステージを見ている。

「プレッシャー……」

「ああ、聞こえたのかな」

 にこり、とヒロキはアリアに笑いかけた。

「すみません、盗み聞きしてしまって……」

「いや、構わないよ。おれも呟いちゃったから、誰かに聞かれることが前提だもんね」

 そう言って、ヒロキは中指で眼鏡のブリッジを押し上げた。

「きみもやっぱり、あのダンサーに興味あるのかな?」

「え……?」

「いや、おれの呟きを聞き取るぐらいだからね。まあ、聞かれちゃったついでだから教えてあげるよ」

 ヒロキは何気ない話をするように、アリアに語りかける。

「彼女がステージ上でけがをした、っていうのは有名だね。今回の舞台が初主演ってことも」

「え、ええ……」

「もしも彼女の入院が長引くようなら、代役でする予定だったらしい。当たり前だよね、会場はもうとっているし、チケットの予約だって開始されていた。それで延期となると、損害が大きい。かなり困る状態だ」

 リーザスの代役、そんな話をアリアは初めて聞いた。もしかしたら、リーザスが復活したことで流れた話なのだろう。しかし、何故この男が知っているのだろうか、と思いながらアリアはヒロキを見る。

「そんな中での奇跡の復活。人々の期待は大きく膨らむ。それと同じくらい膨らむ、プレッシャー。彼女はよほど勇気があるのだろうね」

「そんなものじゃ、ないですよ」

 ヒロキの言葉を、アリアははっきりと切り捨てた。はっきりというアリアの言葉に、ヒロキは目を大きくしてアリアを見た。どういうことか、とヒロキがアリアに尋ねようとしたとき。

「アリアさん、向こうのほうが良く見えそうですよ」

「え、ええ……」

 アリアは、腕を引かれるように、女子生徒に連れられて人ごみの中に消えた。ヒロキは中途半端に口を開いたまま、アリアが消えていったほうを見つめている。

「……へえ、面白い子だねえ」

 にやり、と笑いながらヒロキは眼鏡のブリッジを上げたのだった。

 

 

 

 

 

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