時刻は午前十一時。場所は警察署・ナイトメア対策本部室。
「ジール、お前は一体ナイトメアとどういう関係がある」
室内にはロジャーとジールだけだった。その状態で、ロジャーは話をジールに切り出した。デスクについていたジールは、隣に立つロジャーを見上げて質問を繰り返した。
「僕と、ナイトメアの関係ですか?」
「お前がそこまでナイトメアに固執する理由。それは一体なんだ?」
「以前言ったと思いますが、僕はナイトメアに大切なものを奪われています。それが彼に固執する理由、と答えるのはおかしいでしょうか?」
「大切なもの、って言うのは?」
ロジャーは問いただすように質問を続ける。ジールの表情に、変化は無い。
「そこまで答えなければ、僕は信用を得られませんか?」
「そうだな。シルヴァの件も残ってるし、何より俺はお前が気に食わねぇ」
「そうですか」
ふふ、と笑いを零しながらジールは頷いた。余裕すら感じられるその笑みに、ロジャーの不信感はさらに増した。
「お前は一体何者だ。ナイトメアに何を奪われたって言う?」
「大切なものです。そう、僕にとって、とても大切な……」
「それはお前のその、右目に関係するのか」
「どうして、そう思われたのですか?」
質問しているはずのロジャーが、逆に問われる。先ほどから、その状態が繰り返されているようで、ロジャーは内心苛立ちを募らせていた。
「その金の瞳……、ナイトメアとよく似ているように思えた。何か関係するなら、その瞳関係じゃないのか」
「ロジャー刑事は本当に優秀な方ですね」
にこり、と目を細めてジールは微笑んだ。それから立ち上がり、視線をロジャーと同じくらいにする。
「けれど、それを知って何になります? 僕も貴方も、目的は同じはずです」
その言葉に、先ほどまでの余裕は無い。笑みも消え、サングラスの下の瞳がロジャーを射抜くように冷え切っていた。突然の変化に驚きを隠せないロジャーはわずかに表情を引きつらせた。
「目的が同じなのに、僕たちが仲違いすることは、確実に不利です。僕一人ではこれだけの人を動かすことはできないし、貴方たちだけではナイトメアがどのような動きを取るのかわからないはず」
「それは、どういう意味だ……?」
ジールの瞳から出ているような威圧感の中で、ロジャーは搾り出すように小さな声を出して尋ねた。ジールの口元に、にやりとした笑みが、浮かぶ。
「僕は貴方たちを利用している。だから、貴方たちも僕を利用してください。それが、互いの目的を果たすためにできる、最善の方法だと思うのですが……どうでしょうか?」
利用し、利用される。響きは悪いが、確かにそれが確実な方法であることは、ロジャーはひしひしと感じていた。前の“クイーンズ・ティア”の一件も、ジールがいなければナイトメアに盗まれてしまっていただろう。
しかし、とロジャーは口を開きかけたが、その続きの言葉が出てこなかった。核心のもてない何かを、目の前にいる男に突きつけても意味は無い。その程度でジールが自分の手のひらを見せようとする様子は、全く無いのだ。
「……わかった。お前とナイトメアの件は触れないでおこう。だが、俺たちがお前に対して信頼をしているわけじゃないってことは知っておけ」
「肝に銘じておきますよ」
ジールはそう言って座った。デスクの上にあるパソコンの画面を見つめて、何かをまた考えているような様子だった。そんなジールの姿に不審を抱きながら、ロジャーが部屋を出た。
「おっ、ナタリー……?」
「先、輩」
部屋の前にいたのは、ナタリヤ。突然出てきたロジャーに驚きの表情を浮かべているようだった。
「もしかして、聞いてたのか?」
「すみません……、部屋に入ろうとしたら、聞こえてきたもので」
「いや、構わねぇ。むしろ、聞いてもらってよかったかもしれねえな」
ナタリヤの顔を見て、ロジャーはこわばっていた顔の筋肉が緩んだように感じた。室内でジールと会話している間、ずっと表情筋が緊張しているようだった。
「私も、同じことを考えていましたから……。彼が、ただナイトメアを追っているだけではない、と」
「そうだろうな。だが、あいつは手のひらを明かすつもりはないようだな」
「……彼の目的は、一体何なのでしょうか……」
ナタリヤは扉を見て、その向こう側にいるジールを思い出しながら呟く。ロジャーは小さく息を吐き出し、首を振った。
***
同時刻。場所はリュート学園の教室。
「アリアさん、これ」
ぼんやりとしていたアリアの視界に、一冊のノートが入り込んだ。突然の出来事に、アリアははっと顔をあげてそのノートを差し出した人物を見た。
「ユメリア……さん?」
アリアが不思議そうな声で尋ねると、ユメリアはこくりと頷いた。
「これ、アリアさんが昨日帰ったあとからの授業のノートです」
「え……あ、ありがとうございます」
アリアはゆっくりと手を伸ばし、ノートを受け取った。
「もし、読めないところとかわかりにくいところがあったらいつでも言ってください。多分、アリアさんのノートよりもかなり汚いとは思いますけど……」
「いえ、そんな……。わざわざ、ありがとうございます」
ユメリアの心遣いに嬉しくなり、アリアはふっと微笑んだ。
「アリアさん、お体の方は大丈夫ですか?」
「はい。もう、大丈夫ですよ」
「でもまだ……顔色が悪いようですが……」
心配そうにユメリアはアリアの顔を覗き込む。じっとユメリアが見つめてくることに、アリアは表情を引きつらせた。
「だ、大丈夫ですよ。しっかり眠りましたし」
「本当ですか……?」
「はい。心配をおかけしてしまって、申し訳ありません。本当に、大丈夫ですから」
微笑むアリアを見て、ユメリアは納得していない様子だったが、それ以上は言わなかった。ユメリアがアリアのもとから去ったあと、アリアはユメリアのノートに目を通していた。授業で重要であるポイントや教科書の参考にするページについて細かく記されている。授業を受けていない自分にもわかりやすいノートだった。
「ありがとう、ユメリアさん……」
そしてアリアは、窓の外を見つめる。雨は止んでいたが、まだ空には厚い雲がかかっている。また、雨が降り出すかもしれない、と誰かが嘆いていたのを聞いた。
「……雨、か」
アリアは視線を窓からそらして、ユメリアのノートを広げた。