***

 

 時刻は午後二時。場所はジーンが妹と同居するアパートの一室。

「剣舞師?」

 ぱちぱちと瞬きをしながらアリア・ローレイズは兄の発した言葉を繰り返し言った。

「剣舞師の、剣?」

「ああ。間違いない」

 喫茶店から帰ってきたジーンの表情は、働いている時とは全く違って穏やかさがない。小さく息を吐いて外を見るその瞳は、鋭い。

「まさかそんなものにまでアレが使われているとはな」

「何処まで出回ってるのか、わからないわね」

「だけれど、必ずここに来るんだろうな……」

 ジーンは眼鏡を外して目を閉じ、左目に触れて呟く。

「じゃあ、明日の夜?」

「そうだな。だが……剣というのがやりにくいな」

「え?」

 アリアがきょとんとした表情でジーンの言葉を聞き返す。剣、といっても剣舞用のものだから斬れるはずはないし、いつも通りにすればいいとアリアは思っていたのだ。しかし、ジーンは深刻そうな表情で何かを考えているようだった。その横顔にアリアは疑問を隠せずにいた。

「そんなに、考える必要がある? いつも通りすればいいじゃない」

「いつも通り、か……」

 そう呟き、ジーンは小さく頷いた。

 

***

 

 時刻は午後六時。場所は警察署近くにある中央公園。

 金属と金属のぶつかり合う音があたりに響いていた。夕食を買ってきた帰りに公園の前を通ったカズヤの耳にもその音が届いた。

「ん?」

 薄暗い公園の中をカズヤは目を凝らして見る。そこには少年二人――ロイドとカイルが剣を振っている姿があった。

「な、何をなさっているんですか?」

「え?」

 カズヤが二人に近付いて声をかける。少年二人はタイミングを揃えて声をあげ、カズヤのほうを見た。その顔が全く同じだったので、カズヤは一瞬言葉を失った。

「あ、すみません。実は剣舞の練習していて」

「剣舞?」

「はい。あ、だから銃刀法違反とかで通報しないでくださいねー」

 へらりと笑うカイルを見て、カズヤも強張った表情が柔らかくなった。

「びっくりしましたよ。二人で剣なんて持って……決闘でもしてるのかと思いましたよ」

「あ、やったなロイド! 決闘に見えたって!」

「うーん、それっていいのかなぁ……」

 少しだけ複雑な表情をしてロイドは言う。しかしカズヤは瞳をきらきらと輝かせて興味津々といった様子で二人の姿や剣を見つめている。

「いや、すごかったです! お二人とも動きも綺麗だったし、表情も本当に戦いを覚悟した感じで……」

「そ、そんなに……」

「えっへへ、何か照れるなあ。でも、まだまだなんですよね」

 そういうと、カイルの表情はすっと真剣なものに変わる。

「まだまだ、俺は綺麗になんて舞えてない。もっと、強く綺麗に、ならないと」

 その瞳と、持っている剣の石が鋭く輝いていたことに、カズヤは気付いていなかった。

 

***

 

 時刻は午後七時。場所はシルヴァの探偵事務所。

「剣舞師、なんて素敵じゃない」

「はぁ?」

 学校が終わって事務所にやってきたユメリア・メルティーンはシルヴァの話を聞いて瞳をきらきらと輝かせていた。

「いいなあ、シルヴァ。そういうお話が聞けるなんて」

「別に興味ない」

「文化に興味がない人間なんて、ダメ人間よ! フリーター以下!!」

「……お前らは朝から人をフリーター、フリーターって……」

 ぽつりと呟いてシルヴァは苛立ちをぐっと堪えていた。しかしユメリアはそんなシルヴァの我慢に気付くことなく、言葉を続ける。

「大体ね、そんな珍しい人が来たって言うのに全く感心を持たないなんて最低よ! うん、最低。せめてね、一緒に見に行かないか? とか一言言うべきなのよ!」

「はーん」

「はーん、じゃないわよ! ですよね、レイラさん!」

 くるりと振り向いて、ユメリアはレイラ・ソーディルに話を振る。話を振られたレイラはソファに座って読書をしていたが、声に気付いて顔を上げてじっとシルヴァとユメリアを見た。

「…………」

「えっと……。で、ですよねレイラさん!」

 再び同じ問いをユメリアはレイラにした。が、レイラは一切表情を変えずに首を傾げて、それから視線を本に向けた。その微妙な沈黙にシルヴァもユメリアも言葉を無くしてしまった。そのとき、シルヴァの携帯電話から着信メロディーが流れ始めた。

「うっわ、シルヴァ何その曲。何年前の歌よ」

「五月蝿い、俺のセンスに口を出すな」

 ユメリアの言葉を一蹴して、シルヴァは電話に出た。

「誰だ。ああ、ああ……あ? 知るか、俺には――」

「もしもしユメリアです!」

 シルヴァの手から携帯電話を奪い、ユメリアが電話の向こう側に明るく声を上げた。

『ユメリア……? 何で、お前が?』

 電話の向こう側に居たのはロジャーだった。ユメリアの声を聞き、驚きを隠せないような声を上げる。

「それで、どうされたんですか?! 事件ですか! まさか……!」

『そのまさかだ』

 ロジャーが小さく息を吐きながらユメリアに言った。

『怪盗からの予告状が来た。明日の午後十一時だ』

「午後十一時……それで、内容は?」

『何でも剣舞師の少年の剣とのことだ。まさかそんなものまで狙うとはな……』

「わかりました。私たちも行きます!」

「はぁ?!」

 ユメリアの宣言にシルヴァが不満げな声を上げた。しかしユメリアはシルヴァの足を強く踏み、それ以上文句を言わせなくした。

「はい、はい……、はい、了解です! もちろん、全力を尽くさせていただきます! では!」

 ぴっ、とユメリアは電話を切って机の上に携帯電話を置いた。未だに足を踏まれているシルヴァは痛みで言葉が出ない様子で俯いている。

「警備場所は中央公園、狙いは剣舞師の剣。ともかく、明日の警備には参加ね! 以上!!」

「だから……なんで勝手に、話を受けてんだお前は!」

「五月蝿いわね! あんた、一生仕事受けないつもりでしょ! ですよね、レイラさん!」

 と、先ほどと同じようにユメリアはレイラに話を振る。レイラは顔をあげ、またシルヴァとユメリアをじっと見つめる。

「…………」

 何も言わないレイラ。またか、と思うユメリアの横で小さくレイラが頷いたのに気付いたシルヴァは少しだけ悲しいため息をついたのだった。

 

***

 

「いくらやっても、強くなんてなれない」

 そういう黒い瞳には、何も写っていなかった。

「だけど、俺にはこれしかないんだ……これしか……」

 カイルの剣の石は、暗闇の中やけにはっきりと緑の光を放っていた。その手は、小さく震えている。

「誰であろうと、これを奪う奴は許さない……」

「奪わせるはず、ないだろう」

 そんなカイルの肩に手を乗せたのはロイドだった。

「俺たちの『宝』だ。誰のものでもない、俺たちだけのもの……」

「そうだ、俺たちだけの……」

 黒い瞳にも青い瞳にも、何も写らない。ただ、不気味な緑の光だけが、あたりを照らしていた。

「俺たちには、これしかないんだ」

 二人の声は、夜の闇に消えていった。

 ***

 

 翌日。時刻は午後十時。場所は中央公園。

「しかし、またどうして公園なんだ……?」

 ため息混じりにロジャーはあたりを見て呟く。広い公園は照明で照らされているが、怪盗が狙っている剣を持つ剣舞師の双子は公園の隅の林にいるのだ。そんな呟きにロジャーの部下のナタリヤ・メルティーンが答える。

「何でも宿に迷惑をかけたくない、とか」

「それはわかるが……警備がしやすいような、し難いような……はぁ」

「先輩、大丈夫ですか? 昨日……というか、今日も残業していたみたいですし」

「ちょっとな」

 疲れたような笑みを浮べる上司を見て、ナタリヤは少し言葉を失う。

「先輩」

「あ?」

「今日は、おごります。一緒に飲みに行きましょう」

「……は」

 ナタリヤの言葉に今度はロジャーが何も言えなくなった。ナタリヤの顔は真剣で、じっとロジャーを見つめていた。

「どうした、急に」

「今日ぐらいは行きましょう。カズヤも誘います。今日は張り切っていたみたいですし」

「いや、いいけど……どうしたんだ、急に」

「先輩にたまにはいいお酒を飲んでもらいたいので」

 そんなナタリヤを見て、ロジャーはしばらく呆然とした様子で瞬きをしていたが、穏やかに微笑んだ。

「じゃあ、お前のお勧めのワインでも飲むとするかな」

 一方、カズヤは肩に竹刀をかけて、林にいる剣舞師たちのもとに行っていた。

「ロイドさん、カイルさん!」

 カズヤの駆けてくる音に気付いたロイドとカイルは顔をカズヤに向ける。その表情は昨日カズヤが見たものとかけ離れて、鋭く苛立ったものだった。

「ああ、刑事さん。どうしたんですか」

「いや、どうしたと言う事では……警備の、確認を報告しようと思いまして」

「そうですか、それはご苦労さまです」

 口調は柔らかいロイドだったが、青い瞳には穏やかさは写っていない。その表情に少しカズヤは恐怖を覚えていた。

「大丈夫、です。我々が、しっかりと警備しますから」

「警備、ですか……」

 少し鼻で笑うようにカイルが言う。

「正直、警備など関係ないですよ。多分、自分たちでこの剣を守った方が早いですし」

「え……?」

「俺たちを認めてくれるのは、この剣しかない……これしか、ないんだ」

 視線を持っている剣に向けて、まるで剣に言い聞かせるようにカイルは呟く。緑の石が、淡く光っている。それに気付いたカズヤははっとして双子を見た。

「何を……? それに、剣だけって……」

「まあ」

 そのとき、カズヤの腹に強い衝撃が走った。「うっ」と唸ってカズヤはその場に膝をつく。

「刑事さんには、関係ないことだけど」

 カイルの声が届いた時には、カズヤの意識は闇に消えていた。背中から、竹刀が落ちた。

「……怪盗、ナイトメア。これを奪うなら」

 カイルはギュッと剣を握る。

「お前を殺しても構わない」

 緑の光が、カイルの影を浮かび上がらせていた。

 

 

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