マグウェルの宝 深緑の双剣士

 

 イヴの445年目、悲劇は起きた。

「いやあああああああああああああっ!!!!」

 その雨の日、女の叫び声が上がった。しかし、すぐに叫びは消えてしんと静まる。雨の音が、嫌に響く。

「……どうして、こんな…………!」

 男の声は震えていた。目の前にいる老人は感情を映さない瞳で、男を見つめていた。

「どうして、どうしてこんなことを!」

「私の理論は完璧だ……そう、完璧なんだ……」

 ざあざあと、雨の音。老人の手は、震えていた。

「私を拒むものは誰であろうと許さん!!」

 震える手で持っていたナイフを、老人は男の胸に突きつけた。男は目を大きく見開いた後、ばたりとその場に倒れこんだ。老人の手は、震えていた。

「あ……あぁぁ……」

 かすれる声は、雨の音に消える。ざあざあと、音が響く。

「ああ、あ、……あぁぁ…………!」

 何かが倒れる音。それから、雨の音。ざあざあと、雨の音。

 

 イヴの445年目、【ロストロスの悲劇】。

 男が息子夫婦を殺害。また、その子どもを手にかけようとして、自ら命を絶った。

 その男の名は…………

 

***

 

 イヴの456年目。時刻は午後十一時十五分。

「One」

 凛とした少女の声が響く。しかし、それ以上に大人数の足音の方が大きい。

「Two」

 カウントダウンは続いていた。金髪の少女の持つ杖の石が、白い光を灯し始める。

「Three!」

 パンッ、と音が響くと足音は消えて「うああぁぁぁぁぁぁ」という悲鳴が上がった。少女の目の前に、大きな穴が空いている。

「捕まえようなんて、無駄よ!」

 にやりと笑う少女は穴の中に居る警官たちに向かって高らかに言った。そして少女はさっさとその場を去ってゆく。そのとき、少女の目の前に、別の三つ編み少女が現れる。

「奇術師テール・クロス。今日こそあなたを捕まえますよ」

「あら、そんなことできるの? 探偵見習いさん」

 テール・クロスと呼ばれた少女はにこりと微笑んで三つ編み少女を挑発する。すると、三つ編み少女は背後に隠していたバズーカのようなものを取り出した。それはテールの予想を越えていたものだった。

「げっ」

「発射!!」

 三つ編み少女が叫ぶと、バズーカから網が発射された。逃げることができなかったテールは見事その網に掛かったのである。

「うっわー、まさかバズーカなんて……」

「これで私の勝ちですね、テール・クロス!」

 三つ編み少女、ユメリア・メルティーンはテールに向かって勝利を確信した笑みを向けた。しかし、テールは全く動じていない様子でユメリアを見ている。

「ふーん」

「なっ、何ですかその反応は」

「いや、何か楽しそうだなあって」

「だって、念願の奇術師捕獲ですよ! 嬉しいの何の!」

「へー」

 テールはさほど興味なさ気に声をあげた。聞いてきたのは自分なのに……とユメリアは思ったが、テールを捕まえたことのほうが嬉しいのである。とても幸せそうな笑みを浮べていた。

「それではあなたを警察に出して、罰を受けていただきましょう!」

「残念、それは無理よ」

 くすくすとテールは笑いながら言う。その言葉にユメリアの表情は一気に強張る。

「何ですって?」

「だって、今から私、逃げるもん」

 そう言った瞬間、テールの杖の石が桃色に光る。

「なっ……にを……」

 ユメリアの目に光が入ると、突然眠気がユメリアを襲った。そして、そのままユメリアは地面に倒れこんだ。テールはその間に網から抜け出して、小さく息を吐いた。

「やっぱり『魔術』効いてるわよね……」

 杖の石を軽く叩きながらテールは呟く。そして、あたりを確認してその場から去った。

 

***

 

 翌日。時刻は午前七時。場所は警察関係者用の寮の庭。

「はぁっ!」

 刑事カズヤ・ナガナミは竹刀を振っていた。しばらく竹刀を振っていたのか、その首筋には汗がついている。いつもの柔らかな表情はなく、鋭く真剣な表情がカズヤの顔にあった。そのとき、カズヤの背後からぱちぱちぱち、と拍手の音がした。

「え……?」

 竹刀を振るのを止めて、カズヤは音のした背後を見る。そこには、カズヤの上司である刑事ロジアル・ハスフォードがいた。

「ロジャー先輩? どうしたんですか、こんなに朝早く。あ……もしかして、起こしちゃいました?」

「いや、偶然起きてな。毎日してるのか?」

「はい! 朝竹刀振っておくと、一日すっきりするって言うか……」

「なるほどなあ」

 感心したようにロジャーはカズヤに小さな拍手を送る。それを受けてカズヤは「いやぁ」と照れたように頭の後ろに手を当てた。

「それに、対怪盗用に何か応用できないかなと思いまして」

「で、何か思いついたか?」

「……全然」

 にこ、と笑ったまま言うカズヤにロジャーはがくりと肩を落とす。先ほどまでの真剣な表情は何処に行ったのか、と言うほどカズヤの表情はいつも通り柔らかくなっている。

「まあ、あんまり無理するなよカズヤ」

「はい! お心遣い、ありがとうございます!」

 深く礼をするカズヤを見てロジャーは少しだけ、若い頃の自分の姿を思い出して小さく微笑んだ。

 それからカズヤと別れてロジャーは仕事場に戻る。カズヤには偶然起きたと行っていたロジャーだったが、実際書類に追われて一睡もしていないのだ。ここ数日、そういった事が多いのである。

「あー、肩いてぇな」

 椅子に座りながらロジャーは肩をぐるぐると回す。パソコンの小さな文字を見て深く息を吐いた。

「ったく、仕事だけは無駄に溜まりやがって……」

 そう呟き、ロジャーはパソコンとのにらめっこを再び開始するのだった。

 

***

 

 時刻は午前十時。場所は喫茶店。

「だ、大丈夫ですか……?」

 やって来たとある客に、喫茶店の店員ジーン・ローレイズは心配そうに声をかける。その客は、ロジャー刑事その人だった。テラスの席についた途端、突然テーブルにうつ伏せてしまったのだ。普段なら見せないその姿に、ジーンはおろおろとした様子でロジャーの様子を見る。

「ジーン、エスプレッソ、頼む」

「水とかの方がいいんじゃ……」

「いや、眠気飛ばせるものがいい……この際、炭酸水でもいい」

「じゃ、じゃあエスプレッソ持ってきます!」

 ぱたぱたと慌ててジーンは店内に戻る。一方隣の席でそんなロジャーの様子を見ていたシルバルヴァ・ゴードンは呆れたようなため息を吐いた。

「書類か?」

「そうだよ、何か文句でもあんのか」

「いや、何にも言ってねえだ……っ」

 いつもと同じような切り返しをしたシルヴァだったが、ゆっくりと上げられたロジャーの顔を見て言葉を失った。

 目の下には大きな隈。しばらく寝ていないせいか表情は暗い。

「……えーっと、大丈夫か?」

「大丈夫じゃねぇからこんなことになってんだよバカヤロウ」

 と、覇気のない声でロジャーはシルヴァに言う。そしてジーンが慌ててエスプレッソを持ってロジャーのもとに戻ってきた。

「お待たせしました! だ、大丈夫ですか?!」

「おー、サンキュな……」

 やつれた声を上げてロジャーはエスプレッソをすする。それでやっと表情が柔らかくなった。

「あー、生き返った」

「よかったですよ。すごく、ぐったりしてましたから」

「もう死ぬかと思ったぜ」

「うるせぇよシルヴァ」

 そういう声にもいつも通りの勢いがついていた。

「でも、どうしたんですか? すごく、お疲れの様子ですけど……」

「ああ。また昨日も逃げられたからな」

 誰とは言わなくても、シルヴァもジーンもわかっていた。怪盗ナイトメアが昨日も盗みに入り見事に逃げ切ったのだ。その報告書の量は、かなり多いものになっていることは、二人とも予想がついた。

「あーの、すみませーん」

 そのとき、聞きなれない声が三人の耳に届いた。声の方を向くと、ジーンやシルヴァより少し年下のような少年二人組がいた。少年はどちらも、似たような顔をしている。

「あ、はい」

「ここ、何か食べれますか?」

「お前、そんな訊き方するなよ。えーっと、ここ食事とかありますか?」

「何だよ、ロイドも同じような質問してるじゃないか!」

 黒い瞳の少年が青い瞳の少年に言う。そんな会話にジーンが小さくくすりと笑った後、テラスの空席に二人を案内した。

「軽い食事しかないですけど、構いませんか?」

「ああ! ありがとうな、兄ちゃん!」

 と、明らかに年下の黒い瞳の少年に言われたジーンは少し複雑そうな表情をして二人にメニューを渡した。

「えーっと、レモンティーとこのサラダパスタよろしく!」

「じゃあ、俺はサンドウィッチとコーヒーで。あ、砂糖二本お願いします」

「かしこまりました」

 そしてジーンが店内に戻ると、隣の席のシルヴァとロジャーは物珍しげに少年を見る。

 赤っぽい茶色の髪を持つ少年は大体十六歳くらいか。双子らしく一人は青い瞳を持ち、もう一人は黒い瞳を持っている。

「ん、何か俺らの顔についてますか?」

 黒い瞳の少年がぱちぱちと瞬きをしてシルヴァとロジャーを見て尋ねた。青い瞳の少年も小さく首を傾げて視線の方を向く。シルヴァが小さく手を振りながら言う。

「ああ、いや。旅人かな、って思ってな。見た事ない顔だから」

「はい。今、いろんな国を回っていて」

「そんなに若いのに、何やってるんだ?」

「ちょっとね」

 ロジャーの問いに黒い瞳の少年がにやりと楽しそうに笑いながら言った。シルヴァはふと、少年たちの肩に掛かっているものに目をやった。棒のようなものだが、布でぐるぐる巻きにされている。

「それは何だ?」

「ああ、これは……」

「じっつはですねぇ!」

 青い瞳の少年が説明しようとする前に、黒い瞳の少年が大げさに声を上げる。そして肩に掛かっている棒のようなものを降ろして、ロジャーとシルヴァのもとに行った。青い瞳の少年も少し呆れたような顔をしてついていく。

「じゃーん!」

 はらり、と布が落ちるとそこから出てきたのは剣だった。柄にも持ち手にもたくさんの宝石がついている。緑色の石が日の光に当たってきらきらと輝いている。

「剣?」

「これ、実は『伝説の剣』なんです」

 黒い瞳の少年の言葉に、シルヴァもロジャーも言葉を失った。そんなものが、存在するのか? と二人が呆然と剣を見ていると、少年たちが小さく吹いた。

「っはははは! やっぱり引っかかるなぁこれ!」

「全くカイルは……。本当に弟がすみません、調子乗っちゃって」

「え……?」

「そんな冗談だって、『伝説の剣』なんて!」

 あっははは、と腹を抱えながら黒い瞳の少年は笑う。そんな少年の頭を兄の青い瞳の少年が叩く。

「実はこれ、剣舞用の剣なんです」

「剣舞……?」

「文字通り、剣を使って舞うものなんですけど、俺たちそれの修行中で」

「いろんな所回って、知名度を上げようとしてるんですよね」

 少年二人はにこにこと笑いながら言った。シルヴァとロジャーは「はぁー……」と納得したような感心したような声を上げる。

「俺はロイド・シュバリズです。で、こっちが弟の……」

「カイル・シュバリズ! よろしく!」

 青い瞳のロイドが穏やかに言ったのを、黒い瞳のカイルが元気よく続けた。なんとも対照的な双子である。

「おう。あ、俺はロジアル・ハスフォードな。で、こっちのフリーターはシルヴァ」

「誰がフリーターだ、若作り刑事。シルバルヴァ・ゴードンだ」

「おい、何が若作りだ? お前がフリーターなのは事実だろうが」

「あ、若作りじゃねえのかそれ?」

 と、気付いたらシルヴァとロジャーの間にバチバチと火花が散り始めていた。そんな二人の間に入ったのは、注文の品を持ってきたジーンだった。すぐにカイルとロイドの方を向いて困ったように笑う。

「まあまあ二人とも……すみません。この二人、いつもこんな感じなんです」

「いや、仲良いって感じがして楽しいぜ」

「カイル、お前なあ……」

 はあ、とロイドは楽しそうにはしゃぐカイルを見てため息をついた。ジーンは穏やかに微笑み、注文の品をロイドとカイルに渡した。

「でもすごいですね、その剣。なんだか物語に出てきそうな感じですね」

「実はこれ、なんと……」

「言わなくていい」

 きっぱりと言い切ったロイドにカイルが不満げに「えぇー?!」と声を上げた。そんなカイルを尻目にロイドはサンドウィッチを一口頬張った。

「とっても美味しいです。コーヒーもいい香りだし」

「ありがとうございます。またご用があったらお呼び下さい」

 一瞬、眼鏡の向こうの目が鋭くカイルの持つ剣に向けられたが、ジーンはすぐ微笑んで店内に戻った。

「で、それはいつ使うんだ?」

 シルヴァが布に包まれた剣を指さしながら尋ねると、ロイドとカイルは「うーん……」と困ったような笑みを浮べて小さく唸った。

「いやあ、まだ全然決まってないんですよ。まずどこか場所でも確保しなくっちゃできないし……」

「正直、俺たちまだここ来たばっかりだから、宿も探さないといけないし」

「はぁ……大変だな、お前らも」

「いえいえ。俺たち、好きでやってますし」

 にっこりと笑ってロイドが言う。隣のカイルもうんうんと強く頷いた。

「美しく、強く、華麗に舞う。そのためなら多少大変でも平気なんだ」

 そういって、カイルはレモンティーを飲んだ。

 

 

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