***
そして、時刻は午後十一時。
「One」
その声に、警備の警官たちは一斉に顔を上げる。凛とした少女の声は、はっきりと公園に響いていた。
「Two」
しかし声の主の姿はない。警官たちがあたりを見渡し、それらしい影を探す。
「Three!」
照明が最も当たっている公園の中心からバンッ、と激しい音が響く。煙幕が、張られた。
「くそ、派手な登場の仕方しやがって……」
ロジャーが目を凝らしながら煙幕の向こう側にいる人物を睨む。だが、濃い煙の中その姿を見ることはできない。このまま逃げられるのか、とロジャーが思ったとき
「きゃぁぁぁぁぁっ!?」
どすん、という音と叫び声が響く。もちろん、その声の主は煙幕を張った本人、テール・クロスだった。
「おーっほっほっほっほ! 引っかかりましたね、テール・クロス!」
高笑いをするのはユメリア。煙幕が薄まると、公園の中心には穴ができていた。
「まさか……落ちたのか?」
呆然とするロジャー。隣に立つナタリヤもぱちぱちと驚いた様子でその穴を見つめている。
「そんな、あの奇術師が?」
と、穴の方を見ると、ユメリアが仁王立ちをして穴を覗き込んでいた。そこには確かにテールが強く打ちつけたであろう腰を痛そうに押さえていた。穴は大体五メートル前後の深さがあり、簡単には抜けられないようだった。
「何もない中央に穴が仕掛けてあるとは思いもしなかったでしょう、テール・クロス」
「うん、全然考えてなかったわ」
けろりとした様子でテールはユメリアの言葉に頷く。
「しかしすごいわねー、こんな穴掘れるなんて。尊敬しちゃうわ」
「尊敬ついでに、あなたを捕まえさせていただきますよ」
「あらあら、私だけ捕まえても意味ないわよ」
と、テールが言った瞬間、辺りが騒がしくなる。ユメリアが顔を上げると、突然照明が一斉に消えた。
「何っ!?」
「怪盗……!」
「だから言ったじゃない、私だけじゃ意味ないって」
くすりとテールは笑いながら言う。
「だけれど、あなたは逃げれませんよ!」
「そうかな」
そのとき、ユメリアの隣に何者かが立った。そして、その人物は穴の中に入った。ユメリアは予想もしなかったその行動に驚きを隠せなかった。
「まさか、ナイトメアっ!? 自ら穴に入るなんて……」
抜けられませんよ、とユメリアが言いかけたそのとき、穴から何かが飛び出た。照明が復帰して、あたりを照らす。
「なんですってぇ!?」
ナイトメアがテールを抱えて、穴から飛び出ていた。地面に着地すると、テールを抱えたまま素早く走り出す。
「テール」
「了解!」
テールがにやりと笑うと、持っていた杖を上に向ける。
「逃がしませんよ!」
ユメリアは叫んで走り出す。それを追うように警官たちも走り出した。しかし、テールの杖の石は強い輝きを放ち始めていた。
「バカヤロウ! 逃げやがれ!!」
ロジャーが叫んだ瞬間、辺りが白く光った。その強い閃光から視線を反らしている間に、ナイトメアとテールは林の中へと逃げていた。
***
「全く、油断するなと言っただろう」
「まさかど真ん中に落とし穴があるなんて思わないもん!」
抱えられたテールはナイトメアの言葉にむっすりとした表情で言葉を返す。そんなテールを見てナイトメアは大きなため息をついた。そのとき、ナイトメアの目に一人の人物が映った。
「……ん?」
「あー、お前ら。とりあえず、止まれ」
と、やる気のない声でナイトメアとテールに声をかけたのはシルヴァだった。疲れたようなため息をついて、頭をぼりぼりと掻いている姿には、二人を捕まえようとする雰囲気は感じられない。ナイトメアが足を止めると、テールはナイトメアから降りた。
「あら、珍しいわね。いつもなら、あの探偵見習いの子と一緒なのに」
「お前らがどうせ罠を抜けることぐらいわかってる。なら、最初からこっちにいたほうが早い」
「へぇ。何か、名探偵みたいな口調ね」
「普通に考えたらそれぐらいわかるだろう」
そしてシルヴァは首を軽く回して「あー……」とやはりやる気のない声を上げる。シルヴァの手には、縄があった。
「悪いが、捕まってもらう。じゃないと、俺もグダグダ言われるからな」
「それは無理な相談だな。それに、お前が俺たちを捕まえられるとは思えない」
「やっぱり甘く見られてるわけか……あー、マジで面倒だ」
そう言って、シルヴァは縄をナイトメアたちに向けて投げた。テールがその縄を杖に巻きつかせた。
「あら、この程度?」
「舐めるな」
シルヴァがぐっと縄を引っ張ると杖どころかそれを持っていたテールも体ごと持っていかれた。
「うわぁ!?」
「テール!」
それでも杖を離さなかったテールは、地面に叩きつけられた。シルヴァは縄を引き回収すると、次はナイトメアに向かって投げる。ナイトメアはそれをナイフで切ろうとするが、縄はまるで生きているかのようにナイトメアのナイフを避けた。
「まさか、こんな芸当できる奴だったなんて考えてもなかったな」
「なかなか見れねぇぞ。鑑賞料でも取ってやろうか」
「誰が払うか」
にやりとナイトメアは笑うと、シルヴァに向かって走り出す。シルヴァもナイトメアに向かって走り出し、衝突するぎりぎりでスライディングをした。
「なっ」
「足元がら空き」
シルヴァの蹴りが当たるとナイトメアはバランスを崩し、シルヴァはその隙を見逃さずに縄をナイトメアの足にかけようとした。しかし、
「Three!」
テールのカウントダウンはいつの間にか終わっていた。桃色の光がシルヴァの目に入ると、後ろから強く殴られたかのような痛みを感じた。これも奇術か、とシルヴァはぎりぎりと歯を食いしばる。
「っ……!」
「私を忘れるなんて、いい度胸してるじゃない。『ゴールド・アイズ』さん?」
不敵な笑みを浮べるテールが目に入ると、シルヴァの意識はフッと消えた。
「テール、少しやりすぎじゃないか……? 眠らせるだけで良いだろう」
少しあきれたような顔をしてナイトメアは倒れているシルヴァを見た。テールは奇術で眠らせただけでなく、後頭部を杖で強く殴ったのだ。
「そんな事ないわ。また起きられるのも困るし、何より私を忘れたのよ!」
「……そこか」
「そこよ! そんなことより、さっさと件を取りに行きましょう!」
テールが走り出そうとすると、茂みの中から影が現れた。
「……どうやら、お出ましらしいな」
そこに現れたのはカイル。その瞳はあたりの暗闇よりもさらに深い闇色のようだった。
「お前が、怪盗ナイトメアか」
「ああ」
カイルが尋ねるとナイトメアは頷く。すると、カイルはにやりと笑って剣を構えた。
「この剣を、奪うつもりか。俺から……俺たちから」
「……」
「誰であろうが、この剣を奪う者は」
カイルは飛び出しナイトメアに剣を振る。その剣をナイトメアはナイフで受け取った。
「許さない」
「許されるつもりは、元からないさ」
ナイトメアは剣を押して、何とかカイルとの距離をとった。しかし、カイルは再びナイトメアに向かってくる。
「ナイトメア!」
「下がれ、テール!」
駆け出そうとしたテールに叫び、ナイトメアはカイルの剣を避けた。剣舞用の剣は本来物を斬るためにないのだが、カイルの剣は完全にナイトメアを斬ろうとしていた。
「なるほど、それも石の力か」
「石? ……ああ、この石のこと」
ナイトメアの言葉に意外そうな反応をして、カイルは宝飾の石に触れる。石は緑色の輝きを放っていた。
「元々剣についていてね。へえ、この石のおかげなんだ」
「何も、知らないのか」
「ただ、俺たちはこの剣を手に入れただけさ」
俺たち、という言葉にナイトメアははっと目を開いた。
「テール、逃げろ!!」
「えっ」
テールの後ろの茂みから、もう一人の少年が現れる。テールが振り向くと、少年――ロイドはテールの腕を掴み動きを封じた。ロイドはそのままテールの首の後ろに手刀を入れた。
「っ!?」
「テール!」
「安心しろ、ナイトメア。俺たちの目的は、お前だけだ」
カイルはにやりと笑う。ロイドはテールを地面に落とした後、自らも剣を構えた。ロイドのその剣にもカイルのものと同じように、緑の石が輝いていた。
「二つ……?!」
そして、カイルとロイドは同時にナイトメアに襲い掛かる。ナイトメアは跳躍し、その場から回避した。二人の剣がぶつかり合い、その音が響く。
「誰も……認めてくれないんだ。この剣しか、俺たちを認めてくれない」
「いくらやっても、誰も……。でも、これは違う」
二人は剣を構えながら言葉を続けた。
「この剣さえあれば、全てが認められる気がするんだ」
「強く美しく、舞えているって、認められるんだ」
再び二人はナイトメアに向かって走る。ナイトメアは後ろに下がりながら剣先を避けるが、このままでは埒が空かないと気付いていた。ナイトメアは場所を変えるため、茂みの中へ走り出した。カイルとロイドもそのナイトメアの背中を追って茂みに走り出す。
***
幼い頃から両親が剣舞をする姿を見ていた。カイルもロイドもそんな両親の姿に憧れて、剣舞の道を目指していた。
「まだだ」
何度舞っても、二人は両親を満足させるような舞はできなかった。気付いた時には、自分たち自身が満足できなくなっていた。何度も何度も舞い、何度も何度も両親に確認をした。
「……もう、十分だ」
一度、彼らの師匠である父親が驚いたような顔をして言った事があった。父親は微笑み二人を褒めたが、カイルとロイドは満足していなかった。それからすぐに二人は家を出て剣舞の技術を上げるための旅に出た。
その旅の途中、二人はある剣と出会う。それこそ今彼らの持つ剣であった。カイルはその剣を持って感じた。
「俺を、認めてくれるのか……?」
まるでカイルの言葉に答えるように緑の石がうっすらと光る。ロイドが手にした剣の宝飾も、カイルの剣と同じように淡く光った。
***
「くそ……たちが悪いな」
ナイトメアは茂みの中を走りながら、小さく零す。
カイルの剣の石がロイドの剣にも力を与えているらしく、二人の剣は本物の剣に近いものとなっていた。傷つけられたら、ただではすまないだろう。
「逃げるな、ナイトメア!」
追うカイルが叫ぶ。ちらりと後ろを見てナイトメアは小さく舌うちをした。そのとき、ナイトメアは足元に何かが落ちていることに気付いた。それは、カズヤが先ほど落とした竹刀。
「そこまでだな、ナイトメア」
余裕の表情を浮べてカイルは剣先をナイトメアに向ける。ナイトメアは竹刀を手にして、カイルとロイドに向けた。ナイトメアの金の瞳が、二人を真っ直ぐに見つめていた。
「……何のつもりだ?」
「そんなもので勝てると思っているのか!」
「お前らは、何に認めてもらうために舞っているんだ?」
じっと見据えるナイトメアは二人に向かって静かに尋ねる。その言葉を聞いて、二人の表情から余裕が少し消えた。
「何だと?」
「そんな剣に認められて満足なのか」
「五月蝿い!!」
カイルは叫ぶと、剣をナイトメアに振る。大振りの荒れている剣をナイトメアは簡単に避ける事ができた。その隣からロイドも剣を振るが、その剣の振りは剣舞師の物とは思えないほど乱暴なものだった。
「誰かに認めてもらう、何かに認めてもらう、それが大切か」
「当たり前だろうが!」
ロイドが剣を高く掲げて振ろうとする。そのとき、ナイトメアはロイドの腹に蹴りを入れた。
「うっ!?」
ロイドの剣から手が離れ、ロイドは地面に倒れこんだ。剣の石から、光が消えた。ナイトメアは倒れたロイドを見た後、視線をカイルに向ける。金色の瞳が、輝いていた。
「この振りが、お前らの認められたものか」
「五月蝿い……五月蝿い!」
唸るように言って、カイルはナイトメアに向かって走り出す。ナイトメアも竹刀を構える。
「そんな剣で、斬れるものか!!」
再び余裕の表情が浮かんだカイルはナイトメアに剣を振った。しかし、カイルの目に想像もしない状況が展開された。
ナイトメアの持つ竹刀が、金に輝き始めた。光に包まれた竹刀は姿を変える。
「っ!?」
カイルは距離を置き、ナイトメアの持つ竹刀を見た。光が失われると竹刀は金色の刃の、細身の剣となった。
「どういう……」
「その石と同じ、呪いの力だ」
ナイトメアがそう言うと、カイルの剣を持つ手が振るえ始めた。
「呪いの力……、そんなものあるはずない!!」
カイルは自分に言い聞かせるように叫び、ナイトメアに向かって走り出す。しかし、ナイトメアは動かない。目を閉じて剣を構えたままである。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」
カイルが剣を振った瞬間、ナイトメアは目を開き、剣を振った。ナイトメアの剣はカイルの剣の石を貫く。
「なっ……!」
「終わりだ」
ぴし、ぴしぴし、と音がして緑の石から光が失われる。カイルの手から剣が落ちた。そして、カイルもがくりと地面に膝をついた。
「誰か、何か……確かに、認めてもらうにはそれも必要かもしれない」
ナイトメアは視線をぼんやりとしたカイルに向ける。
「だがな、『自分が自分を認めること』、それが必要じゃないのか」
「自分が……自分を…………」
カイルは小さく言葉を零す。そしてナイトメアはカイルの落とした剣を拾い、剣から石を取り外した。その石からはもう緑の色は失われている。
「この石は、頂くぞ。カイル・シュバリズ」
そしてナイトメアは石を手にして、そのまま茂みの中へと消えていった。
***
翌日。時刻は午前十時。場所は中央公園。
「すっごーい!」
きらきらとした瞳でユメリアはステージ上で行われている剣舞を見つめていた。
「でも、結局剣は盗まれなかったから……私たちの勝ちって事ね、シルヴァ」
「あー、そうかもなー」
ユメリアの隣に立つシルヴァはどうでもよさそうにユメリアの言葉に返事をする。その返事を聞いて、ユメリアはむっと表情を曇らせる。
「何よその反応。嬉しくないの? 剣を守れたこと」
「どうでもいい」
「はぁ?!」
「あー、五月蝿い五月蝿い」
そんなユメリアの怒鳴り声も、昨日テールに殴られた後頭部に痛く響く。そして、シルヴァは視線をユメリアからステージ上の少年剣舞師に向ける。二人とも表情は真剣で、そして舞う剣は強く美しいものだった。
「……」
剣を見つめていたシルヴァの表情が、わずかに鋭くなる。先日見たカイルの剣を思い出しながら、小さく首をかしげる。
「あの剣、何か違う……?」
「え?」
「いや、何でもない」
気のせいだ、と自分に小さく言い聞かせてシルヴァは二人の剣舞を見た。
そして剣舞が終わると、カイルとロイドはステージから降りた。
「お疲れ様です」
「あ、喫茶店の兄ちゃん! それに刑事さん!」
ジーンの声を聞いて、カイルはぱあっと表情を明るくさせた。そのジーンの隣にはカズヤもいた。その姿を見て、ロイドも表情を柔らかくする。
「刑事さん……先日は、ありがとうございました」
「い、いえ。自分は何もしていません……」
「そんなことないですよ。刑事さん達の努力のおかげで、この剣もここにあるわけですし」
にこりと笑ってロイドが言う。
「本当にありがとうございます」
「そんな……」
戸惑うカズヤに双子はにこにこと微笑んでいた。双子とカズヤの間に流れている微妙な空気を感じて、ジーンはふっと微笑み双子に持ってきた箱を渡した。
「それで、これ差し入れです」
「マジですかっ?! やったぜロイド!」
「いや、本当にありがとうございます! もしかして……」
「はい、サンドウィッチです」
「やった!」
ジーンが言うと、ロイドは小さくガッツポーズをした。そんな姿を見て一同は同時に笑った。
「あの、もしよかったら……また、この国にきてくださいね」
カズヤが言うと、ロイドとカイルはしばらく驚いたような顔をしたがにっこりと笑って「はい!」と頷いた。
「また、もっと腕を上げて戻ってきますよ」
にっと笑いカイルは言った。その表情は、自信で溢れて輝いていたのだった。