***
時刻は午後十時。
「One」
少女の声に、警備を担当している警官たちがはっと顔を上げる。が、どこにもその声の主が見当たらない。
「Two」
「いたぞ、屋根の上だ!」
一人の警官の声に、一斉に屋根の上に視線が集まる。そこには金髪のサイドテールをした少女――奇術師テール・クロスが杖を天に掲げていた。
「見るな! 閃光だ!!」
「Three!」
テールが叫んだ瞬間、警官たちが視線をテールから反らすが、何も起きなかった。閃光が放たれると思っていた警官たちが恐る恐るテールがいた屋根の上を見ると、そこには誰もいない。
「しまった、逃げられた!?」
「くそ、何処行きやがった、探せ!」
「裏口から入った可能性が高いぞ!」
何人かの警官が残って、館の周りを捜索が始まった。玄関前を見張る若い警官二人も辺りを気にしてきょろきょろと見渡していた。
「一体何処へ行ったんだ、奇術師は……」
「まだわからない。それに怪盗も姿を出していないし」
そんな会話を交わしていたとき、一人の制服警官が声を上げた。
「おい、あっちに怪盗がいたぞ!」
「何?!」
「行くぞ!」
二人はそのまま声を上げた警官の指さす方へ走り出した。その背中を見送り、制服警官はにやりと笑う。
「全く、警備が甘いな」
そう呟き制服警官が警察帽を外すと、その姿は怪盗ナイトメアの姿となった。正面玄関の前に怪盗がいるその光景は、端から見ると異様なものである。
「何でわざわざ正面から入るの? どうせトラップが仕掛けられているでしょ」
テールが木の陰から姿を現し、ナイトメアの隣に立って尋ねた。
「どちらかと言うと、正面突破の方が楽だからな」
「つまり、こそこそ入るのが面倒ってことね」
「それもあるが……」
と、ナイトメアが呟くと後ろに人の気配がした。小さく鼻で笑いながら振り向くと、銀色の髪を風で揺らすレイラの姿があった。
「こちらをさっさと片付けられるかと思ったからな」
「なるほど……ね。じゃ、私が担当させてもらおうかしら」
そう言ってテールもレイラのほうを向く。レイラの顔は何の感情も表していないのに対して、テールの顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「いいのか?」
「もちろん。いつかのリベンジ、って奴よ。オーケー?」
「任せた」
ナイトメアがテールに背を向ける。ナイトメアは館に、テールはレイラに向かって、同時に駆け出した。
館に入ると、全くと言っていいほど警備の警官がいなかった。室内は薄暗く、照明は一つも点いていない。警備されている様子どころか、人がいる様子すら感じられなかった。
「……トラップも無し。何だ、この状態は」
「館の中に警官は入れなかったからな」
薄暗い廊下の奥から、ナイトメアの呟きに答えたのはシルヴァだった。じっと金の瞳が、ナイトメアを見つめている。
「けれど、お前は入れたのか? 『ゴールド・アイズ』」
「入れたと言うよりは勝手に忍び込んだ感じだな」
「なら、俺を咎める権利はないだろう」
「仕方ないだろ。何処かの誰かさんが盗みをしようとするのを止めようとするためだ」
シルヴァがそう言うと同時に、二人の間にしんとした空気が流れた。お互いに見つめあい、沈黙が続く。しかし、その沈黙を破ったのはナイトメアだった。
「悪いが、先に行かせてもらう」
たん、と跳躍してナイトメアがシルヴァの後ろの通路に向かって走ると、シルヴァは隠し持っていた縄をナイトメアに向かって放った。
「そうはさせねぇよ!」
縄がナイトメアの腕に絡まり、動きが止まった。縄は簡単にほどけるような状態でもないし、ナイフでは切れそうにない。ナイトメアは縄を持つシルヴァを睨むように見た。
「珍しいな、お前がここまで俺を捕まえようとするのは。何か理由があるのか?」
「ああ、まあな」
シルヴァはぐっと縄をぐっと引き寄せたが、ナイトメアはぐっと動かないように耐えた。
「お前は何の目的で、盗んでいる?」
「……そこを考えるのが探偵、じゃないのか?」
そう言ってナイトメアは縄が絡まった腕を振り下げると、シルヴァはバランスを崩しかけ、縄を持つ手の力が緩まった。その隙にナイトメアの腕は縄から解放されて、再び二人の間に距離が開いた。
「別にお前は俺が盗む理由なんて考えなくてもいいだろう? ただ、俺を捕まえればそれでいいはずだ」
「確かにそうだ。けどな、俺は一度気にしたら気になる性質なんだよ!」
シルヴァが放った縄をナイトメアはナイフで避ける。しかし、シルヴァの縄はそれだけではなく、もう一本がナイトメアの足に絡まった。
「何っ?!」
「油断大敵」
足元のバランスを失い、ナイトメアは床に叩きつけられる。その瞬間に、シルヴァの縄はナイトメアの両腕にかかった。
「くっ……!」
「さあ、理由を吐いてもらおうかナイトメア。ついでに、お縄についてもらうぜ」
「俺を捕まえるのが、ついで、か……面白い奴だな」
ナイトメアはフッと笑みを浮かべる。その笑みの意図が読取れないシルヴァは縄を引いたまま、ナイトメアを睨んだ。
「俺がただ言うのも面白くはない。お前の推理って奴を聞かせてもらおうか」
「……お前が盗むものは、価値があるものとは言えない。盗むものの法則も何もないように見える」
歌手のネックレス、少年のピアス、剣舞師の剣の宝飾、そして造花。それに価値があるとも、法則性があるとも思えない。ただ、宝石というだけだ。
「ただの宝石が欲しいなら、もっといいものがいくらでもある。それなのに、お前は何でそんなものを狙う?」
その問いに、ナイトメアは答えない。シルヴァから目を反らすこともなく、ただじっとシルヴァの言葉を待っているようだった。
「……仮に、それがただの宝石じゃない場合だ」
まだ確信を抱けていないように、シルヴァは言葉を続けた。
***
「相変わらず動きがお早いことで!」
一方、玄関前ではテールとレイラの攻防戦が行われていた。レイラの素早く力強い蹴りを、なんとか、と言った様子でテールは避ける。テールも反撃と言わんばかりに地に手をついて回し蹴りをするが、レイラはバク転をしてテールと距離を開けた。
「全く、『魔術』が通じないことを良いことに……」
ちっ、と舌打ちをしてテールは呟く。自分の『魔術』が効かないレイラには近距離でしかダメージを与えられないが、それ以上にレイラの攻撃が上である。本来なら『魔術』で遠距離戦を仕掛けたいところだが、レイラには『魔術』が効かないので意味がない。つまり、現状はテールにとって不利なのである。
「…………」
レイラは何も言わず、テールをじっと見つめている。その顔に映る感情が読取れないテールは内心苛々していた。
「あなた、どうして私の術が効かないの?」
「……」
「あなたは……『あの事件』の関係者なの?」
テールの問いに、レイラは何も答えない。レイラが一歩足を踏み出し、テールに駆け出そうとしたとき。
「奇術師がいたぞー!!」
警官の声に、レイラの動きが止まる。テールは苦い顔をして、窓ガラスを割って館内に飛び込んだ。走ってくる警官たちの波に流されず、レイラはその場に立ち止まったままだった。
「ああもう! リベンジ失敗じゃないの!」
テールは苛立ちをあらわにした様子で叫び、館内を駆け出した。
***
「ただの都市伝説だ。『魔法の石』、と呼ばれるものがあるらしい」
それは、物語の世界に出てくるもの。それは、この世には存在しないと言われるもの。
「それには強大な力が秘められていて、持ち主の願いを叶えると言われている」
誰もが一度は聞いたことのある架空の存在。それを、目の前の『名探偵』が語り始めている。ナイトメアは金の瞳を真っ直ぐに、シルヴァに向けたままに彼の『推理』を聞いていた。
「そんなものは存在しない。当たり前だ、魔法なんてこの世にはない」
シルヴァの言葉に少しずつ確信のようなものが帯びてきている。
「だが、それが実在するとしたら? それを、お前が盗んでいるとしたら」
ナイトメアは黙ってそのシルヴァの言葉を聞いている。肯定も、否定もせず。
「お前は一体、何を望んでいる?」
「……ふ」
問いを聞いて、ナイトメアは目を閉じて鼻で笑った。
「俺は推理を聞くといった。問いをされる覚えはない」
「推理、ねえ。別に推理でも何でもないだろ。これはただの、推測だ」
「どちらにしろ、お前が訊いてどうする?」
「さっきも言っただろ。俺はお前を捕まえるどうこうよりも、何故盗むかが知りたいだけだ」
シルヴァは縄を握る手の力を強めて、ナイトメアに近付く。
「で、どうなんだ? 怪盗ナイトメア」
「悪いな」
ナイトメアはそう言って、縛られた足を軸にして、もう一方の足をシルヴァの腹に蹴りこむ。
「うっ?!」
「……油断大敵だ、シルバルヴァ・ゴードン」
シルヴァの手の力は緩み、縄が床に落ちた。その隙にナイトメアは立ち上がって、縄をほどいた。倒れるあと一歩、というところでシルヴァは何とか立っていた。
「てめ……、案外やってくれるな」
「伊達に怪盗じゃないからな。お前の推理は面白かったぞ、シルヴァ」
ナイトメアが言った瞬間、シルヴァの視界からナイトメアが消えた。何が起こったかわからなかったシルヴァの首の後ろ側に強い衝撃が走る。ナイトメアの手刀がシルヴァの首に入ったのだ。
「なっ、に……?!」
そのまま意識が闇に落ちる手前、シルヴァが背後を見ると、いつの間にかナイトメアがそこにいた。その表情は、何故か申し訳なさそうなものに、見えた。
***
「ナイトメアは、まだみたいね」
マリオンの部屋の前にテールは立っていた。ナイトメアとシルヴァが戦っている場所とはまた別のルートで部屋に向かったテールは、辺りにナイトメアがいないことと罠が仕掛けられていないことを確認してじっと扉を見つめた。部屋の奥に人の気配と、もう一つ別の気配を感じた。
「……ある」
確信したテールは、ドアノブを握って勢いよく扉を開いた。その瞬間、テールの目の前に青色が広がった。
「何……?!」
***
シルヴァとの攻防を終えたナイトメアはマリオンの部屋の前に辿り着いた。そこからは、異様な気配が発せられているようだった。何も言わず、じっとその場で立っていると、扉がゆっくりと、ひとりでに開かれた。
「……待ちかねたわ、ナイトメア」
暗い部屋の奥に居たのは、マリオン・ローズメイル。その表情は感情が失われたようで、虚ろなものだった。
「マリオン・ローズメイル。その『青薔薇』を頂く」
「あら、それは無理な相談ね。私には、これが必要なの」
その言葉を聞き、ナイトメアは一歩部屋に踏み込む。瞬間、ナイトメアは辺りに何かを感じた。
「……何をした」
「何? ああ、これのことかしら」
マリオンがぱちん、と指を鳴らすと部屋にぼうっと青い光が灯る。
そこに現れたのは薔薇の蔓のようなものに体を宙に縛られたナタリヤとテールだった。二人は深く目を閉じて、だらりと頭を下げている。
「テール! ナタリヤ!」
「何で私がこんなことをしているか、わかるかしら。怪盗ナイトメア」
マリオンの余裕のある表情に、ナイトメアは怒りを露わにした金の瞳でマリオンを睨む。マリオンはそんなナイトメアに一切動じず、言葉を続ける。
「私はね、若さが欲しいの。美しさが欲しいの。わかるかしら? ああ、あなたにはわからないわね。だって、男だもの」
くすくすと笑いながら、マリオンは縛られているナタリヤの頬に触れる。ナタリヤの顔は本来の若さを失って、皺が寄っていた。そんなナタリヤの頬を愛でるように指でなぞるマリオン。
「でも、男ならわかるでしょう? 若く、美しい女が欲しくなる気持ち。どんな男も一緒。若くて美しい女じゃないと目が行かないのよ」
「お前は男に見てもらいたいのか」
ナイトメアが問うと、マリオンは小さく首を振った。
「いいえ。私が見て欲しいのは……あの人だけだった。けれど、あの人も結局、若い女の元に行った。だから、私は若さを求めるの!!」
ナイトメアの目の前に青色の光が広がる。その光は、薔薇の蔓だった。それは蛇のようにずるずると鈍く動いている。あと一歩、というところでナイトメアが蔓を避けると、マリオンが『青薔薇』を持って高笑いを上げた。
「ねえ、あなたにも力があるんでしょう……私に若さを与える力が」
動く蔓という予想外のものに、ナイトメアは相手の動きを待つ。ナイトメアの様子を見てマリオンは少しずつナタリヤからテールに近付く。それを見て、ナイトメアは叫ぶ。
「テールに触れるな!」
「ふふ、そんなにこの子が大切なのかしら。でも、こちらにだけ集中していていいのかしら」
マリオンが言った瞬間、ナイトメアの腹部に衝撃が襲い掛かった。その勢いのまま、壁に叩きつけられ、体中に蔓が回る。完全に油断していたナイトメアは、ぐっと奥歯を食いしばった。
「ナイトメア、あなたに邪魔はさせない。私には、これしかないのよ」
マリオンはゆっくりとナイトメアに近付き、その頬に触れた。マリオンの手は、人の手とは思えないくらい冷たいものだった。
「あなたから強く力を感じるの。そう、目元……」
マリオンの細い指がナイトメアの左の目元に触れられ、それから眼帯に向かう。
「ねえ、……その眼帯の下には、どれぐらいの力を秘めているのかしら?!」
眼帯を握り、そのまま引っ張ってナイトメアから外した。マリオンは勝利の笑みを浮かべ、ナイトメアはじっと金の瞳でマリオンを見つめていた。