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時刻は午後九時五十九分。場所はゴーディア邸近くの雑木林。
「ったく、アリアのやつ……」
ジーンは眉間に深い皺を寄せながら、館の様子を見ていた。警備は今までよりもかなり厚くされているようだが、警備員の表情はやけにやる気がない。それも仕方ないだろうと、ジーンも大きく息を吐いた。
予告状に書かれている『最高の秘宝』など、ジーンは知りもしなかった。もちろん、アリアもそんなものがあの館にあるのかどうか知らないのだが、
「一番警備が厚そうな所にそれっぽいものがあるわ。それを先に盗んだ方が勝ち」
などと言い出して、さっさとどこかへ行ってしまったのだ。アリアがどの様に先手を打つのか予想もできないジーンは空を見上げながら何度目かのため息をついた。
時刻は、午後十時。
どーん、という大きな爆発音がゴーディア邸から響く。どうやらアリアが……テールが動き出したらしい。どうしたものか、と思いながらジーンは眼鏡を外してナイトメアの姿となった。
一方のゴーディア邸では。
「ななななななな、なんだぁ?!」
「お、落ち着いてください! ここの警備は万全ですから!」
大声を上げるゴーディアに対して、カズヤも声を上げる。しかし、そんなことで安心するはずもないゴーディアはカズヤをギロリと睨んで、ぎゃあぎゃあと怒鳴った。どうして自分がこの人の担当になってしまったのか……とカズヤは少し悲しくなっていた。
そのころ外では現れた奇術師テール・クロスに警備員たちが翻弄されていた。
「どっきなさーい! 邪魔よ、邪魔よー!!」
テールはそう叫びながら杖を前に向ける。その瞬間、白い光が放たれて爆発が起きた。爆発、とは言っても炎が起きるようなものではなく、白い粉のような煙が舞っている。
「私を止めれると思うんじゃないわよー!! おーっほっほっほ!!」
恐ろしいほどのハイテンションのテールに、警備員たちも引いていた。もちろん、その中にはロジャーとナタリヤ、シルヴァの姿もあった。
「ど、どうしたんだ、あの奇術師……」
「まるで、吹っ切れたユメリアみたいですね」
「いや、ユミィよりもひどいぞ、あれ」
テールはジャンプし、まるでフィギュアスケートのようにくるくると回転しながら術を発動させていた。ぱんぱんぱん、と乾いた音がすると、辺りに煙幕が張られた。しまった、と三人が思ったときには辺りは白い光に包まれていた。
「……これはひどい」
それから数分後、ナイトメアが同じ場に立って呟いた。その場はまるで戦場の跡のように、多くの警備員たちが倒れていて、本来なら美しいであろう庭がぼろぼろになっていた。もちろん原因は、あのハイテンションすぎたテールである。
「な、ナイトメア……」
その時、ナイトメアの足元からかすれた声がした。ナイトメアは慌てて跳躍して、その場から距離を置いた。先ほどまで自分がいたところには、うつ伏せに倒れているシルヴァの姿があった。
「し、シル……ヴァ?」
「ちょ、っと……こ、来い……」
震える手で手招きされると、なかなか断り辛いものが生まれる。しかし、自分は怪盗で相手は探偵。そう考えると近づけないのだが、シルヴァはゆっくりと顔を上げて声を搾り出した。
「あん、し……しろ……。この状態、で……お前を、つ、かまえる……つもりは……ない……」
「そ、そう、だよな……」
やけにシルヴァの体はぼろぼろだし、声を出すのも精一杯といった状態である。そしてナイトメアはシルヴァの元に駆け寄り、しゃがんでシルヴァの話を聞くことにした。怪盗が倒れている探偵の話を聞く姿というのは、なかなかシュールなものである。
「たの、む……」
「え?」
「きじゅ、つ……し、を……止めてくれ……」
泣きそうな声で、シルヴァは言う。気が付けば、シルヴァがナイトメアの手に自分の手を重ねている。
「わかっている」
むしろ、そのために自分は来た。シルヴァの手をぎゅっと握ってナイトメアは強く頷いた。なんともシュールな光景。そんなことにも気づかずに、ナイトメアは何かの使命感に燃えていた。そしてシルヴァの手をそっと地面に置いて、ナイトメアは館に向かって走り出した。
「頼む、ぜ……」
走りゆくナイトメアの背中を見て呟いた後、シルヴァの意識は闇に落ちた。
***
その頃、館内では。
「や、やけに外が静だが……」
「そう、ですね……」
部屋にいるゴーディアとカズヤは外の静けさを不気味に思っていた。つい先ほどまでは爆発音のような音と叫び声が絶えず響いていたのだが、今は全く音がしない。
カズヤは窓にしっかりと閉められているカーテンを少しだけ開けて、外の様子を見た。が、外は照明をつけていたはずなのに真っ暗になっていて状況が把握できなかった。
「どうなっているんだ……?」
目を凝らしてやっとわかったのは、多くの人が倒れていることだけだった。カズヤは小さく頷いて、ゴーディアの方を向いた。
「ゴーディアさん、ここに居てください」
「何……?」
「多分、怪盗と奇術師がこの屋敷に侵入したと思われます。僕は、外にでてこれ以上の侵入を防ぎます」
「ちょ、ちょっと待て!」
と、ゴーディアが止めようとしたが、カズヤは部屋を飛び出していた。が、
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」
扉の向こうからカズヤの泣き叫びのような声が響く。ゴーディアはカズヤを止めようと手を伸ばしたまま固まっている。
「あのシステム表にも載せていない、トラップがあると言おうと思ったのだが……」
ゴーディアの小さな呟きは誰にも届かない。そしてゴーディアは小さく息を吐いた後、部屋を出た。警備システムは、ゴーディアが通るときのみ作動しないようにしている。そのため、ゴーディアは一切罠にかかることなく目的の場所に辿り着くことが出来た。
「……どうやら、無事のようだな」
ほっと安心したようにゴーディアは息をつく。そこは、あの重い扉の金庫の前だった。そして、ゴーディアはその扉を開いて中身を確認した。
「みーつけた」
ゴーディアの後ろから声がする。はっとゴーディアが振り向くと、そこには奇術師テール・クロスの姿があった。
「なっ、何故……?! 私の警備システムは完璧……」
「あんなの、全部ぶっ壊したわよ」
おろおろとしたようなゴーディアの言葉に対して、テールは鼻で笑いながら答えた。あまりにもあっさりと答えた少女の姿は、ゴーディアにとってまるで鬼のように見えた。
「さぁて、あんたのお宝頂くわよぉ……」
「待て!!」
テールがゴーディアに歩みだした時、テールの背後から声が飛んだ。そこには、ナイトメアがじっとテールを見据えて立っている。
「ちっ、来たわね」
「お前が勝手に予告状を出してくれたおかげでな」
ぴくぴくと引きつった笑みを浮かべながら、ナイトメアはテールに言う。一方のテールは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。ゴーディアは全く状況が把握できていない。
「まあいいわ、このお宝は私が頂く!」
「やめてくれぇ!!」
「やめろテール!」
走り出したテールはゴーディアの後ろにある宝に向かって手を伸ばした。しかし、テールの目の前にはいつの間にかナイトメアが現れていた。
「なっ?!」
「お前はっ」
ナイトメアはテールの伸ばされた手首を掴み、そのまま強引に引っ張り自分の元に引き寄せた。そしてナイトメアはそのままテールの真正面で怒鳴った。
「何がしたいんだ!!」
「勝負するって言ってるでしょ?!」
「だからって、こんな形があるか!」
「何よ! なら最初からしないって言えばよかったじゃない!」
「言わせなかったのはそっちだろうが!」
ぎゃあぎゃあとゴーディアの目の前で、怪盗と奇術師の大喧嘩が繰り広げられる。ゴーディアはぱちぱちと瞬きをして、目の前の状況を見つめている。が、次の瞬間、ナイトメアが掴んでいたはずのテールの姿が消えた。
「何?!」
「なっ!」
「油断大敵!!」
ナイトメアとゴーディアの後ろから、つまり金庫のすぐそばから声がした。二人が振り向くと、そこにはテールがにやりとした笑みを浮かべて立っている。
「私の勝ちね」
そして、テールの手には輝く宝石のようなものがあった。それを見たゴーディアの顔が真っ青になる。
「あああっ、わ、私の、たっ、宝が!!」
「あれが?!」
「ゴーディア・ジョフィアーズ。あなたの宝、頂くわよ」
ウインクをして、テールはゴーディアに言う。テールはそのまま部屋にある窓から逃げようとし、ナイトメアはそれを追いかけようとした。ゴーディアの言葉を聞くまでは。
「私が『盗んだ』宝が!!」
「……え?」
突然の言葉に、テールが素っ頓狂な声を上げて、ナイトメアは目を大きく開いてゴーディアの顔を見た。ゴーディアは「あっ」と口をふさいでいたが、時は既に遅かった。テールはナイトメアの横を通り過ぎて、ずかずかとゴーディアの目の前に立った。
「どういうことよ?」
ゴーディアを睨み飛ばすような視線で、テールは尋ねた。いや、むしろ答えろと強要しているようだった。
「な、なんの……」
「何のこととは言わせないわよ、成金オヤジ。あんた、今、これのことを『盗んだ』って言ったわよね?」
「いや、だから、その」
「さっさと吐きなさい。さもないと」
そう言って、テールは杖をゴーディアに向ける。ゴーディアが「ひぃっ」と裏返った声を上げて、ナイトメアの方を見た。
「たっ、助けてくれ! あ、あんたさっきこいつを止めていただろう?!」
「まあ、止めてはいたが」
ナイトメアはふう、と息を吐いてテールの隣に立った。ゴーディアはほっと胸をなでおろしたような顔を浮かべた。しかし、
「これは、詳しく事情を聞く必要があるようだな」
そのナイトメアの一言で、ゴーディアの顔は再び真っ青に染まるのだった。