***

 

 それはゴーディアが若い頃だった。当時の彼はまだ今のように金を持っておらず、とある家で使用人として働いていた。使用人と言っても、雑用ばかり任されるような下っ端だったが。

 そんなゴーディア青年はある日、その家の犬の世話を任された。ゴーディアが働いていた家は裕福な家であった為、犬の世話というのも普通の犬の面倒を見るのとは話が違った。食事も一々気にしなければならなかったし、散歩も自分が犬を抱えて歩き、入浴の世話も見なければならなかった。

その時、ゴーディアはその犬の首輪に目をつけた。犬の首輪はごちゃごちゃと宝飾がついていた。様々な色の宝石は、ゴーディアの瞳の中できらきらと輝いた。

「……ひ、一つぐらい……」

 気が付くと、ゴーディアの手の中にはその宝石の一つがあった。ゴーディアは無意識の中でその石をポケットに入れていた。そして、その日の仕事を終えた。

「一つ、ぐらい……」

 借りていた小さなボロアパートに帰ったゴーディアは、石を机の上に置いて何度も何度もその言葉を呟いていた。そのときの彼は顔を真っ青にさせて、体を震わせていた。しかし、それは少しずつ落ち着いてゆき、最終的には自信に溢れたような笑みに変わった。

「そうだ、一つぐらいいいだろう? どうせ、奴らは金がいくらでもある……!」

 それは、彼の中にあった罪悪感が完全に消えた瞬間だった。ゴーディアは小さく肩を震わせ、それから大声を上げて笑った。壁が薄かったため、隣の部屋の住人に怒鳴られた。

 その翌日。彼は使用人をクビになった。原因は石を盗んだこと……ではなく、犬の部屋にわずかながらに埃が残っていたためだった。その家の主人はゴーディアが石を盗んだことに気がつかなくても、犬の部屋の埃には気づいた。

 途方に暮れるゴーディアではあったが、偶然友人が会社を興した。最初はその会社の手伝い程度で参加したゴーディアは、少しずつ友人の援助もあって立場を上げて、最終的にはその会社のトップに立った。しかも運がよく、その会社は波に乗ったのだ。そして、現在の彼に至るのである。

 

***

 

「つまり、だ! この石には大きな力が秘められている! だから私はこの石を……宝を盗まれるわけにはいかない!」

 最初は淡々と語っていたはずのゴーディアは、いつの間にか熱く自分の経歴を語り始めていた。額には玉のような汗を浮かべて、肩を揺らして呼吸をしている。

「も、もしかして! 貴様ら、この石にそんな大きな力が秘められていることを知って盗みに来たのか! ならば尚更盗まれるわけには行かない!! 誰かー! 刑事はいないのかぁー!!」

 ぎゃあぎゃあと外に向かって叫びだすゴーディア。そんなゴーディアに対して、テールは冷たい視線を送っていた。

「ったく……何なのよ」

 大きくため息を吐いて、テールは首を回す。そのたびに肩がごきごきと大げさな音を立てた。どうやら、かなり緊張した状態で話を聞いていたらしく、肩がこっていたようだ。

「何が楽しくて、こんなくっだらない話を聞かなくちゃいけないのよ」

「何だと……? 何がくだらないと言うのだ!」

 テールの小さな愚痴に、ゴーディアは強く反応した。ぎろりとテールを睨み、いつの間にかテールから取り返していた石をテールに見せ付けて叫ぶ。

「これには大いなる力がある! これを持ってすれば貴様らなど――」

「黙れハゲ!!」

 テールが叫ぶと同時に、杖が強く光る。それを見て、ゴーディアは「ひぃっ!」と裏返った声を上げて一歩下がった。ナイトメアは何も言わず、ただ大きくため息を吐いただけだった。

「そんな石に力があるですって? 仮にあったとしてもねぇ、人から奪ったもので成り上がってんじゃないわよ!」

「あっ、あぁ……っ」

 泣きそうな声を上げてゴーディアは一歩ずつ下がるが、とうとう壁にぶつかってしまった。一方のテールはゴーディアに少しずつ近づいていく。杖からは白い光が溢れ出ている。そして、テールの顔には引きつった笑みが浮かんでいた。

「この……勘違い成金オヤジ――――――ッ!!!!」

 

 どーん、という激しい爆発音が響く。

 

「なっ……なんだ……?!」

 爆発音で目を覚ましたシルヴァは痛む体で立ち上がる。ゴーディアの館から、もくもくと白い煙が上がっていた。

「まさか、奇術師が……!」

 やはりナイトメアには止められなかったのか、とシルヴァが思っていると館から誰かが出てきたのが見えた。影は二つ、そのうち一つは何か大きなものを抱えているようだ。

「……あれは……?」

 シルヴァの視界にはっきりと、ナイトメアとテールの姿が映った。テールは人間を肩で抱えている。その一歩後ろをナイトメアが申し訳なさそうな顔をして歩いている。

「ちょっと、『ゴールド・アイズ』」

「え?」

 やけに苛立った声でテールに名を呼ばれたシルヴァは素っ頓狂な声を上げた。その時、シルヴァの目の前にどすん、と何かが落とされた。それは、気絶しているゴーディアだった。右手には何かが握られている。

「これは……ゴーディア?!」

「そうよ。こいつ、どうにかして」

「……は?」

 言っていることの意味が解からないシルヴァは聞き返すが、テールは既に姿がなかった。それから視線を少しずらすと、呆れた顔のナイトメアがいる。

「おい、ナイトメア……これは、一体……」

「その男は盗みを働いたそうだ。詳しくは本人に聞いてくれ。……俺はもう、疲れた」

 言い終えると同時に、ナイトメアも姿を消した。何がなんだか、とシルヴァは自分の足元で倒れているゴーディアと、白い煙を上げている館を見比べた。

 

***

 

 後日。時刻は午後三時。場所は警察署・ナイトメア対策本部室。

 ゴーディアは自らの盗みについて警察に自白した。そして盗んだ石も警察に出した。

「しかし、ゴーディアはあの石に力があるとかどうとか言っていたが……」

「本当にそんなものがあるのでしょうか?」

 それぞれのデスクについてロジャーとナタリヤは紅茶を飲んでいた。先日のナイトメアの件に関しての報告書も出し終えたため、二人はゆっくりと午後のおやつの時間を楽しんでいた。

「さあな。まあ、あのオヤジが言う事だから、信憑性も何もないだろうけどな」

「そうですね……。では、あの石は一体……」

「先輩、ナタリヤさん!」

 その時、部屋に慌しくカズヤが入ってきた。しかしロジャーもナタリヤも大して驚いた様子もなく、カズヤの顔をぼんやりと見つめている。その様子を不思議に思ったカズヤは首を傾げて尋ねた。

「あの、どうしたんですか? とても、テンションが低いようですが……」

「そこは気にするな。で、どうした?」

 ロジャーがやる気なく続きを求めていると、カズヤは困ったような苦笑いを浮かべると話を続けた。

「その、ゴーディア氏の持っていた石についてですが」

「……あ?! あれはマジだったのか?!」

 てっきりゴーディアの処罰が決まったのか、と思っていたロジャーにとってカズヤの出した石の話題は想像もしていなかったものだった。ナタリヤも驚いたように瞬きをしている。

「いえ、その……簡単に言うと、ただのガラス玉でした」

「が、らす……玉……?」

「でも、確か盗み出したものだって……」

「あ、はい。実際にゴーディア氏が使用人として働いていたというお屋敷に尋ねたところ、犬の首輪についていた石が一つ足りないと言う事は言われていました。が、さすがに犬の首輪に本物の宝石はつけない……と」

「まあ、当たり前だな」

 ロジャーの言葉にナタリヤがうんうんと頷く。つまり、ゴーディアの言う大いなる力なるものはあの石に一切含まれていないのである。

「つまり、俺たちはたかだかガラス玉のためにテール・クロスにこてんぱんにされたって事か」

「しかし怪盗も奇術師も、あの石がガラス玉であることは知っているのでしょうか……?」

 ナタリヤが小さく呟いた、そんな頃。

「兄さん、できたよ!」

 ジーンとアリアのアパートで、アリアの明るい声が響いた。ジーンはそんな声を聞いて、少し心配そうな苦笑いを浮かべている。

「……ちゃんと、レシピは見たのか?」

「もちろん!」

 にっと笑うアリアのもつ皿の上には、パウンドケーキが乗せられている。

「さあ兄さん、食べて!」

「……ああ」

 恐る恐ると言った様子でジーンはケーキに手を伸ばす。砂糖と塩を間違えていないか、焼く時間を間違えて中身は生じゃないのか、それとも……などと考えながらジーンはケーキを一口食べた。

「……どう?」

 何も言わず食べ続けるジーンを見て、アリアは不安げに声をかける。ジーンはごくりとケーキを飲み込み、アリアを見つめた。

「美味しい」

「ほ、本当に?!」

「ああ。練習すればもっと美味いものになるぞ」

 ジーンが微笑みながら言うと、アリアの顔はぱあっと明るくなる。

「じゃあ、今度は一緒に作ろう!」

「ああ、そうだな。今度は少し難しいものにするか」

「うん!」

 こうして、壮大なスケールで繰り広げられた兄妹喧嘩は幕を閉じたのだった。

 

 

 

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