***

 

 時刻は午後十二時。場所はリュート学園の中庭。

「アリアさんが、ジーンさんと喧嘩?!」

 大きなユメリアの声で、木に止まっていた小鳥たちがばさばさと羽ばたいた。そんな様子を見てアリアはおろおろと辺りを見る。

「ゆ、ユメリアさん! 声が大きいです……」

「あっ、ごめんなさい。でも、全然想像しなかったようなことだったから、つい」

 口元を抑えながら謝るユメリアに、アリアは少し困ったような笑みになった。もしかして、相談する人を間違えてしまったのかもしれない、とも思いながら。しかし、ユメリアに朝から様子が違うことを気づかれてしまった以上、ここから引き下がることはできなかった。

「何でジーンさんと喧嘩しちゃったんですか?」

「その……兄が、私に対して『料理が出来ない』なんて言ってきて。私は、確かに料理が苦手な部分があると思うんですけど、『出来ない』とまで言われなくちゃいけない理由が見当たらなくって……」

「それはジーンさんが悪いですよ!」

 と、ユメリアは声を荒げる。同意がもらえるとなると、冷静さを取り戻していたアリアにも熱が灯った。

「そう、ですよね!」

「はい! 苦手って事は、克服すれば上手になる可能性があるんですよ! それなのに、『出来ない』なんていうのは、決め付けです!」

「本当ですよ! 私がせっかく料理しようと思ったのに、言い切らなくてもいいと思いませんか?!」

「思います! もう、激しく同意します!!」

 互いに熱く語り合い、いつの間にか二人とも肩で呼吸をするほどになっていた。そんなとき、ユメリアが一つの提案をした。

「こうなったら、ジーンさんに訂正していただきましょう!」

「訂正……でも、兄はそんな簡単に意見を変えないと思うんですよね」

 何だかんだ言って、ジーンも頑固な部分があり、一度決めたことはあまり変えようとしない。そんな兄に、どうやって認めさせれば良いのか解からなかった。

「多分、料理のことは兄のほうが遥かに上です。私がちょっとやそっと練習したくらいじゃ……」

「なら、別のことで勝負すればいいじゃないですか!」

「……勝負?」

 完全にスイッチが入ったユメリアは目をキラキラと輝かせてアリアの言葉に頷いた。

「そうです。勝負して、アリアさんが勝ったら今後『料理が出来ない』と決め付けずに、アリアさんにも料理をさせてもらいましょう!」

「なるほど……」

 そしてスイッチが入っていたのはユメリアだけではなかった。アリアも少し悪戯な笑みを浮かべ、にっと歯を見せた。

「そうですね。それは……とてもいい、考えですね」

 

***

 

 時刻は午後三時。

「そうよね……勝負、っていうのはいい考えよね……。でも、何で勝負すればいいかしら……」

 ぶつぶつと呟きながらアリアは家路についていた。顎に手を当て、真剣にジーンと何で勝負をすればいいか考えている。どうしたものか、と考えていた時、アリアの視界の端に何かが現れた。

「きゃっ?!」

 どん、と誰かとぶつかり、アリアは尻餅をついた。相手方もふらり、と体を傾けていた。

「気をつけろ、小娘!」

「す、すみません……」

 アリアが顔を上げて相手を確認すると、そこには一番関わりあいたくない人間がいた。

 ぶつかった相手はゴーディア・ジョフィアーズ。この街では有名な富豪の男だが、俗に言う成金というやつで、街の人間からは煙たがられている。と、いうのも何かと金にものいわせる態度がひどく、しかも暴力的な性格であるためだ。アリアもその噂を知っているため、なるべく関わらないようにしていたのだが、現在に至る。

「あーあぁ、もったいないなぁ」

 ゴーディアは大げさな口ぶりで言うと、ジャケットのボタンを一つ触った。

「折角、宝石で作ってもらったボタンだって言うのに……傷が入っちまったなぁ」

 つまり、今ぶつかった衝撃で傷が入ってしまった、と言いたいわけである。倒れたままのアリアを見下し、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「も、申し訳……ありません」

「んー? 謝ったところで、どうにかなるのかねぇ? 謝って済むなら、警察なんてこの世には無いんだけどなぁ」

 最悪だ。できるものなら一発ゴーディアの腹でも殴って逃げ出したいところなのだが、もちろんできるはずもない。アリアはゆっくりと立ち上がってゴーディアに深く礼をした。

「お詫びは、したいのですが……私は、その様な高価なものを弁償できるほどのお金はありません」

「はぁ? 金がないだぁ?」

 アリアがゆっくりと顔を上げると、ゴーディアはアリアの頬を手で掴み、顔を引き寄せた。上から下から、アリアの全身を見たゴーディアは歯を見せてにやりと笑う。ゴーディアの前歯についている金歯が光った。

「なら、働け」

「……は?」

「私の家で、メイドとして働け。それぐらいして、この宝石の弁償をしてもらおうか」

 何を言ってるんだ、このオッサンは。アリアの苛立ちは頂点に達していたが、ここで何かをしたら自分が不利になっているのは見えていた。どうやってこの状況から逃げ出そうか、と考えていた時だった。

「あ、悪い」

 やる気の無い声が聞こえたと同時にゴーディアの体が傾く。ゴーディアの手の力が緩んだ隙にアリアが横に避けると、ゴーディアはうつ伏せに倒れた。

「がっ?!」

 ゴーディアにとどめ、といわんばかりに背中に足を押し付けたのはシルヴァだった。突然現れたシルヴァにアリアは驚きを隠せなかった。

「し、シルヴァ……さん」

「よう、アリア。今日は一人で帰りか?」

「え、ええ……」

「貴様!! 早くその足をどけろ!!」

 シルヴァの足元から、ゴーディアの怒声が聞こえる。が、シルヴァはそんな声を無視して、アリアの方を向いたままだった。

「シルヴァさんは、どうしてこっちに……? お家は、反対側ですよね……」

「あー? 何だ、気分転換ってやつだ。ついでに、虫退治」

「虫だと?! それは私のことか!!」

 ゴーディアが叫ぶが、やはりシルヴァは無視を続ける。それどころか、ゴーディアの背中に押し付ける足の力を強めてゆく。「痛い痛い痛い!!」と叫ぶゴーディアに対して、シルヴァの顔は何の変化も無かった。いつも通りのやる気の無い疲れたような顔をしている。そんなシルヴァと、下で痛がるゴーディアを見てアリアはどうすればいいのかおろおろとしていた。

「帰るなら、一緒に帰るか?」

「え?」

 シルヴァに声をかけられて、アリアはシルヴァの方を向く。ふあ、とシルヴァはあくび混じりに言葉を続けた。

「どうせ俺も帰りだ。方向も一緒だし、変な虫もいるからな」

 そう言うと、思いっきりゴーディアの背中を踏んだ。再びゴーディアから悲痛な叫びが上がるが、アリアも気にしないことにした。

「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて」

「ああ」

 そしてシルヴァはようやく足を離してゴーディアに背を向けた。ゴーディアは慌てて立ち上がり、自分の全身を見る。

「あああ! 私の高級生地でできたスーツが砂まみれに! その上、この宝石で出来たボタンがぁ!! き、貴様ら、どうしてく」

 言葉の途中で、シルヴァはゴーディアの顔を一発殴った。普段のやる気の無さを感じさせない、キレのいいパンチにアリアは驚きで言葉を失った。ゴーディアはそのまま、今度は仰向けに倒れた。

「……行くぞ、アリア」

「あっ、は、はい!」

 さっさと行こうとするシルヴァの背中を、アリアは小走りに追いかけた。仰向けに倒れたゴーディアは遠のく意識の中で小さく唸った。

「お、おの……れ……!」

 そんなゴーディアを憐れむように見た後、アリアはある一つの考えを思いついた。

 

 

 

 

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