09

 

「か……つ?」

 ルースの口から唐突に出た言葉に、ミリーネは思わず繰り返した。

「勝って、何……、どういう……」

「もちろん、デュオ班長に勝つんですよ」

 にこり、といつものように穏やかな口調で眼鏡をかけ直したルースがミリーネの問いに答えた。その返答に驚きの表情を浮かべたのは質問をしたミリーネだけではなかった。

「俺に?」

 唐突に名前を出されてしまったデュオは、目を丸くして、自分の顔を指さして聞き返していた。その光景を監視室で見ていたフリジアが、小さく吹き出して笑った。

「……なるほど、そうきたか」

 悪くない、と言いながらフリジアは腕を組みなおした。

 ルースはリュウの方を見て問いかける。

「リュウ。あなた、デュオ班長に負けたままで気が済みますか?」

「……済まない」

 リュウの答えを聞いたルースが、今度はミリーネの方を向いて尋ねた。

「ミリーネ。あなたも、デュオ班長に思うところがあるんじゃないですか?」

「ええっと……まあ……」

「なら」

 ぱん、と手を鳴らしてルースは結論を述べた。

「私たちの目的は共通しています。これが協力しないでどうするんですか」

 その発言に、ミリーネもリュウも、目を丸く開いた。

「……協力?」

「はい」

「何で協力なんかしないといけない」

 不満げなため息を吐き出しながら、リュウはルースに背を向けながら言った。

「強いからです」

「あいつがか? あいつぐらい、俺が一人で」

「いえ。私たちが強いからです」

 ルースは平然とした様子で、リュウの言葉を遮った。想定外の言葉に、ミリーネが「は?」と声を上げた。

「ルース、ちょっと、何言ってんの?」

「そのままの意味です。私たちは強いです。だから、強い私たちが手を組めば、デュオ班長に勝てますよ」

「……俺一人でいい」

「そうやって逃げて、何になるんです?」

「……逃げる?」

 リュウの眉が、歪む。

「誰が」

「あなたがですよ、リュウ」

 ルースは、はっきりと言った。ルースが言葉を続けようとした時、ミリーネが前に出てリュウの肩を掴んだ。

「逃げてんじゃないわよ」

「何を」

「そうやって一人で何でもやろうとして、周りと関わることから逃げてんじゃないわよ!!」

「それは、あなたも同じですよ、ミリーネ」

 リュウの肩を掴むミリーネの手首に、ルースの手がそっと触れた。

「え……」

「ミリーネ、あなたもまだストーン魔術に慣れていない。それを隠して、無理をしているのはあなたも同じですよ」

 ルースの言葉に、一切否定ができないミリーネは言葉を詰まらせた。

「……やっぱり使えないのか」

「そうよ……まだちゃんと使えないわよ……」

 リュウの指摘に、ミリーネは拳を握りしめる。この状況でまともに魔術が使えないなど、ただの役立たずでしかない。自分の不甲斐なさに、苛立ちばかりが積み重なってゆく。

「ちゃんと、という事は使おうと思えば使えるんですね?」

 眼鏡のブリッジを人差し指で押さえながら、ルースがミリーネに尋ねる。そんな尋ねられ方をするとは思っていなかったミリーネは顔を上げて、「へ?」と声を上げた。

「……どういう意味だ、ルース」

 リュウがルースの方を見ながら訊く。待っていました、と言わんばかりにルースは口元を上げて微笑んだ。

「一つ、作戦があります。これをすれば、私たちの勝機はあります」

「……俺たちの」

 ルースの言葉を、リュウは繰り返した。それを、意外そうな目でミリーネが見ていた。

「先ほどの二人の動きで確信しました。リュウ、ミリーネ。私たちが協力すれば、確実に勝てます」

「ルース、それ……本気で言ってるの?」

「私はいつでも本気ですよ」

 にこり、と穏やかに微笑みながら言うルースだったが、その言葉には確実な自信が含まれていた。

「……本当に、勝てるのか」

 ぼそり、とリュウが尋ねる。真っ直ぐに見つめてくるリュウを、ルースは見返す。真っ暗で底が見えないと思っていた黒い瞳に、信頼の色が見えた。

「そのための、この勝負でしょう?」

 にこりと微笑んだルースが、作戦を語り始める。そして、ブザーの音が鳴り響いた。

[時間だ]

 感情の含まれない、機械的なフリジアの声。それを聞き、三人はデュオと向かい合うように立った。

「作戦会議は無事に終わったか、学生諸君」

「ええ、おかげさまで」

 デュオの軽口に、にこりと微笑んで返すルース。その後ろに立つミリーネとリュウ。三人の様子が、先ほどまでと明らかに違うことは、目の前にいるデュオだけではなく遠目から見ているフリジアにもわかった。

「じゃあ、始めるとするか。魔術て」

「魔術展開!!」

 デュオが唱えるよりも先に、ルースの後ろにいたミリーネが人差し指に指輪をつけた右手を前に出して叫んだ。そこから強い風が、吹き荒れる。突風に、デュオは思わず腕で顔を隠して体勢を整えた。

「うおっ?!」

「魔術展開!」

 それに続いて、ルースの声が響く。じゅっ、と何かがはじけるような音がしたと同時に辺りが濃い霧に包まれる。

「……へえ、煙幕のつもりか?」

 あたりを見渡しても、視界ははっきりとしない。やれやれ、と呟きながらデュオはロッドを構えた。

「探索魔術発動、……ん」

 唱えて、デュオは表情をわずかに変えた。視線だけであたりを見渡すが、三人の姿はない。

「器用なことしてくれるな」

 探索魔術を発動させたデュオだったが、あたりの水蒸気にも魔術が施されており、三人の魔力波動を掻き消してしまっていた。単純そうに思える魔術だが、デュオの周囲にのみ探索を妨害する魔術と煙幕を維持し続ける魔術を同時に発動させなければならない。

「でも、こんなことしやがるのは」

 それほど高度の魔術を発動できる学生は、この中ではただ一人。

「魔術展開!」

 唱えた直後、デュオを中心に強い風が吹く。水蒸気の白い煙幕が、風に吹かれて薄まる。人影を認識するには、十分な濃度。うっすらとした霧の中、ロッドを構えてたたずむ姿をデュオは見逃さなかった。

「そこか」

 駆け出し、その人物に向かってロッドを振るう。しかし、影に当たったはずのロッドは空を切っただけだった。

「何……?!」

「拘束魔術発動!!」

 その高い声が響いたと同時に霧が消え、デュオの身体に青白い光の帯がまとわりついた。はっとデュオは目を見開き、声のした方を向いた。

「……ルース」

 そこにいたのは、ロッドを構えてデュオをじっと見つめて魔術を展開させているルースだった。その表情は険しいが、口元にわずかな笑みが浮かんでいる。

「まさか、お前がさっきの魔術を発動させてたのか?」

「そういうことです」

 引きつった笑みのまま、ルースはデュオの問いに答えた。眼鏡の下は笑みを作っているが、ぎこちない。それでも笑みを作る余裕があるのか、とデュオは内心驚いていた。

「まあ、学生がするには十分すぎるな……。――拘束魔術、解除」

 一つ息を吐き出してデュオが唱えると、その身体についていた光がはじけて消えた。拘束から解かれ、すこしふらついたデュオだったが、ルースの背後を見てにやりと笑った。

「そこが狙いなんだろ、リュウ!」

 ルースの後ろから鎌を持って駆けてくるリュウの姿を見て、デュオはロッドを構える。

「モード、アロー!」

 真正面から駆けてくるリュウを狙うのは、デュオにとっては簡単だった。ロッドを弓の形に変形させ、自分に向かってくるリュウを狙う。

「魔術展」

「加速魔術発動!!」

 声が聞こえた直後、デュオの目の前にいたはずのリュウが、消えた。リュウのものでも、ルースのものでもないその声が誰のものか、と、デュオが答えに至った瞬間、目の前に現れたのは、声の主であるミリーネだった。

「はぁっ!!」

 背後からリュウの鎌の斬撃を受け、その直後に目の前のミリーネから強烈な蹴りの一撃を受けたデュオは、その勢いのまま吹っ飛ばされて壁に激突した。

 そして、訓練室にサイレンの音が鳴った。

「この勝負、お前たちの勝ちだ」

 その声は、サイレンの音を聞いて呆然としてた学生三人の耳にはっきりと届いた。

「……勝ち?」

 ミリーネはぽかんとした顔のまま、振り向いて尋ね返した。ミリーネの視線の先にいたのは、腕を組んで三人に向かって歩いてくるフリジア。その表情は、いつもの険しい顔――の中に、わずかな笑みが含まれていた。

「合格だ」

 

 

 

 

 

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