08

 

「魔術展開!!」

 悲鳴のような大きな声と共に、デュオとリュウに向かって突風が吹き荒れた。突然の出来事に、リュウの集中力は完全に切れてしまったのか、デュオの足元と頭上にあった魔法陣と鎖が消滅した。解放されたデュオは風に吹かれて足元まで転がってきた自分のロッドを手に取った。

「棚ぼたラッキーってやつだな」

 ロッドの調子を確かめるように軽く振りながら、デュオは言う。強い風はまだ止まず、デュオの長い髪を乱していた。

「コントロール不十分……これじゃ落第点だぜ」

 デュオが髪をかきあげたと同時に、風が弱まり、完全に止まった。デュオとリュウは、風上の方に視線を向けた。

「……ミリーネ」

 リュウの口から出てきた声は、異様に低い。表情は明らかに、怒りを表していた。

 そして、二人の視線の先にいるミリーネは左手で右手を支えながら右掌を向け、両足を大きく広げて立っていた。その姿は、先ほど無理に魔術を展開させたリュウと同じような状態。魔力を大量消費して、立っているのもやっとな状態である。

「くっ……!」

 そんな状態のミリーネだったが、瞳だけは爛々とさせて、デュオを睨んでいた。異様な光景だ、と思いながらも冷静にミリーネの様子を観察するデュオとは対照的に、リュウは不愉快な表情を露骨にミリーネに向けていた。

「邪魔だ」

「うる……さい……」

 リュウの言葉に答えたミリーネの声は弱々しい。ふらつきながらも必死で歩くミリーネがリュウに向かって言うが、リュウは表情を変えなかった。

「中途半端な魔術を使うぐらいなら、何もするな」

「なっ?!」

「迷惑だ」

 はっきりと、隣に立ったミリーネを見つめながら、リュウは言い切った。その言葉に、ミリーネは一瞬息を詰まらせた。が、

「それは……の、……よ……」

「は?」

「それは、こっちの台詞よ!」

 突然大声を上げ、リュウの胸倉を掴むミリーネ。突然のことに、リュウも驚きの表情を露わにしていた。

「何だ、お前……」

「迷惑なのよ! あんたが好き勝手にしてくれてるおかげで!! こんなことに巻き込まれて!!!」

「勝手にお前が入ってきただけだろ」

「そういうことじゃない!! あんたのせいで、実習全部ぐちゃぐちゃなの! 何ひとつ上手くいかなくて!! あんたのせいで!!」

 理不尽な怒りだと、ミリーネ自身、一番解っていた。それでも、誰かに――リュウにぶつけるしかできなかった。

「俺のせいじゃない」

「あんたの……」

「お前のせいだろ」

 リュウの一言にはっと、ミリーネの目が大きく開かれた。一連の会話を聞いていたデュオが苦い表情を浮かべた。――お前が言うなよ、と。

「私のせいじゃない……全部あんたが悪いのよ!!」

「俺は悪くない」

「五月蝿い!」

 とうとう、言い争いを初めてしまったミリーネとリュウ。このままではまともに戦えない、と察したデュオは一息ついて二人に声をかけようとした。

「おいお前ら……」

「すみません」

 そんなデュオの言葉を遮ったのは、ミリーネでもリュウでもなかった。

「……ルース?」

 二人の後ろから遅れてきたルースが、苦笑いを浮かべてデュオに会釈した。それから、上部にある監視室の方を向いた。そこには、腕を組んで訓練室の様子を見るフリジアの姿があった。

「フリジア先生、少し時間を頂いてもよろしいでしょうか」

[具体的な時間を示せ]

「五分、いただいてもよろしいですか?」

[いいだろう。では今から五分間だ]

 そう言うとフリジアはストップウォッチを取り出し、時間を計り始めた。

「リュウ、ミリーネ」

 ルースが目の前で言い争いを続ける二人に声をかける。が、その声はミリーネの怒声によって掻き消されてしまっていて届かない。

「二人とも、落ち着いてください」

 あくまでも穏やかな口調のルース。完全に頭に血がのぼって怒鳴ることしかできなくなっているミリーネ。ミリーネの一方的な怒りを受けてじわじわと苛立ちを募らせているリュウ。

 これからどうするつもりか見ものだな、と完全に観客の気持ちでデュオは傍観していた。

「もうちょっとあんたは協力するってことが出来ないわけ?!」

「協力する必要がない」

「実習だからあるんですけど!! 一人だけ成績良ければそれでいいの?!」

「違うのか」

「ふざけないでよ!!」

「二人とも、今は実習中です」

 言葉だけでは止められない、と察したルースは言い争う二人の間に入り、肩を掴んだ。

「ここは冷静になって」

「うるさい!!」

 ルースの言葉を遮る怒声は、二つ。リュウとミリーネが全く同じタイミングで声を上げ、そして肩を掴むルースの手を振り払った。二つの手はわずかにルースの顔の前をかすり、その勢いでルースの眼鏡が、天に舞った。

「……」

 かしゃん、と眼鏡が地面に落ちる音が、やけに大きく響く。様子を見ていたデュオの口から、「お、おい」と声が漏れた。

「ルース、大丈夫か……」

「……、加減に……」

 ルースは一歩後ろに引き、両手を大きく横に広げた。

「いい加減にしなさい!!」

 ルースの両手は勢いよくリュウとミリーネの後頭部に当たり、そして向かい合っていた二人の額はごっ、という鈍い音を立ててぶつかった。

「ぐぁあ?!」

 突然やってきた痛覚に、リュウとミリーネは額を押さえてその場にしゃがみ込んだ。

「なっ、何すんの?!」

「何のつもりだ!」

「人が何も言わなければいつまでも同じことをぐだぐだと繰り返して……あなたたちはバカですか」

 言い方こそ丁寧だが、口調は普段のルースからは想像できないような、冷たいものだった。

「な……」

 そのルースの豹変には、言葉を真正面から喰らったリュウとミリーネだけではなく、三人に向かって手を伸ばしかけていたデュオも、そして監視室にいたフリジアも目を丸くして驚いていた。

「ば、バカって……」

「何度も同じやりとりをして、飽きないなんてただのバカです」

 しばらく続いていた沈黙を破ったミリーネのかすれた声に対しても、笑顔を全く見せずにルースは淡々と言った。

「……ほう」

 監視室のフリジアの口元に僅かながらに笑みが浮かぶ。

「あなたたちは何がしたいのですか? 延々とケンカをしたいのですか?」

 冷たい目線のルースは、淡々とした口調でリュウとミリーネに問いただす。普段のルースを知るミリーネは呆然とした表情を浮かべ、リュウも目を丸く開いてルースを見ていた。

「る、ルース……?」

「くだらない。そんなことをして何が楽しいのですか」

 動揺するリュウとミリーネに背を向け、ルースはかつ、かつ、と高い足音を鳴らして何処かへ歩く。

「構いませんよ。私は、あなたたちが同じことを繰り返していても。それで私を含めたこのチームの成績や評価が低くなっても。評価が低くともノルマさえ達成すれば合格できるのが現状ですから」

 丁寧な口調でありながら、威圧的な言い方。目の前で繰り広げられている状況をデュオはひきつった表情で見ていた。

「言うねえ……」

「ですが」

 ルースの足が止まる。その足元には、先ほどリュウとミリーネによって飛ばされたルースの眼鏡があった。ルースは静かにしゃがみ、眼鏡を拾い上げた。

「……ルース?」

 不安げに、ミリーネはルースに声をかける。ルースは眼鏡をかけなおし、リュウとミリーネの方を向いた。

「このままでは、私たちは勝てません」

 ルースの瞳が、まっすぐにリュウとミリーネを貫く。

 

 

 

 

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