07

 

 デュオは、リュウが振るう鎌をロッドで避けていた。一見乱暴に振るっているように見える軌道であったが、実際は確実に急所を狙おうとしているものであった。一度でもその斬撃を受ければ、間違いなく大きなダメージを喰らう。

「どんな特訓したらこんな技覚えるんだよ……!」

 焦りを誤魔化すようにデュオは笑みを浮かべたまま、ロッドで刃を受けた。そろそろ限界か、とデュオが悟った直後、背後に気配を感じた。

「何っ」

 背後を振り返るよりも先に、腰のあたりに強い痛みが走った。

「ぐっ……?!」

「油断大敵、って何度言えばわかるの?」

 デュオの腰に一撃を当てたのは、ミリーネの肘打ちだった。にやり、と笑うミリーネとは対照的に、デュオの表情は苦痛で歪んでいた。一瞬意識をミリーネに集中させてしまったデュオは、はっと目を開いて視線を前方に向けた。すぐ目前に、黒い刃が見えた。

「っ、魔術展開!!」

 デュオの目の前に白い魔法陣が生じる。刃と魔法陣がぶつかり合い、甲高い音が鳴り響く。

「魔術展開」

 リュウが低い声で唱えた。デュオが展開させた魔法陣に重なるように黒い魔法陣が現れると、ばりん、とガラスが割れるような大きな音が響いた。

「くそっ!!」

 デュオは転送魔術を展開させ、その場から逃げようと考えた。しかし、自分の背後にいるミリーネの姿、リュウが振るう鎌の軌道、それを重ねて考えたとき、思考が止まった。

「テメェ……!」

 リュウは無表情のまま、デュオが想定した通りの軌道で、鎌を振った。黒い刃の先にいるのはデュオと、――ミリーネ。

「拘束魔術発動!!」

 怒鳴るようにデュオが唱えると、三人の足元全体に広がる大きさの、白い魔法陣が現れた。リュウとミリーネの目が大きく開かれた直後、魔法陣から無数の白い鎖が放たれ、二人の身体に絡みついた。

「何?!」

「……」

 動揺するミリーネと、無言で鎖を睨むリュウ。二人が完全に動ける状態でないことを把握したデュオは、走ってその場から逃げた。

「甘いぞ、学生!」

「待ちなさいよ!! もうっ!!」

「……」

 鎖から逃れようと身体を必死で動かすミリーネだが、鎖はびくともしない。その後ろで、リュウは小さく息を吐いていた。

「魔術展開」

 一言、リュウが唱えると、ガラスが割れるような音がして鎖が砕ける。しかし、それはリュウに絡みついていたものだけだった。ミリーネがそれを確認したと同時に、リュウは何事もなかったかのようにデュオに向かって走り始めようとした。

「……ちょ、ちょっと、リュウ! 私のも外してよ?!」

 ミリーネの声を聞き、リュウが足を止め、ミリーネを見た。黒い瞳は、感情を、灯さない。

「何で」

「何で、って……」

「自分の魔術で外せばいいだろ」

 たった一言。リュウはそれだけ言い捨てて、デュオを追いかけた。

「……できたら」

 ミリーネは鎖が絡みつく自分の手を見た。指には緑色のストーンがついた指輪がはまっている。

「できたらやってるわよ……!!」

 その言葉は、先を走るリュウに向けられたものではない。何も出来ない、自分への怒りから出てきたもの。そして、ミリーネはぎゅっと拳を握った。

「魔術展開……!」

 ミリーネが唱えると、緑色のストーンが淡く光る。が、それは魔法陣の形とならずに、静かに消えた。

「……どうしてっ」

「魔術展開」

 ルースの声と、鎖が砕ける音がほぼ同時に響く。ミリーネはすぐ後ろに立っていたルースの顔を見上げた。

「ルース……」

「ミリーネ、もしかして……」

 その言葉の続きは、ミリーネ自身が一番解っていた。

「……まだ、使いこなせてないの」

 指輪にそっと触れながら、ミリーネは言う。

「よっぽど集中してないと、こんな魔術解除も結界展開も出来ないの。攻撃なんて、出来るはずもない。でも、そんなことじゃチームの足、ひっぱっちゃうから」

 指輪に触れる手が、小さく呟く声が、震える。

「だから、私は私のやり方でやるわ」

 再び拳を強く握り立ち上がるミリーネ。振り向いてルースを見るミリーネの表情は、笑顔だった。

「ミリーネ、そのことをリュウに……」

「大丈夫。私はやれるわ」

 そして、ミリーネはリュウとデュオの元に走り出した。

「……このままじゃ」

 ぽつり、と、ルースは走り去るミリーネの背中を見て呟いた。

 

 リュウに追いつかれたデュオは、引きつった笑みを浮かべてリュウと向き合っていた。

「……お前、本当にどんな身体してるんだよ? 結構離れてなかったか?」

「……」

 リュウはデュオの問いに答えず、ロッドを握り絞めて目前の相手を睨んでいた。

「魔術展開」

 息も切らさずに冷静に唱えられた言葉。デュオの足元に黒い魔法陣が展開されていた。

「いい加減その手が通じないって気付け……って」

 デュオが余裕を見せながら呟いたが、自分の頭上を見て言葉を失った。

 足元に展開されているものと全く同じ魔法陣が、頭上に展開されている。同時に二つの魔法陣を展開させるなど、学生が――それも、まだ実戦経験のない四年生ができるはずがない。

 デュオの目が大きく開かれた直後、魔法陣から一斉に鎖が放たれ、デュオの身体に絡みついた。その鎖の勢いに、デュオの手からロッドが放れ、虚しい音を鳴らした。

「くっそ……」

 完全に動きを封じられたと解っていても、無駄な抵抗をしてしまうらしい。必死で動こうとする自分の行為を嘲笑しながら、デュオは視線を鎖からリュウに向けた。

「……ま、動けないのはお互い様、って奴だな」

 ロッドをデュオに向けて構えているリュウだったが、俯いている顔から多量の汗が零れ、その場から動くのは困難、と言うような苦痛の表情を浮かべていた。リュウ自身も体力も魔力も消費している。そんな状態で集中して高度な魔術を展開させているとなると身体への負担は計り知れないものである。

「お前、こんな魔術どうやって覚えたんだ。学生のするようなもんじゃねえぞ」

「……」

 デュオの問いかけに対し、リュウは答えない。少しでも集中力を切らせたら、魔術は消滅してしまう。リュウはそれを解っていて、何も答えなかった。もちろん、デュオもそれは理解している。

「そのままだとお前――本当に、死ぬぞ」

「……だから」

 ぽつり、と返されたリュウの声にデュオは驚きの表情を浮かべた。魔術に一切のブレはなく、黒い鎖はしっかりとデュオを縛っていた。むしろ、その力が強まったかのようにデュオは感じた。

「だから、何だ」

 上げられた顔、デュオを見る瞳は――黒い。その奥には一切の光もなく、感情もなく、ただ、無機質な黒だった。その瞳を見たデュオの背中に、悪寒が走った。

「死ぬから、何だ。俺は目的を果たせれば……復讐が出来れば、それでいい」

「何だよ……それ……」

「そのためなら、どうなっても――」

 リュウが言葉を続けようとした時だった。

「魔術展開!!」

 

 

 

 

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