06
リュウとデュオが戦ってから一週間後。
第一隊の魔術対応型特別訓練室は、異様な空気に包まれていた。
「全員、準備は出来ているな」
フリジアは室内にいる者たちの顔を見ながら、確認の声をかけた。
いつもの余裕な笑みを消し、ロッドの調子を確認するデュオ。
一方でいつもと表情変わらず、鋭い瞳でデュオを睨むリュウ。
自分の手に付けている指輪とリュウの姿を、何度も不安げに見比べているミリーネ。
ロッドを握り、他の面々の様子を窺っているルース。
それぞれが抱く思いが入り混じるその空間はその思いの分だけ、空気が濁っているようだった。
「では、始めよう。設定はA+だ」
「……え?!」
フリジアの言葉に、ミリーネとルースが驚きの声を上げる。デュオも、はっと目を大きく開いてフリジアを見た。
「フリジアさん、本気ですか?」
フリジアが言った設定はデュオのパワーランクよりも上のもの。つまり、魔力の制限が無いという状態になる。
「何か不満でもあるのか」
「いや……それはつまり、手加減なしで行けってことですか」
「貴様、手加減をするつもりだったのか」
フリジアはデュオを睨みながら問う。その問いに、どう返事をするのが正しいかなど、デュオには解りきっていた。
「まさか」
満面の笑みで言うデュオに、ミリーネが「え?!」と声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ?! 学生相手に本気?!」
「ミリーネ、まさか手加減されると思っていたのか」
今度はミリーネを睨みながらフリジアは尋ねる。しかし、尋ねる形を取っていてもそれは、質問ではなかった。ミリーネは引きつった表情のままで、小さく首を振った。
「……わ、わかりました」
覚悟を決めるしかないミリーネは、ぎこちなく頷いた。フリジアは納得したように「ふむ」と頷いて訓練室を出た。
「って、ことだ。悪いな、学生諸君。手加減はナシだ」
にこ、と笑うデュオにミリーネは睨みを飛ばす。
「本気なの、あんた?!」
「仕方ないだろ? これも上司からの命令だからな」
「だからって……!」
「別にいいだろ。倒せばいいだけだ」
ミリーネとデュオの会話に割り込んできたのは、リュウだった。
「……ほう?」
先ほどまでの余裕の笑みが消えたデュオは、視線をミリーネからリュウにずらす。ミリーネの睨みとは違う、明らかな敵意を含んだ視線を送るリュウ。そんなリュウをデュオもじっと凝視した。
「倒せばいい、か。確かに、その通りだな」
「ちょ?! あんたバカじゃないの!! 仮にも、こいつは――」
[時間だ]
ミリーネがリュウに向かって怒鳴りかけたとき、スピーカーからフリジアの声が響いた。
[制限時間は三十分だ。必要ならばタイムを使っても構わない]
「了解」
フリジアの指示を聞いた一同は、同時に返事をした。そして、デュオと学生三人は距離を取って向き合うようにたった。
[開始]
フリジアの声とブザーの音が室内に反響した。
「魔術展開」
張りつめた空気に波を生じさせたのは、リュウの声だった。リュウが唱えると、ロッドが鎌の形へと変形した。
「しょっぱなからやる気満々だな」
「……」
デュオの挑発のような言葉を受けても、リュウは無表情を貫いている。デュオに向けられる瞳には、明らかすぎるほどの、敵意が含まれていた。
「……魔術展開」
小さくリュウが唱えると、その姿が黒い靄となって消えた。突然の出来事に、デュオだけでなくリュウの隣にいたミリーネとルースも驚きの表情を浮かべた。
「おい、マジかよ?!」
デュオは表情を引きつらせて、ロッドを構えた。意識を集中させながら前後左右を見澄ます。わずかな魔力波動を捉えて、デュオは背後に向いた。
「そこか!!」
デュオの叫びと同時に、金属と金属がぶつかるような、甲高い音が響いた。
「……!」
「おいコラ、魔導士なめてんじゃねぇぞ学生」
黒い靄の中から現れて鎌を振るったリュウに、デュオはにやりと笑いながら言った。デュオの長いロッドはしっかりとリュウの鎌の刃を受け止めていた。リュウははっと目を開き、デュオから離れようと飛びのいた。しかし、距離を開けることはデュオにとって有利な状態となる。
「モード、アロー!!」
叫ぶようにデュオが唱えると、ロッドは弓へと変形した。リュウがしまった、と思うよりも先にデュオが矢を放つ構えを取った。デュオの弓の中に、白い光の矢が生じる。
「魔術展開」
確信の笑みを浮かべたデュオが、矢を射る。リュウは表情を険しくさせて、ロッドを構えようとした。
「魔術展開!!」
その声と同時に、リュウの目の前に青い結界が展開され、デュオの放った矢をはじいた。突然のことにリュウは驚きの表情を浮かべているが、デュオは「へえ」と笑いを浮かべていた。
「やるじゃねえか、学生」
「甘く見ない方がいいわよ!!」
背後から聞こえ来た声に、デュオは表情を引きつらせ、慌てて振り向く。回し蹴りをしようとするミリーネを認識した時には、腹部に強い衝撃を感じ、その勢いのまま背後にふらついてしまっていた。
「おおっ……やるな、ミリーネ……」
「油断してんじゃないわよ!!」
ミリーネはぎろりとデュオを睨み、攻撃をしようと走り出した。
「油断してるつもりはないけどな」
デュオはミリーネを待つように弓を構えた。
「魔術展開」
声と同時に矢が放たれる。それは真っ直ぐに、ミリーネに向かっていた。
「なっ?!」
「結界展開」
ミリーネの目の前に黒い壁が生じ、デュオが放った矢が壁にぶつかり消滅した。と、同時にミリーネも突然現れた壁に対応できず、そのまま直撃していた。
「いった?! 何すんのよ、リュウ!!」
ミリーネは壁にぶつけた額を押さえながら、壁を作った張本人であるリュウに向かって怒鳴った。
「邪魔だ」
リュウはただ、それだけ言って壁を消し、ミリーネの横を通り過ぎた。
「邪魔……?!」
「おいおい、これって協力プレイじゃなかったっけ?」
「五月蝿い」
デュオのからかうような言葉を一蹴して、リュウはデュオに向かって走った。デュオはにやりと笑ってロッドを構える。
「あいつ……!」
「ミリーネ! 大丈夫ですか!」
デュオとリュウが戦っている姿を、ミリーネはぎろりと睨んでいた。そんなミリーネのもとに駆け寄ったルースは心配の声をかけたが、反応は得られなかった。
「……ミリーネ?」
「一人で勝手にやってんじゃないわよ、リュウ!!」
再びルースが声をかけると同時に、ミリーネは立ち上がって、リュウとデュオの所へと駆け出した。ルースは「え?!」と驚きの声を上げ、そして慌ててミリーネを追いかける。
「ミリーネ、落ち着いてください! ここは作戦を立てて協力しないと」
「そんなのやっても無駄でしょ?! だったら、私だって勝手にやらせてもらうわよ!!」
そう言うと、ミリーネは速度を上げて走り去ってしまった。ルースは途中で速度を落とし、最終的には立ち止まった。
「……ミリーネ」
ルースはどうしようもなく、その場に立ち竦んだ。