03

 

 第一隊の特別訓練室。そこに、デュオとリュウはやってきていた。

「まあストレス発散とでも思って、軽い気持ちで手合せしようぜ」

 はあ、とやる気のないため息交じりにデュオは正面に立つリュウに言う。リュウはむっとした表情のままで、デュオから向けられる視線から逃れるように視線を落としていた。

「……軽い気持ちで」

「ん?」

 ぽつり、と零したリュウの言葉をデュオは聞き返した。

「軽い気持ちで、魔術を使いたくない」

「……へえ」

 声は小さいくせに、言葉はやたらはっきりとしていた。学生が言うようには思えない発言に、デュオは感心したような吐息が出た。

「じゃあ、本気でいいぜ? こんなのでも、俺も一応あの人の下で働いてるからな。それなりに強いぞ」

 にや、とデュオが笑いながら言うと、リュウがようやく顔を上げた。黒い瞳の奥底にある感情は、閉ざされている。まだ十四歳の少年とは不釣り合いな、瞳だった。

「設定レベルは……Bでいいか?」

「A」

 デュオの提案に、リュウがすぐさま訂正を入れた。たった一言だったが、その言葉はデュオの思考を一瞬停止させるには十分な意味を持っていた。

「……は?」

 ただそれだけしか、聞きかえせなかった。デュオは、目を丸く開いて目の前の学生を見る。

「お前、今、Aって言いやがったか?」

「……」

「あのな、俺、最近Aに昇格したばっかなんだよ。そんな俺に対してAで戦おうって、何かの嫌味か?」

 わずかに本音を交えながら、デュオはからかうように言った。しかし、リュウは笑う様子を見せず、黒い瞳をデュオに向けたままだった。さすがのデュオも、リュウの態度に少しずつ苛立ちが募ってきた。

「……ったく、何なんだよ……。おい、リコー」

 デュオが呼ぶと、足元に白い魔法陣が現れた。そこから、白い猫が転送されてきた。

[やけに機嫌が悪いみたいだけど、どうしたの?]

 デュオのバディである白い猫、リコーはデュオを見上げて尋ねる。

「べっつにー。ちょーっと腹の虫の居所が悪いだけでーす。で、ちょっと訓練室の設定してくれ」

[またパシリに使ってくれて。バディを何だと思ってるの?]

「いいだろ? 前線で俺の代わりに戦えって言ってるわけじゃないから。部屋のパワーランク設定をAで三十分間でしてくれ」

 デュオはリコーに目を向けることなく、投げやりに言った。いつもと違う自分のバディの様子に、リコーは不安げな視線を送ったが、デュオには届いていない。

[……無理しないでよね]

 はあ、と呆れ交じりのため息と共に、リコーは再び魔法陣を展開させて姿を消した。それからすぐに、部屋にアナウンスが入る。

[モード魔術対戦、制限パワーランクA、時間制限30分間]

 アナウンスの直後、デュオの足元には白の、リュウの足元には黒の魔法陣が展開された。それから、二人の体はそれぞれの光が纏わりついた。その光の正体は、結界魔術であり、指定したランク以上の魔術を受けても肉体的ダメージを無効化するものである。

 そして、室内にも結界が展開されると、開始を告げるサイレンが鳴った。

「さて、始めると」

「魔術展開」

 デュオの言葉を遮るようにリュウは唱える。リュウの手には、黒いロッドがしっかりと握られていた。

「……話を聞けっつーの」

 そんな文句をこぼしながらデュオも「魔術展開」と唱え、白いロッドを握りしめた。相手がどう出るかわからない状況に、デュオはただロッドを構えて待つしかできなかった。

「……魔術展開」

 リュウの小さな言葉。直後、リュウの姿が消えた。

「何っ?!」

 デュオははっと目を開き、あたりを見た。デュオの表情に、先ほどまでの緩んでいた様子はない。

「……そこか!!」

 振り向きざまに、金属と金属のぶつかり合う甲高い音。振り向いたデュオは、なんとかといった様子でリュウが振りかざしてきたロッドを、自身のロッドで受け止めていた。

「ったく、無茶なやり方じゃねぇか、オイ……」

「……魔術展開」

 その小さな声を聞き逃さなかったデュオはロッドを放してリュウの方を向いたまま背後に跳躍する。それと同時に、リュウのロッドが形を変える。

「おいおい、マジかよ?!」

 鎌に変形させたロッドを握り、走り出すリュウにデュオの表情が引きつる。

「もっとメジャーなもの使えよな、剣とかさ!!」

「……」

 デュオの言葉に一切反応しないリュウは一気にデュオまで迫った。デュオに向かって、黒い刃の鎌を振るう。

「魔術展開!!」

 デュオの足元に白い光を放つ魔法陣が現れた。魔法陣は強く発光し、リュウの視界を潰す。一瞬、リュウの動きが止まった。

「おら!!」

 リュウの動きを見逃さなかったデュオは、しゃがんでリュウの足元を崩すように蹴りを入れた。がく、とリュウの体が傾く。

「魔術展開」

 いやに冷静な、声。仰向けに倒れるリュウの背中から、黒い魔法陣が現れた。デュオがはっと目を開いたと同時に、円形の魔法陣の縁から黒い光でできた鎖が飛び出す。

「何っ?!」

 その鎖はデュオの腕と足に絡みつき、動きを封じた。同時にリュウが地面に倒れたが、すぐに立ち上がる。鎌の刃先はデュオに向けられていた。

「……お前の負けだ」

「何でそんなに強いんだか……」

 はあ、と小さく息を吐き出すとデュオはゆっくりと目を閉じた。降参、と受け取ったリュウが一瞬鎌を引いた瞬間だった。

「魔術展開」

「なっ?!」

 デュオの足元に白い魔法陣が現れ、鎖が光に包まれ朽ちるように消滅する。そして、デュオは突然の出来事でがら空きになっていたリュウの腹に向かって蹴りを入れた。

「ぐあっ?!」

「あ」

 想像以上に力が加わってしまったらしく、リュウが吹っ飛ぶさまを見てデュオは驚いたような顔をしていた。ごろごろと地面を転がり、リュウはうつぶせに倒れる。

「……やりすぎた」

「……っざけやがって……」

 うつぶせで聞き取りづらい声だったが、間違いなくリュウの声は怒りに震えていた。嫌な予感がしたデュオは、引きつった表情を浮かべ、リュウから逃げるように走り出した。

「魔術展開、モードバトン!」

 走りながら、デュオは早口で唱える。ロッドは形を変え、棒の中央にカートリッジを挿入するバトン型となった。これでしばらくしのげるか、とデュオが一息ついた直後。

「転送魔術発動!!」

 少年の叫び声、目の前に展開された黒い魔法陣。それを認識したデュオは慌てて方向転換しようとしたが、遅かった。黒い魔法陣から壁をすり抜けるようにリュウが現れてロッドをデュオに向けていた。

「魔術展開!!」

 デュオに向けられたリュウのロッドから、再び黒い鎖が現れた。

「何度も同じ手に引っかかるかよ!」

 デュオはバトンを横にして、中央部分を握って構える。その構えは、弓矢を放つときのもの。

「モード、アロー!! 魔術展開!」

 ロッドに黒い鎖が纏わりつくのも気にせず、デュオは早口に唱えた。すると、バトン型のロッドが変形して、弓のような形となる。

「……!」

 それに気づいたリュウがはっと目を開き、後方に跳躍しようと足に力を加えた。

「遅い!!」

 しかし、リュウよりもデュオが白い光で矢を出現させる方が早かった。

「魔術展開!!」

 弦を引くようにデュオが手を動かし、そして、白い矢を放つ。

「っ、魔術展開!!」

 とっさにリュウは叫び、自分の目の前に黒い魔法陣の盾を出した。

「甘いんだよ、学生が!!」

 黒い魔法陣に、白い矢が突き刺さる。金属音のような甲高い音が、デュオとリュウの間に響いた。突き刺さった矢は、黒い盾を削るようにじわじわとリュウに近づく。

「……っ!」

 リュウは、後方に跳躍して、盾を消した。白い矢はそのままの勢いでリュウに向かって飛ぶ。

「いい避け方……あ」

 にやりと笑いながらリュウを見ていたデュオだったが、冷静になって、自分の放った矢が確実にリュウの顔面に直撃することに気付いた。いくら結界をまとっているとしても、それなりにダメージが加わってしまう。矢の軌道修正をしようと考えたが、すでに遅かった。

「――は」

 白い矢はリュウの顔面――ではなく、リュウの頬をかすって向こう側の壁に突き刺さった。あの一瞬で、リュウは高速で飛んでくる矢を、避けた。

「……何だ、こいつ」

 目の前の状況が信じられないデュオは、掠れた声で小さく呟いた。

 

 

 

 

←02  目次へ  04→