02

 

「うわあ……本当に来ちゃったよ……」

 昼休みが終わって三十分後。ミリーネは一人、ある部屋の扉の前に立っていた。扉のプレートに書かれているのは――『検査室』の文字。

「別に変なところないはずなのに……」

 ミリーネは胸のあたりに手を当てながら、小さく呟いた。

 昼休みが終わり、ミリーネがフリジアに午後の実習について尋ねると

「ミリーネ、お前は検査室に行け」

 と言われた。それを聞いた時のミリーネの顔は真っ青だった、と言うのはルースだった。

「大丈夫ですか、ミリーネ。私も一緒に……」

「ルース。お前は情報管理部に行け。ミリーネ、一人で行けるだろう」

 行けるだろう、と傍から聞けば優しく言っているように聞こえるが、実際は「一人で行け」と言われていることと同じである。そして、それ以上は言うことはないようで、フリジアはさっさと自分の仕事に戻ろうとした。

「あ、あの、フリジア先生!」

 それを止めたのは、まだわずかに顔が青いミリーネだった。

「リュウ、……は、どうしたんですか?」

「奴にも別の実習をさせている。今は、自分の事だけを考えて実習をしろ。終了後はレポートの提出、十八時以降は受け付けない」

 それ以上は何も言わず、フリジアはどこかへと行ってしまった。

「別の実習、なら……いつもと、同じですね」

 フォローするように、ルースはミリーネに声をかける。しかし、ミリーネはルースの言葉など届いていないようで、去ってゆくフリジアの背中をじっと睨むように見つめていた。

「……何なのよ、あいつも、先生も」

 愚痴をこぼしながらも、ミリーネは言われるがままに検査室へとやってきていた。が、扉の前に立ち止まってからすでに三分は経過していた。

「ここ、マジであの人のいる検査室よね……」

 ミリーネの言う、あの人とは、学生の間で噂になっている――マッド・サイエンティスト。

「どうしよう……私、何か変なのかな……」

 身に覚えがないミリーネは、全身に走った悪寒を感じ、自分を抱くようにして両肩を掴んだ。このまま逃げてしまおうか、と扉に背を向けた時だった。

「何してるのかしら、扉の前で?」

 背後から聞こえてきた声に、ミリーネの全身が震えた。ぎこちなく首を動かして後ろを見れば、開かれた扉。その扉の向こうにいる眼鏡をかけた白衣の女性が、不思議そうな顔をしてミリーネを見つめていた。

「あっ、あのっ」

 突然出てきた人物に動揺して、ミリーネは言葉を詰まらせる。そんなミリーネの様子を察した女性は穏やかな笑みを浮かべて扉から一歩下がった。

「あなたがミリーネ・ダリヤね。話はフリジアから聞いているわ。さ、入って」

「は、はい……」

 今、先生のこと、呼び捨てにしてた。そんなことを思いながら、ミリーネは女性の手招きに誘われて検査室の中に入った。

「じゃあそこに椅子あるから座ってもらえるかしら」

「はい。……あの、セイレン部長、ですよね」

 ミリーネは椅子に座りながら、不安げに尋ねる。女性は自分のデスクで書類の整理をしていたようだったが、ミリーネの問いに気付いて顔を上げた。

「ええ、そうよ」

 穏やかに微笑みながら女性――セイレンは答えた。セイレン・コハク、彼女こそが、魔道管理局のマッド・サイエンティストと呼ばれる人物だった。

「……あ、あの」

「じゃあ、ミリーネ。あなたのロッド、見せてもらっていいかしら?」

 ミリーネの言葉に気付いていないセイレンはにこにこと笑ったままミリーネに向かって右手を差し出した。

「ロッド……?」

「そう。あ、展開させた状態でよろしくね」

「あの、別に不調ってわけじゃないんですけど」

「うん。でもちょっと見せてもらいたいのよ」

 逆らったら、全身切り刻まれてしまうのだろうか。そんな不安を抱きながら、ミリーネはネックレスを外し、「魔術展開」と少しだけ震えた声で唱えた。ごく一般的な、上挿入型のロッド。何もおかしいところはないけれど、と思いながらミリーネはロッドをセイレンに渡した。セイレンはロッドをくるくると回しながら様々な角度から見る。

「へー……変形は槍ってところかしら?」

「え? 見ただけで、わかるんですか」

 驚いたようにミリーネが尋ねると「検査部長ですもの」と楽しげに答えた。

「でも槍形ってあなたの魔術に合ってなさそうね」

「……え?」

 セイレンの言葉にミリーネは疑問しか含まれていない声を上げた。

「グリーンと槍って、まあ、王道と言えば王道だけど、正直私はおすすめしないのよね。グリーンはどちらかと言うとロッド形態のままで使った方が有効に発動できるし」

「そうなんですか?」

「そうよ。だって、槍にしちゃったら槍の距離ぐらいまでしかまともに風を操作できないでしょ? ああ、あくまで学生がするのは、って話ね。それなりの魔術士とかが使うのなら槍でもいいけど」

 説明しながらセイレンはロッドを指先でなぞってみたり、軽く叩いてみたりと何かを確認している様子だった。

「さて、と。次はあなたね」

「……はい?」

「そこのベッドに横になってちょうだい。検査するから」

「え?!」

 ミリーネは大声を上げ、慌てて立ち上がる。椅子が大きな音を立てて倒れた。

「あら、どうしたの?」

 そんなミリーネの動揺を感じているのかいないのか定かではないが、セイレンはロッドをデスクに置きながらミリーネに尋ねた。ミリーネの顔が、恐怖でひきつる。

「……あの、け、検査って……」

「あらー? もしかして、あなたもあの噂信じてるの?」

 くすくす、と楽しそうに笑いながらセイレンは言う。

「私、そんなにマッド・サイエンティストっぽく見えるかしら?」

「えっ、いや、そのっ」

「本当に失礼な話よね。夜な夜な魔導士を連れ込んで解体しているとか、検査室には壁一面の魔獣のホルマリン漬けがあるとか、新作アイテムの実験のために誰かを部屋に閉じ込めるとか。私がそんなことすると思ってるのかしら」

 まるで笑い話のようにセイレンは不満を述べる。その顔には怒りなどはなく、むしろその噂話を楽しんでいるような様子すらあった。

「大丈夫よ、ミリーネ。単純な魔力波動の検査をするだけだから。ちょっと機械をつけるけど、全然痛くないわよ」

「……は、はあ」

 安心していいのかどうか判断できないミリーネは引きつった表情のまま頷いた。

 

 

 

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