File 00:学園のクレイジー・ブラック

 

01


 

「あいつ、バカなんじゃないの?!」

 カフェテラス全体に響くくらいの大きな音を立ててテーブルを叩く友人を、ルースは控えめな笑みで見ていた。

「信じられない! 何よ、あの単独行動?! バカとしか言いようがないわ!!」

 笑みを向けられているミリーネは、顔どころか身体全体から苛立ちを発していた。その苛立ちは目の前にいるルースだけでなく、あたりで同じように昼食を食べている学生たちや魔道管理局の職員たちも気付くほどのものである。あたりの視線がミリーネとルースの座る席に集中していることに、ミリーネは気付いていない。

「私が注意したらあいつ、なんて言ったと思う?! 『俺のやり方は間違ってない』って言ったのよ?!」

「ああ……うん、聞いていましたよ、その辺りは」

 思い出すだけで頭が痛いけど、と続けるのはまた目の前の友人の苛立ちを助長させるだけだろうと思い、ルースは言葉を飲み込んだ。

 

 数時間前。

「……あんた、どういうつもりなのよ」

「何が」

 ミリーネが仁王立ちしてしゃがみこんでいる相手を見下し、尋ねる。見下された相手は、真っ黒な瞳でミリーネを見返した。

「何が、じゃないわよ。あんた、そんな風に一人で好き勝手して楽しい?」

「……別に俺は楽しむために実習してるわけじゃない」

 そういうと、彼はゆっくりと立ち上がって制服についた埃を手で払った。立ち上がれば、ミリーネよりも身長の高い彼が、ミリーネを見下すことになる。

「俺のやり方は間違ってない」

 そのやり取りを遠くから見ていたルースは、一瞬、恐怖を覚えた。

 黒い瞳にも、淡々とした声にも、感情がない。完全に閉ざされた感情の扉は、冷たい棘が張り巡らされているようにルースには思えた。が、

「……だったら勝手にしなさいよ、このっ、クレイジー・ブラック!!」

 恐怖を超えて怒りを覚えているミリーネの叫び声で、ルースはようやく現実に戻ってきたような気がした。ミリーネは怒りを全開にさせた表情で、彼に背を向けてルースの方に歩いてきていた。

「ルース! 昼、行くわよ!!」

「あっ、ああ……ええっと……」

「ほら!!」

 ミリーネはルースの腕を掴んで、そのまま強引に引きずるようにその場を去った。

「ちょっと、ミリーネ! 痛いです!」

「あっ……」

 しばらく歩いた後、ルースの言葉にミリーネはぱっと手を放した。掴まれていた腕が少しだけしびれているように感じたルースは、掴まれていた部分を軽く撫でた。

「……ごめん、ルース。八つ当たり、みたいなことして」

「別に構いませんよ。ただ、もうちょっと手加減してくれるとありがたいですけど」

 笑いながら言うルースを見て、ようやく、ミリーネも笑みを浮かべた。

 

 しかし、その笑みも昼食の愚痴の吐き出し大会で消えてしまったわけだが。

「なんで私があんな奴と一緒なのよ……なんなのよ、クレイジー・ブラックって……意味わかんない」

 昼食を食べ終えたミリーネはぐったりとした表情で机に突っ伏す。その声は、どこか泣き出しそうな、少しだけ震えているものだった。

「おやおや、苦労してるなー学生よ」

 そんなミリーネの頭の上に、冷たい何かが触れた。突然のことに驚いたミリーネは勢いよく頭を上げた。それと同時に「おお?!」と驚いたような声が聞こえた。

「こんにちは」

「またあんたか!!」

 穏やかに挨拶するルースに対し、ミリーネは呆れと怒りが半分半分な大声を上げて、声のした方を見た。

「いやー、ミリーネの姿が見えたから声をかけてあげないとなあ、と思ってな」

 にやり、と笑うのはデュオ。どうやら任務が終わってそのままカフェテラスに来たようで、出動時のコート姿のままである。

「別に声をかけてもらわなくても結構。っていうかそんなに私をからかって楽しいわけ?」

「からかうとは失礼な。後輩を心配してやってるんだろう? ほら」

 むっと表情を曇らせるミリーネに、デュオはスポーツドリンク入りのペットボトルを渡す。先ほど頭に乗せられたのはこれか、と思いながらミリーネはそのペットボトルを受け取った。それでも表情は変わらない。

「どーもありがとーございまーす」

「うっわー、わかりやすい棒読み」

「ミリーネ……班長さんにその対応はだめだと思いますけど……」

 立場としては、ミリーネは実習中の学生でデュオはミリーネの実習先である第一隊の三班の班長。立場はどちらが上かは明確で、どのような対応をするべきかということもはっきりとしている。しかし、そんなことはミリーネには関係ないらしい。

「私、班長だからとか抜きで、あんたみたいな人、嫌い」

「……ルース、今の発言、どう思う?」

 少し悲しげに、デュオはルースにもペットボトルを差し出しながら尋ねる。どのように反応すればいいかわからないルースは苦い笑みを浮かべるしかできなかった。

 

 当時の魔術指導訓練所には有名な“問題児”がいた。

 通称クレイジー・ブラック――『狂った黒』と呼ばれたその学生は、ただの問題児とは桁が違っていた。

 その、問題児の名前は――

 

 ミリーネとルースがテラスにいる頃、第一隊ブリッジ。

「私はいつ、指示を超えた行動を取っていいと許可した?」

『冷徹の白』――クール・ホワイト。魔道管理局でその名を知らない人物は、まずいないだろう。もちろん、学生の間でも同じである。

「……効率のいい方法を優先して実行したまでです」

「私の質問に答えろ。いつ、指示を超えた行動を取っていいと許可した? リュウ・フジカズ」

 冷徹の白ことフリジアは、自分の視線の先にいる少年を見下して再び尋ねた。少年、リュウ・フジカズは恐れるどころか一切表情を変えず、フリジアの視線を受けていた。その上、フリジアの問いに対して、答えることは何もない、と言うように沈黙を続けている。

「なるほど、答えないつもりか」

「……」

 沈黙する、リュウ。それを見つめる、フリジア。張りつめた空気はブリッジ全体に伝わっていた。沈黙の時間が永遠に続くかと思われたとき、ブリッジの扉が開かれた。

「クロウドさん、任務終了しま……し、……」

 何の事情も知らないデュオは、ブリッジに入った途端に張りつめた空気の棘を全身に浴びた。ブリッジの真ん中で向かい合うリュウとフリジアの姿を見て、デュオは何が起きたかすべて理解した。それからなるべく音をたてないように、デスクにいる上司のクロウドの隣に立つ。

「また、ですか」

 ぽそり、とデュオはクロウドの耳元で尋ねる。クロウドは小さく頷き、苦笑いを浮かべた。

「なかなか難しいものだね、実習担当って言うのも」

「いやー、あれはフリジアさんよりも学生の方が問題だと俺は思いますよ」

 デュオは言いながら視線をリュウの方に向けた。あの『冷徹の白』相手に、まったく恐れた様子を見せないリュウの様子に感心するやら呆れるやら、いろんな意味を込めたため息を吐くしかできない。その時、デュオがいたことに気付いたフリジアが、鋭い視線をデュオに向けた。

「帰ってきていたのか、デュオ」

「え? ああ、はい、先ほど」

「ちょうどいい。こいつの相手を任せる」

「……はい?!」

 予想していなかったフリジアの言葉に、デュオは純粋な驚きの声を上げた。驚いているのはデュオだけでなく、リュウも同様だったらしく、目をわずかに大きく開いていた。その中でフリジアだけが平静を保っており、何事もなかったかのようにリュウのもとから離れ、デュオに向かって歩き始める。

「ちょ、こいつの相手って」

「好きにしてやれ。――お前にとって、使いやすくなるようにな」

 すれ違いざま、後半部分はデュオの耳元で囁くようにフリジアが言った。その言葉にデュオははっと一瞬、目を大きく開いた。その真意を確認しようと振り向いてフリジアを見るが、言った本人は何事もなかったかのようにブリッジを去っている。デュオはしばらくひきつった表情でフリジアの背中を見ていたが、諦めたかのように大きく息を吐き出した。

「それじゃあ、後は任せるとするかな」

「って、クロウドさんもですか?!」

「今のところ重大事件の発生もないからね。私も休憩とするよ」

 クロウドは笑みを浮かべて立ち上がり、デュオの肩を軽く叩いた後ブリッジを出て行ってしまった。

「マジかよ……」

 置いて行かれてしまったデュオは小さくつぶやき、視線をブリッジの扉から先ほどまでフリジアが立っていた場所に向ける。リュウもどうすればいいかわかっていないらしく、顔をわずかに俯けていたが、近づいてきたデュオに気付いて顔を上げた。

「……へぇ」

 真っ黒、というよりは真っ暗な瞳。深海の奥底のような暗い色は、全てを拒絶している。そう感じ取ったデュオは、先ほどまでのひきつった表情をふっと、消していた。

「リュウ・フジカズ。まあ、事情は聞いた通りだと思うから、とりあえず俺と一緒に訓練だ」

「……わかりました」

 思ったより素直な反応に、デュオは内心驚いていた。

 

 

 

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