13
「悪いが、俺はお前の気持ちをわかるつもりはない」
泪の語りを聞き終えたリュウは、ロッドを横に振り、泪に向けた。
「お前がやっていることは、自分勝手な感情の押し付けだ」
「……貴方も、そんなことが言えるようになったのね、龍」
ふっと、泪は笑みを浮かべる。あの時の笑みと同じだ、とリュウは感じていた。瞳の奥は淀んでいて、光も何も届かないような色をしている。
「だったら、あのまま姉さんが生きていれば幸せだったと言うの? 同じ時を生きられないのに、相手が老いて逝く様だけ見て生きることが、幸せだと言うの?」
「俺にはわからない……。それでも、共に生きて行こうとした母さんの意思を、お前は消し去った」
リュウの手に握られていたロッドが、ぎり、と軋む音を放った。
「母さんだけじゃない。多くの人の、思いを、お前の勝手な感情で消し去った」
「それがどうしたって言うの?」
「そんな方法が正しいとは、俺には思えない」
リュウは真っ直ぐに、泪を見据える。
「魔術展開」
唱えると、ロッドが形を変え、黒い鎌となった。
「粒泪。俺は、お前を止める」
「……そう。私を否定すると言うのなら、貴方にも教えてあげるわ」
泪は笑みを消して、右掌をリュウに向けた。黒い魔法陣が、展開される。
「これが本当の、幸せだって」
手を動かすと、魔法陣が複製されていくつも現れる。そこから、先ほど泪が現れたときと同じように黒い影が生まれ、人の形となってゆく。
「行きなさい、私の『娘』たち」
そこに現れたのは、少女型のドール。赤、青、黄、緑と鮮やかな髪のドールたちは薄い笑みを浮かべてリュウとビィを見つめている。
「……本当に、悪趣味なドールだな」
「マスター」
ビィがリュウに声をかける。リュウは小さく首を振った。それと同時に、ドールたちが一斉にリュウに向かって駆け出した。
「対象確認、破壊します」
ドールたちは同時に言い、リュウに向かって手を出した。
「魔術展開」
最初に唱えたのは、黄色い髪のドール。リュウの足元に黄色い魔法陣が展開され、そこだけがまるで底なし沼になったようにどろりと地面が溶け、そしてリュウの足を沈めた。足を軽く動かしたリュウだったが、その程度では沼から抜けることは出来ない。
「拘束魔術発動」
青い髪のドールの声が響くと、あたりの水たまりが青く発光し、そこから水の鎖がリュウに向かって放たれた。完全に動きを封じられたリュウの目の前に、赤い髪のドールと緑の髪のドールが飛び掛かる。
「魔術展開」
同時に唱えられた声。そして、二人の掌からそれぞれの色の魔法陣が展開される。赤い魔法陣から放たれた炎の矢が、緑の魔法陣から吹く風で炎の勢いと速度を増し、リュウに向かう。
「……」
激しい爆発音のような音がして、辺りが煙で包まれる。泪は、その煙をじっと見つめていた。
「魔術展開」
静かな声が、響く。直後、煙を裂く横一線が入った。
「……へえ」
にやり、と泪は笑う。煙の裂け目から鎌を振るうリュウと、倒れる赤い髪のドールと緑の髪のドールが見えた。二体のドールは腹部に大きな切り傷があり、地面に落ちた途端、ぱん、とはじけて消えた。リュウは消えたドールに目も向けず、そのまま駆け出す。
「拘束魔術発動」
青い髪のドールが唱えると、リュウの目の前に青い魔法陣が現れる。リュウは鎌を前に出し、鎖を鎌に絡めつけた。
「魔術展開」
リュウが唱えると、足元に白い魔法陣が展開され、魔法陣が強く発光した。光を浴びた鎖は朽ちてゆくように、形を失う。視界が白く染まる中でも、青い髪のドールは、薄い笑みのまま再び魔術を展開させようとリュウに手を向ける。
「魔術て」
しかし、ドールが手を向けた先にはリュウの姿はなかった。リュウの魔力波動を感じたドールが振り向いた時、すでにその身体は黒い鎌で切り裂かれていた。
「あと一体か」
リュウはぽつりと呟き、視線を最後の一体のドールに向ける。その視線は冷たく、全ての感情を表に出すことを拒絶しているようなものだった。そんなリュウの視線を受けても、黄色い髪のドールは笑みを浮かべている。
「対象を、破壊します」
そう言って、ドールはリュウに向かって走り出す。リュウは鎌を振り、ロッドの形へと戻した。
「魔術展開」
リュウとドールは、同時に唱えた。直後、リュウの足元の地面に亀裂が走る。亀裂により、リュウはがく、とバランスを崩し、倒れる。
「対象を捕捉。魔術展開」
倒れるリュウの背後に、黄色い魔法陣が現れる。地面から杭のようなものが現れ、無抵抗に倒れるリュウの身体は、その杭に貫かれた。ドールはそれを見て静かに手を下ろした。
「甘いな、ドール」
杭に貫かれたリュウが、低い声で言う。その直後、リュウの姿が黒い靄となって消えた。
「魔術展開」
何処からか聞こえてきた声。ドールの足元に黒い魔法陣が現れ、そこから無数の黒い矢がドールに向かって放たれた。ドールは、防御することも出来ず、消滅した。
「……次はお前だ。粒泪」
リュウは泪を睨みながら、ロッドを向けた。
「そうね……」
くす、と泪は笑う。そして、泪は右手をリュウに向け、黒い魔法陣を展開させた。
「すぐに、終わるだろうけど」
微笑む泪の魔法陣から、黒い矢が先ほどリュウが出したものよりも膨大な数の矢が一気に射出される。
「結界展開」
ビィの声と同時に黒い結界がリュウの前に現れて、矢を遮る。しかし、その結界にも亀裂が少しずつ入ってゆく。
「マスター、ルイ・ツブラギのパワーランクはSと推測されます」
「……ああ、そうだろうな」
Sランクと言われているビィの結界にこれだけのダメージを与えるのは、同等のランクを持つものしかできない。
「だが、こっちも退くわけにはいかない」
「マスター、命令を」
ビィは紅い瞳でリュウを見上げて尋ねる。痛々しいほどに、自分の言葉を求めているビィの瞳を見て、リュウは小さく零した。
「お前は、何もしないでくれ」
「……何も、ですか」
「これは、俺が決着をつけないといけないことだ。粒泪を止められるのは、俺だけだ」
「……」
リュウの言葉にビィは口を閉ざす。それを見て、リュウは口元に穏やかな笑みを作り、ビィの頭を撫でた。
「ありがとう、ビィ」
ビィから手を離し、再び泪を見る。矢を出すことを止めた泪はじっと、リュウを見つめていた。
「魔術展開」
リュウが唱えると、ロッドは再び鎌の形となった。黒い刃は強い魔力を纏い、鋭さを増す。
「さあ、始めましょうか、龍?」
くすり、と泪が笑う。
「ああ、そうだな」
鎌を握る手に、今まで以上の力が加わる。リュウは低く体勢を構え、泪を睨んだ。
「――魔術展開」