12
「……どういう意味なの、それ」
呆然とした表情の女。彼女と向かい合うようにして立つ男は、女の顔色など興味がないように煙草を吸い始める。煙が、二人の間に白い線を引くようだった。
「お前も、解ってるだろ? 俺たちとお前たちじゃ、違いすぎる」
「待って! そんなこと、関係ないでしょう?! だって、私たちは」
「愛し合っていた?」
男は、鼻で笑いながら女の言葉を続けた。
「……お前はそう思ってたかもしれない。でもな、やっぱり無理なんだよ……人間と魔法使いが結ばれるのは」
「何で……」
「根本的に、人間と魔法使いは、違いすぎるんだよ」
白い息を吐き出した男は、煙草を地面に落とし、つま先で踏み潰した。じり、じり、と地面を擦る音が、まるで自分たちの関係までも踏み潰されているような錯覚を女に与えた。
「俺じゃ、お前を幸せにできない。俺たちは、同じ道を進めないんだよ。生きる時間も、違いすぎる」
「そんなことない……ねえっ」
男は女に背を向け、その場を去る。女は手を伸ばし、男を引き止めようとしたが、言葉が出てこなかった。女は男の言葉の意味を理解していた。だからこそ、引き止められない。
「……結局」
結局、私たちは結ばれない。頭では理解していることを、気持ちが否定していた。女は何かを言おうとした口を閉ざし、奥歯をぎり、と噛んだ。手を伸ばした先に、平凡な幸せを手にした男の姿が見えたような気がした。
「姉さん……、ウソでしょう?」
女は、姉の口から出てきた言葉が信じられなかった。一方の姉は、幸せそうな笑みを浮かべて、頷いている。
「ごめんなさい。なかなかあなたに会えないから、報告できなくって」
「どうして……どうして、そんな! これで、姉さんが幸せになれるわけないでしょう?!」
「そんなことないわよ」
「姉さんは騙されてるだけよ!! 目を覚まして!」
「大丈夫よ」
女の必死な声を受けても、姉は表情を変えない。笑みのまま、女の手をそっと取った。
「私はもう、十分幸せなの。だから今度は、あの人に幸せをあげなくちゃいけない」
「何言ってるの……!」
姉の暖かな手を振り払い、女は叫ぶ。
「そんなこと言って、裏切られるのは姉さんよ! 本当に、幸せになれるはずないじゃない!!」
「どうしてそんなに否定するの……?」
「騙されてるのよ……私たちと彼らじゃ、違いが大きすぎるのよ……」
自分を拒み、平凡な幸せを手に入れた男の背中が、まだ、女の目の前にある。
「気付いてないだけなのよ、姉さんは本当の幸せに!!」
「何を……」
「私たちは彼らと同じ道を歩めないのよ……解ってるでしょう?」
女の周りに、不穏な風が吹く。それに気づいた姉は、はっと目を開いた。
「同じ長さを生きれないなら、いっそ、同じ時間の中で死んだ方が良いんじゃないの?」
「……何を言っているの、あなたは」
「置いて行かれる孤独をなんて、味合わなくていいのよ、姉さん」
「泪……!」
女の名を呼ぶ姉の声が、震えていた。しかし、そんなことを気にしない女は口元に笑みを浮かべる。
「大丈夫、姉さん」
姉に向かって右手を向ける女。姉の大きく開かれた目には、歪んだ笑みを浮かべている女の姿が映し出されていた。
地面に何かが落ちる音。びしゃり、という音は、雨の中で何かを踏みつけるような音によく似ていた。
「――おかあさん?」
背後からかけられた声に、女はゆっくりと振り向く。そこに立つ少年は、女を不安げな瞳で見ていた。
「おかあさん、は?」
少年の問いに答えようと、女は倒れている姉に視線を向けた。
「……私は忠告したのよ、ずっと。これが、幸せの形だって」
人間と魔法使いが結ばれて、幸せになれるはずがない。それは、女が一番わかっていた。自らの心についた傷が、嫌と言うほど教えてくれたのだから。
「何度も何度も言ったのに、聞いてくれなかったのは姉さんなのよ。でも、これできっと、わかってくれる」
血を流し、その場に倒れている姉――翡翠。その命は、すでに尽きていた。
共に生きることができない魔法使いと人間。ならば、いっそ、相手の人間が生きている時間の中で死ぬ方が、先に置いて逝かれるより幸せではないのか。永遠とも思えるほどの時間を生きる魔法使いにとっては、それが、幸せではないのか。
「貴方なら、わかってくれるでしょう? ねえ、龍」
女が問いかけたとき、少年は目を大きく開いて女を見つめていた。それは、先ほどまで自分に向けられていた瞳とよく似ているものだった。