10
「今のは……!」
フリジアの通信は、リュウの病室にも届いていた。その通信を聞いたリュウだけでなく、デュオもミリーネも表情を強張らせていた。
「……っ」
「こら、待て!!」
ベッドから降りようとしたリュウを、デュオが慌てて止めた。リュウの腕を掴むデュオだったが、振り払おうとするリュウの力が、異様に入っている。
「今の聞いてなかったのか! 第三隊は全員待機だろうが!!」
「だが、俺は!」
「お前は第三隊の魔導士だ! それに」
「また、同じことを繰り返されるのですか」
デュオの言葉に、淡々とした声が続いた。リュウははっと目を開き、腕に入れていた力をふっと抜いた。
「……ビィ」
「マスター。今のマスターは、通常時と違います。冷静な判断が行えていないと思われます」
ビィの言葉は、正しかった。通常時と違う――感情で動いている。そんなこと、わかりきっていたはずなのに、粒泪の名前を聞くだけで、冷静でいられなくなる自分がいた。
「リュウ。はっきり言うが、今のお前が前線に出ても役に立たない。むしろ、お前が傷ついて終わるだけだ」
「……けど」
「けど、何よ」
言葉を続けようとしたリュウに、冷たいミリーネの声が重なった。逆説の言葉を出してみても、続く言葉は、ない。
「……」
「Sランクだとしても、第一隊があれだけ行ってるのよ? あんた一人が行くよりルイ・ツブラギを捕まえられる可能性は高いわよ」
「それに、フリジアさんが先陣切ってる。捕まえられないはずがないだろ」
「……ああ、そうだな」
ミリーネとデュオの言葉を聞き入れ、リュウは力を抜いてベッドに座る。大丈夫、と自分の胸の内に、言い聞かせて。
「……あら」
雨が降り続ける林の中で、泪はぼんやりと立っていた。しかし、誰かが近づく気配を感じ、その方を見ると楽しそうな笑みを浮かべた。
「貴女は、確かさっきの……そう、さっき、龍のことを助けに来た魔導士さん」
「ルイ・ツブラギ、貴様を確保する」
泪の笑みに対し、冷たい口調で言ったのはフリジア。銃口を向けるその金の瞳は、鋭く、泪の姿を貫いていた。
「……私ね、貴女の瞳、嫌いじゃないのよ」
「……」
「そういう真っ直ぐな瞳って綺麗だと思うの。まあ、そういう話はどうでもいいみたいね」
小さく息を吐き、泪はあたりを見た。姿は見えないが、周囲には魔導士たちが配置されている。魔力波動や気配を感じている泪はにこり、と笑みを浮かべた。
「貴女の名前……そう、フリジア。貴女、もしかして怒ってる?」
「……」
泪の言葉に、フリジアは答えない。それでも泪は、笑顔で言葉を続けた。
「そうよね、怒っている相手にそんなにぺらぺら喋りたいと思わないものね。私は話すのが好きだから誰が相手でも喋るのだけれど」
銃口は、向けられたまま。
「でもね、貴女が怒っている理由がよくわからないの。貴女が怒るとしたら、私が捕まらないこと? それとも、私を見つけておきながら部下が誰一人捕まえようとしなかったこと? ああ、でもそれは貴女の作戦かもしれないものね。じゃあ、他に何があるかしら……」
首をかしげながら、泪は言葉を続ける。その口調は、まるで友に語りかけるかのようで。
「ああ、そうか!」
ぱん、と大げさに泪は手を鳴らした。
「貴女、龍の師匠か何かね! だから、教え子の龍が傷つけられて怒ったのね! ああ、よかった! わかってすっきり――」
「魔術展開」
フリジアの低い声は雨にかき消されない。銃口を中心に白い魔法陣が展開され、フリジアが引き金を引いたと同時に白い光の弾丸が泪に向かって飛んだ。
「あら」
泪は小さく呟き、右手をフリジアに向ける。右手から黒い魔法陣が展開され、白い光は魔法陣に突き刺さった。
「束縛魔術展開!!」
直後、林の中から一斉に声が上がった。泪が林の方を向くと、そこからさまざまな色の光でできた紐状のものが、泪に向かって放たれた。
「ふうん」
しかし、泪は動じた様子を見せず、地面をつま先で小さく叩いた。泪の足元に黒い魔法陣が展開され、円の淵から黒い光が壁となって紐をはじいた。
「そんな簡単な魔術じゃ私は捕まら――」
「魔術展開!!」
ばりん、とガラスの割れるような音がした。泪が視線を林からフリジアの方に向けると、目の前に白い光があった。
辺り一面が、白い光に包まれる。フリジアは銃口をおろし、腕で目元に影を作りながら前方を確認していた。
「……」
銃弾は確実に当たったはず。たとえ結界を展開されたとしても、それを破壊する程度の魔力は込めた。位置としては、頭部。回復力が強い魔法使いだとしても、少なからずダメージは受けている。
「フリジア隊長」
フリジアのそばに、副隊長のレンが駆け寄った。表情はまだ険しく、フリジアの隣に立つと、泪のいる方に向かって剣を構えた。
「……ああ、まだだ」
あの女が、まだ、倒れるはずがない。フリジアが確信を抱いた瞬間、前方の魔力波動が、揺れた。
「……! 結界展開!!」
状況を把握するよりも先に、フリジアは銃口を前に向けて叫んだ。引き金を引いて弾丸を放つと、白い魔法陣が結界となって展開された。
「フリジア隊長!!」
「これはっ……!」
白い魔法陣に、黒い弾丸がぶつかる。結界にひびが入り、少しずつ、広がってゆく。
「結界展開!!」
レンは剣を地面に突き刺して唱える。地面に亀裂が走り、フリジアの前方に入った亀裂から炎の壁が生じた。
「隊長、下がってください!!」
「くっ……!!」
レンに言われるが、フリジアは動こうとしない。
先ほど、泪に向かって打った一撃でかなりの魔力を使ったフリジアは、残る力で何とか結界を展開させている。わずかな魔力を使って結界を作ることはかなりの集中力が必要となり、動いてしまえばその結界は消えてしまう。レンが結界を作っているが、その程度の結界を泪が破壊できないはずがない。このまま下がってしまえば、フリジアだけでなく、レンにも被害が及ぶことは明白だった。
「隊長!!」
レンの声が、強く鼓膜を揺らす。フリジアは付けていたネックレスを外し、レンに向かって投げつけた。
「転送魔術発動!!」
「なっ?!」
フリジアの投げたネックレスには、ストーンがついていた。そのストーンは緑に光りはじめ、レンの足元に魔法陣を展開させた。
「隊長?! 何をっ」
「貴様は下がれ!!」
悲鳴のような声を上げ、フリジアはレンに命令する。今まで聞いたことのないようなフリジアの声に、レンははっと目を大きく開いた。
「――あとは、任せた」
フリジアの言葉がレンの耳に届いたと同時に、レンの視界が光に包まれた。
炎の壁が消え、残るのは白い魔法陣の結界。しかし、すでに大きなひびが上下に入っていて、魔法陣の中央にある黒い弾丸が貫通するのも時間の問題だった。
「部下を逃がすとは、良い判断ね、フリジア」
穏やかな、泪の声。それを聞いていても、フリジアはロッドを結界に向けたまま、険しい表情を浮かべている。
「だって犠牲が、貴女一人だけになるもの」
結界はガラスのように砕け、黒い弾丸はフリジアに向かって飛ぶ。フリジアはロッドを素早く下ろし、一歩後ろに下がる。弾丸の軌道はフリジアの顔面。
「っ……!!」
軌道を読み取ったフリジアは、わずかに顔をずらし、弾丸を避ける。それでも弾丸はフリジアの頬に傷を作った。
「あら、すごい」
笑う声は、フリジアの背後から聞こえた。
「でも、貴女の負け」
背後に向かって銃を構えたフリジアの目の前には、泪の掌。
「残念でした」
黒い魔法陣が展開される。フリジアの、黄金の瞳も、黒い色に染まる。
――林の中、先ほどまであった白い光は黒へと変わっていた。