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09

 

[こちら、救護室。リュウ・フジカズが目を覚ましました]

「何っ?!」

 第三隊のブリッジに入ってきた通信に、デュオが大声を上げた。その直後、通信席に座っていたミリーネが通信用のインカムを外して立ち上がり、そのままブリッジを出た。

「おい、ミリーネ! ったく……レオン! 後は任せた!」

「了解しました。……、デュオ司令官」

 ミリーネの後を追おうと走りかけたデュオを、レオンが呼び止めた。

「私の分も、言っておいてください」

 デュオをまっすぐ見つめるレオンは、いつもの笑みを、消していた。

「……おう、言っとく」

 小さく頷き、デュオも走ってブリッジを出た。レオンは一つ息を吐き出して、いつもの微笑みに戻った。

 

「マスター」

 リュウが目を覚ました時、目の前にいたのは紅い瞳をじっとこちらに向けているビィだった。

「……ビィ」

「ご無事ですか」

「……なんとか、な」

 まだはっきりと覚醒していないせいか、視界がまだぼんやりとしている。リュウはゆっくりと起き上がって、あたりを見た。真っ白な、個室の救護室。また俺は、倒れてしまったのかとリュウは俯いた。

「どうされましたか、マスター」

「また、俺は……何もできなかったのか」

 白いシーツの上にできた自分の影を睨みながら、リュウが呟いた、その時。

 扉が開かれる音がしてリュウが顔を上げた直後、視界の全面を占めたのは、握り拳だった。

「この、バカ!!」

「ごっ?!」

 悲鳴のような低い声を上げたリュウは、顔面に入ったパンチの勢いのまま、ベッドに倒れこんだ。

「あんた、一体何考えてるわけ?! フリジアさんの命令は無視するし、自分の身体のことも考えずに無茶して!! バカじゃない?!」

 一通り叫びが終わった後、荒く呼吸をする声だけが病室に響く。殴られた顔面を押さえていたリュウだったが、ゆっくりと手を放して自分を殴ってきた人物を見た。

「……目覚めたばっかりの奴にするようなこととは思えないな……」

「うるさいわね、バカ」

 リュウの文句に対し、殴ってきた本人――ミリーネはリュウを見下しながら言った。

「……あんた、何考えてたのよ」

「何、って」

「もうちょっと周りとか見えないわけ?! あんたさ、一人で戦ってるとか勘違いしてない?!」

 病室に響く、ミリーネの声。

「本当にそういうところ、学生の時から変わってない。結局あんた、全部一人でしようとしてるじゃない」

「……ああ」

 全部、自分の問題だから。全部、自分が決着をつけないといけないことだから。だから、一人でする。その考えに、間違いがないと、リュウは思っていた。

「……ったく、そういう考え、本当に変わんねーのな」

 再び扉が開かれ、今度はデュオが病室に入ってきた。ミリーネの怒り顔とは打って変わって、呆れきったような、そんな笑みを浮かべている。

「デュオ……」

「結局お前、フリジアさんに怒られたんだろ? そういうところも変わってねえし、いつまで学生気分だ?」

「……」

 何も、否定できなかった。できることは学生時代から広がったとしても、結局、同じことを繰り返してばかりだった。デュオの言葉も、新人時代に言われたことのあるものだった。頭が重く感じて、顔を俯かせた。

「……俺は、何も変わってないのか」

「バカ。あんた、変わってるのに気付いてないだけよ」

 ミリーネの声が、先ほどと明らかに違うものになる。

「周り見ろって、言ったでしょ。あんたのそばには、私たちがいるじゃない」

「……ミリーネ」

「あーあ。俺が言いたいこと、ミリーネに言われちゃったじゃねえか」

 小さくため息を吐き出し、デュオが苦笑いを浮かべながら言う。リュウは顔を上げて、ミリーネとデュオの顔を見る。

「リュウ。言っとくが、俺はお前をなくしたくない。第三隊の魔導士として、じゃない。俺の友としてだ」

「……」

「まあ、お前が居ないと俺の仕事も大変になるからなあ。まだお前に働いてもらわないと困るんだよ」

「デュオ、あんたねえ……。どうしてそう、真面目な雰囲気保てないの?」

 はあ、と呆れ交じりのため息を吐き出して、ミリーネも微笑む。リュウは再び俯いて、小さく零した。

「……すまない」

「それは、何に対する謝罪だ?」

「それ、は……」

 デュオの問いかけにリュウは言葉を詰まらせる。デュオはじっとリュウを見つめて答えを待っていた。

「……俺が、勝手なことをしたこと」

「ぶー。んなことは上の会議で処罰が決まるんだよバーカ」

「なっ?!」

 真面目に答えたつもりだったリュウは、怒りで一瞬喉に言葉が詰まった。

「確かに勝手なことに対する謝罪も欲しいがその前に一ついるだろ?」

「……周りを見てなかったこと」

「はい、やっと正解。お前な、うちのミリーネを本気で心配させてんじゃねえよ」

「そこ、何気なくうちのとか言わない」

 ミリーネは眉間に小さな皺を寄せながら、デュオの言葉に訂正を入れる。しかしデュオは気にしていないようで、リュウに話を続けていた。

「あとレオンもキレてたぞー。お前、レオンをキレさせるってどんな状況かわかってんのか?」

「……ああ」

 そこまで心配されていたのか、とリュウはシーツの上にある自分の手を見た。

「悪かった」

「まあ、その辺の謝罪に関してはまた飯作ってもらうのでチャラにしてやる」

「そうね。私も最近リュウのご飯、食べてないし」

「お前らなあ……」

「それに、あんたが一番謝る必要があるのは、私たちじゃないでしょ」

 ミリーネに言われ、はっとリュウは顔を上げた。ミリーネ、デュオの隣に静かに座るのは、紅い瞳を真っ直ぐにリュウに向けているビィ。

「……ビィ」

「マスター、私の存在理由は、貴方を守ることです」

 ビィはリュウを見つめて静かに、はっきりと言った。

「それでもマスターは、自分の身のことを考えずに行動されているように判断できます。マスターにとって、私は必要のない存在なのですか」

「ちが……」

「では、マスター。私を、信じてください」

 ビィの言葉に、リュウははっと、目を開いた。それは、いつか言われた言葉と、同じ。

「私は、貴方のドールであり、貴方のバディです。だから、私を信じてください」

 紅い瞳は捕らえるように、真っ直ぐに、リュウを見つめる。そうか、とリュウの口から零れていた。

「そう、だ」

 すぐそばにいた相棒のことを忘れていたなんて。そう思うと、自分がいかに冷静さを失っていたか、改めて感じることができた。

 

 

[こちら、第一班、リコーリス。……ルイ・ツブラギのものと思われる魔力波動を探知]

 レンからの連絡が第一隊に入ったのは、リュウが目覚めたという連絡を受けてから数十分後の事だった。ブリッジで情報を待っていたフリジアはスクリーンに映し出されたポイントを見て小さく頷いた。

「了解。全員その場で待機。ルイ・ツブラギが動くまでは何もするな。逃げだしたら全力で確保しろ」

[了解]

「――フリジア」

 ブリッジを出ようと扉の前に立ったフリジアに声をかけたのは、クロウド。フリジアの方を見ず、情報が流れてくるスクリーンを見たまま、クロウドは言葉を続けた。

「感情的になるな。君が、怒る気持ちも理解できるが、感情的になって捕まる相手ではない」

「……感情的、か」

 つい先ほど、それは自分がリュウに言った言葉ではないか。そう思うと、フリジアの口元に小さな笑みが生じた。

「わかっている。必ず、あの女を確保する」

「……頼む」

 クロウドの言葉を受け、フリジアはブリッジを出て目的の場所へと向かう。走りながら、フリジアは通信魔術を展開させた。

「こちら、第一隊パールズ。ルイ・ツブラギを発見したとの連絡を受けた。第一隊二、三、四班はこれよりルイ・ツブラギ出現ポイントへ向かう。第二隊は通信強化。第三隊は――全員待機、以上」

 魔導管理局全体に伝わる通信を終えたフリジアは、転送魔術を発動させ、その場から姿を消した。

 

 

 

 

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