07
泪の口から発せられた言葉に、リュウの息が、詰まった。
「……どうして、お前が」
「まさか龍がこの子のマスターになっていたなんてね。偶然と言うよりは運命めいたものを感じるわ」
「どうしてお前が、ビィのことを知っている?!」
リュウは叫びながら、泪に訊いた。叫んだあとのリュウは、荒く呼吸をして、肩を上下させている。視線は泪の方を向いているが、戸惑いを隠しきれていない表情をしていた。
「てっきり、あの日どこかに行ってしまったものと思っていたけれどね……そうね。ブランクの状態だったら、闇商人か何かが連れて行ってそのまま仮契約したのかもしれないわね」
「俺の質問に答えろ!!」
「あらあら、そんなに焦らなくてもいいでしょう? その子は、姉さんが作ったドールよ」
泪の姉――それは、
「……母さん、が?」
泪の言葉を繰り返すリュウの声には、力が含まれていない。それを見ながら、泪は満面の笑みを浮かべていた。
「そんなに驚くことかしら? 姉さんぐらいの魔力があればドールを作ることなんて容易いことだし、何より……貴方が姉さんにお願いしたんじゃなかったかしら?」
「……え?」
雨の音の中、泪の声だけはやけにはっきりとリュウの耳に届く。
「俺が、ビィを……?」
「まあ、覚えていないのも仕方ないわね。随分昔のことだし……」
泪は言いながら視線を上空に向けた。そして、口元の笑みを強めると、右手を空に向かって挙げる。
「全く、人の会話の邪魔をするなんて」
直後、泪の右手から黒い魔法陣が展開され、その魔法陣に向かって白い光がぶつかった。
「――ルイ・ツブラギ」
「あらあら、どちら様かしら?」
泪は魔法陣を消し、穏やかな笑みのまま上空を見上げる。視線の先には、足元に白い魔法陣を展開させて宙に浮いているフリジアの姿があった。
「魔道管理局第一隊隊長、フリジア・パールズ。貴様を捕らえる者だ」
「それは立派なご身分ですこと。でも、私は捕まるつもりはないわよ」
「貴様の意見など聞いていない」
穏やかな笑みを浮かべる泪に対し、フリジアはいつもと変わらぬ無表情のまま、フリジアに銃口を向ける。そして、人差し指を引き金にかけた。
「魔術展開」
唱えると同時に引き金を引くと、銃口の前に白い魔法陣が現れ、その中心から光の弾丸が泪に向かって放たれた。泪は小さく息を吐き出し、右手の親指と人差し指だけを伸ばして銃の形を作り、フリジアに向ける。すると、黒い魔法陣が指の先に現れた。
「人の話を聞かない人って、私、嫌いだわ」
まるで銃を撃つように手を軽く上に振ると、黒い魔法陣から、フリジアのものと同じような黒い光の弾丸が放たれた。白と黒の弾丸は正面からぶつかり相殺されて消える。
「貴様に好意を持たれようが嫌悪されようが関係のない話だ」
「悲しい人ね。そんなことだと、大切な人に嫌われるわよ?」
「――関係のない話だ」
フリジアが引き金を引こうとしたその時だった。泪の前に、誰かが、立った。フリジアは一瞬目をはっと開いたが、すぐに状況を把握して、泪の前に立つ――リュウに問いかけた。
「……貴様は何をしている、リュウ」
「……こいつは……俺が……」
顔を俯けたまま、リュウは言葉を発した。
「こいつは俺が、必ず捕まえ」
「魔術展開」
リュウの言葉を遮るようにフリジアが唱え、弾丸を放った。その弾丸は、リュウの肩をかする。
「――私の質問と異なる答えをするな、と何度言えば覚えるつもりだ、リュウ・フジカズ」
「……これは俺が決着をつけないといけないことだ……! 誰も手を出すな!!」
「黙れ!!」
フリジアは再び引き金を引き、先ほどと反対側の肩に弾丸を放った。先ほどよりも弾丸は深く当たり、リュウの肩から血の滴が落ちる。それを、リュウの背後に立つ泪は笑みを消して冷たい視線で見ていた。
「……そうね、これは私と貴方の話ね。これ以上此処に居たら、余計な邪魔が入りそうだから私は退散するわ」
黒い魔法陣が泪の足元に現れ、黒い光が泪を包む。その反応に気付いたリュウがはっと目を見開き、泪の方を振り向いた。
「粒泪!!」
「また改めて決着をつけましょう、龍。今度はきっと――貴方もわかってくれるわ」
そして、泪の体は完全に黒い光に包まれ、ふっと消えた。リュウはその様子を呆然と見ていたが、背後の気配に気づき、慌てて振り向く。
「魔術展開!」
ほぼ同時に、フリジアとリュウが唱えた。フリジアのロッドがリュウに向かって振り下ろされたが、リュウは鎌に変形させたロッドでそれを受け止めていた。
「何が決着、だ。貴様のその行為で、みすみす犯罪者を取り逃がした。これがどういう事態かわかっているのか、貴様は!」
「なら何故邪魔をしたんですか?! 俺は、あなたの助けなど必要なかった!!」
「ふざけるな!!」
フリジアは叫びながらリュウの腹に向かって蹴りを入れた。リュウは蹴りの勢いのまま飛ばされ、地面を転がった。泥まみれになって倒れているリュウの肩を踏みつけ、フリジアはリュウの額に銃口を向けた。
「フリジア隊長。マスターへ危害を加える者は、マスターの敵――私の敵と判断し、排除します」
状況を見ていたビィは、リュウを挟んだフリジアの向かい側に立ち、魔法陣を展開させていた。紅い瞳は、無感情に光っている。
「構わん。ドールごときに倒される私ではない」
「――待て、ビィ」
その言葉に、ビィは魔法陣を消した。フリジアも、視線をビィからリュウに向ける。
「……、お前の魔術で人を傷つけるな……」
「しかし、マスター」
「フリジア、……さん……」
リュウはわずかに顔を上げ、フリジアを見る。その目は、すでに生気を失っているようだった。
「――すみま、せん」
そういった後、リュウはふっと目を閉じ、顔を地面に落した。
「マスターの意識レベルの低下を確認。すぐに救援が必要です」
「ああ、わかっている」
フリジアは銃口をリュウから離し、足をおろした。そして、リュウの体を抱え上げる。
「……この、馬鹿者が」
そして、フリジアとビィは転送魔術を発動させてその場から去った。
[ルイ・ツブラギの魔力波動探知不能]
[魔術痕跡探索しましたが、有力な情報は残されていません]
[ドールも完全に契約破棄状態になっていました]
[――リュウ・フジカズはまだ、目覚めていません]
第三隊のブリッジにいるデュオは、第一隊や第二隊からの報告を受けるスクリーンをじっと見つめて――睨んでいた。険しい表情のまま、新しい情報が錯綜するスクリーンを、何も言わずに見つめている。
「……デュオ」
通信席についているミリーネは、視線を上方にある指令席に座るデュオに向けた。今までにない表情のデュオに、ミリーネは何と言葉をかけていいかわからなかった。その様子に気付いた隣の席にいるレオンが、通信画面を見つめたままミリーネに声をかける。
「ミリーネ通信士、今は我々もルイ・ツブラギの探索をせねば」
「わかってる……けど」
現在、全部隊で緊急配備となり、総力を尽くしてルイ・ツブラギの探索を行っている。しかし、探索魔術を使ったところで、AAA+以上――Sランクとされている魔法使いを探すのは不可能なのは、誰の目にも明確であった。
なにより、ミリーネにとってもデュオにとっても、そしてミリーネを諌めたレオンにとっても不安な要素がある。
――リュウ・フジカズはまだ、目覚めていません
「……あのバカ、勝手なことしやがって……」
ぎり、と奥歯を食いしばりながらデュオはスクリーンを睨んだ。それから、自分のデスクにある一枚の報告書を手に取った。
「……くそ」
それは、フリジアによって書かれていたリュウの単独行動についての詳細。ルイ・ツブラギが出現した場所とリュウとの関係、出現したドールの情報、ルイ・ツブラギが使った魔術系統、そして――ベリー・オブ・ブラックの製造者。
「ビィの製造者が……」
一体何の運命なのだろうか、などと考えながらデュオは大きく息を吐き出した。