06
外の雨は、強さを変えることなく降り続けていた。
「…………」
リュウは真っ直ぐにその場に立っていた。全身を叩きつける雨を気にもせずに真正面にある家を見つめている。すでに古びて、人が住んでいる形跡の無いそこは、かつてリュウが住んでいた家だった。
「……いるんだろ、粒泪」
リュウが確かめるように言うと、家の扉がひとりでにゆっくりと開かれた。そこから広がる室内は暗く、光という光が全て失われた闇が広がっていた。それを見て、リュウはゆっくりと一歩進む。
「魔術展開」
そんな少女の声が、リュウの耳に届く。持っていたロッドを顔の前に構えると、黄色い光の矢が、ロッドにぶつかった。タイミングがずれていれば、リュウの頭はその矢に貫かれていた。
「……面倒なことを」
ぽつり、と呟いてリュウは扉の奥に目を凝らす。暗闇の中から肩までかかる金髪をおさげにした、金色の瞳の少女が出てきた。薄い笑みを浮かべた少女は、リュウに右手の掌を向けた。
「魔術展開」
再び少女が唱えると、黄色い魔法陣が掌から生じる。
「魔術展開!!」
リュウも少女と同じようにロッドを向けて、魔法陣を出した。それからすぐに、リュウの魔法陣から黒い鎖が現れ、少女に向かって放たれた。
「対象捕捉!」
「拒否します」
少女が言うと、鎖は泡のようにはじけて消えた。リュウが驚愕の表情を浮かべていると、その足元に黄色い魔法陣が広がっていた。
「しまっ」
「対象捕捉完了、発動」
魔法陣の円に沿って、土がぼこぼこと音を立てて持ち上がり、リュウの視界を遮った。前後左右を土の壁に阻まれたリュウは、完全に身動きが取れなくなってしまった。
「マスター、任務完了しました」
その様子を見ていた少女はリュウに背を向け、家の方を向いて言った。
「魔術展開」
少女の胸の中心を、黒い刃が貫く。それでも少女は驚きの表情を浮かべず、薄い笑みのままだった。
「あれぐらいで俺を閉じ込めたと思うなよ、ドール」
リュウはロッドを鎌の形に変え、壁を破壊していた。そして背後から少女に近づき、その胸を貫いた。
ゆっくりと少女はリュウを見る。笑みは、変わっていない。それを確認したリュウは、少女の胸から、刃を抜いた。
「……マスター」
そう呟いたあと、少女は目を閉じて地面に倒れた。ぱん、とはじける音がして、少女の姿は消える。その場に残ったのは、砕けてしまった黄色い魔鉱石だけだった。
「粒泪!! 俺の前に出て来い!!」
リュウは家に向かって叫ぶ。雨の音にかき消されないほどの声だったが、中から反応は無い。しかし、リュウの目には家の中で魔力波動が動く様子が見えた。それを認識した直後、扉の向こうから青い光がリュウに向かって放たれた。
「魔術展開!」
目の前に魔法陣を出し、リュウは青い光を受け止めた。青い光はまるで矢のように鋭く尖って、リュウの魔法陣に突き刺さっていた。リュウがロッドを横に大きく振ると魔法陣と矢は光の粒となって消えた。
「……またドールか」
苛立ちがこもった低い声でリュウが唸ると、家からまた少女型のドールが現れた。今度は青い短髪で青い瞳で、先ほどのドールより少し身長が高い。そして、やはりその少女も薄い笑みを浮かべている。
「相変わらず、悪趣味なドールを作りやがって」
「対象、リュウ・フジカズ。目標固定、魔術展開」
少女は右の掌をリュウに向けて唱える。するとリュウの足元に青い魔法陣が現れ、水溜りの水が蛇のように動いてリュウの手足を縛った。
「発動」
少女の右の掌から魔法陣が現れる。そして、その中心から先ほどと同じような青い矢が出てきて、そしてリュウに向かって飛んだ。縛られて動けないリュウは真っ直ぐに飛んでくる矢を見ていた。
「魔術展開」
その場に響いた声はリュウのものでも、青い髪のドールのものでもなかった。リュウがはっと目を開いた時、目の前に黒い魔法陣が展開される。リュウに向かっていた矢は魔法陣に突き刺さった。
「マスターに危害を加えるものはすべて敵と見なし、排除します」
黒い魔法陣が消えた代わりに、リュウの目の前にビィが現れた。青い髪のドールと向かい合うように、リュウに背を向けて立っていた。ドールはビィに向かってゆっくりと手を向けた。
「……対象、未確認ドール。目標固定、束縛魔術発動」
「拒否します」
ドールの手から生じた青い魔法陣は、ビィの言葉を受けて砕けるように消滅した。
「対象、未確認ドール。破壊します」
確認するようにビィの言葉。そして、ビィはドールに向かって走り出した。それを見ていたドールは両手を前に突き出した。
「魔術展開」
ドールの目の前に青い魔法陣が展開され、そこから水でできた矢がいくつも現れた。それを見ても、ビィは足を止めることなく、走り続けている。
「発動」
ドールが唱えると、一斉に矢がビィに向かって放たれた。
「拒否します」
すべての矢は、ビィに当たる直前にただの水と化して雨と共に地面に叩きつけられた。
「魔術展開」
ビィが唱えると、その姿はドールの目の前から消える。ドールはビィを探すようにあたりを見回していた。
「探索魔術発ど」
ドールが唱えようとしたが、それを遮るように背後に現れたビィがドールに回し蹴りを入れた。ドールは勢いのまま地面をごろごろと転がる。
「魔術展開」
その転がるドールに向かって、ビィは黒い光の矢を一斉に飛ばした。抵抗できないドールはその矢を全て受けて転がり続ける。ようやく止まった時、ドールはぱん、とはじけて消えた。それと同時に、リュウの体を縛っていた鎖も水と化して消滅した。そこで、リュウはようやく口を開く。
「……ビィ、どうして」
「私は、マスターを守るためにここに来ました。マスターを守るのが、私の存在理由です」
ビィは振り向き、紅い瞳でリュウを見つめた。
「懐かしい姿ね」
声が、雨の中で響いた。
リュウははっと目を大きく開き、視線をビィからその背後にある家に向けた。暗い家の中から、かつ、かつ、とヒールが地面を鳴らす音が聞こえてきた。
「雨、全然止まないわね。まあ、雨って嫌いじゃないけど」
「粒泪」
開かれた扉の中から現れたのは、リュウが追い求めていた人物――粒泪。赤いスーツの泪はふっと穏やかに笑いながら、リュウとその前方に立つビィの姿を見ていた。
「……魔力波動確認。推定パワーランク、AAA+以上」
「あら、そんなに上がっちゃったのかしら」
ビィの言葉を聞いた泪が、少し目を大きく開け、おどけたような口調で言う。しかしそんな口調を気にかけていないビィは、紅い瞳を泪に向けた。
「貴女が、“人形使い”――ルイ・ツブラギですか」
「そうよ。それにしても久しぶりね、――ベリー・オブ・ブラック」