05
パンッ
「……貴様等、いい加減にしろ」
発砲音、天井の小さな穴、そして、低い女性の声。その三つに、その場の空気はまるで冷えて凍ったようになった。
「フリジア隊長、救護室周辺での魔術展開は……」
「この阿呆共を黙らせるにはこれぐらいしなければいけない。それとも、貴様等で止められたというのか?」
やんわりと注意をする救護班をフリジアは銃型のロッドを持ったまま睨んだ。金の鋭い瞳で睨まれた救護班員たちはゆっくりと後ろに下がって、その場から逃げた。そこに残ったのは、ようやく互いの胸倉から手を放したデュオとリュウ、そして病室から出てきたビィだった。
「……なんですか、フリジアさん」
不機嫌そうに、リュウがフリジアに尋ねる。その反応を見たフリジアはずかずかとリュウの目の前まで歩き、そして、リュウの目の前で立ち止まり、その頬を引っ叩いた。突然叩かれたリュウは目を大きくして、そのまま叩かれた方に体をふらつかせる。
「ふ、フリジアさ」
フリジアの行動に驚いたデュオが声をかけようとすると、今度はデュオも頬を強く平手で叩かれた。ぱぁん、と強い音がその場に響く。
「第一隊、第二隊に緊急配備命令が出ている。これが何を意味するか、貴様等わかっているか」
「……非常事態が発生している、ということですか」
「わかっているのなら、何故このような下らない事をしている」
先ほど救護班に向けたもの以上の鋭く険しい瞳を、デュオとリュウに向けるフリジア。声は低く、怒りを含んでいる。
「……冷静さに欠けた行動でした。申し訳ありません」
デュオはフリジアに叩かれた頬に手を当てながら、頭を下げる。実際、頭に血が上ってしてしまった行動で、司令官としてはあるまじき行為だった。そう思うと、自分の未熟さを痛感してしまう。
デュオの反応をみたフリジアは、今度は視線をリュウに変えた。リュウは、赤くなった頬をそのままにして、フリジアから視線をそらしている。
「リュウ、貴様はこれからどうするつもりと言った?」
「……粒泪の元に、行きます」
「どうやって行く? お前は、奴の居場所がわかるというのか」
「……はい」
「なら、第一隊に来い」
「なっ?!」
フリジアの唐突な提案に、デュオが声を上げる。リュウは何も言わずにフリジアの方を見た。
「現在、第一隊にルイ・ツブラギ捕獲命令が出ている。だが、第一隊、第二隊の通信士を使っても奴の居場所は特定できていない」
「俺が、その通信士の代わりになれ、ってことですか」
「そういうことだ。私は使える奴は使う」
「今の状態のこいつを使うつもりですか?!」
デュオが叫ぶように言うと、フリジアは頷いた。
「現状、ルイ・ツブラギの場所を特定できる魔術士も魔導士も第一隊、第二隊にはいない」
「だからって!」
「だから、何だ。それともデュオ、お前にはこいつを使わずにルイ・ツブラギを、Sランクの魔法使いの、殺人鬼を捕まえる方法があるというのか」
現在、ルイ・ツブラギを捕まえる方法は無い。推定ランクがSにまで上がったルイ・ツブラギを捕まえるには、魔導管理局でも上位ランクの魔導士の力が必要となる。そして、その上位ランクの魔導士が、リュウである。
フリジアの言うとおり、リュウを使う以外の方法をデュオは思いつかなかった。
「……わかりました。リュウ・フジカズを一時的に第一隊へと所属を移します」
「協力、感謝する。行くぞ、リュウ」
フリジアは短く言うと、デュオに背を向け歩き始めた。リュウも何も言わず、その背中についていく。
「ビィ」
歩き始めた二人についていこうとしたビィを、デュオが呼び止める。
「何でしょうか、デュオ司令官」
「……もしも、あいつに何かがあったら、止めてくれないか」
「何か」
「あいつは今、ルイ・ツブラギへの復讐でしか動いていない。周りどころか自分を見失っている。だから、もしも、あいつが自分で自分を抑えられなくなったら、お前が止めてくれないか」
ビィはじっとデュオを見つめる。デュオは、今にも泣きそうで、しかし、それでも威厳を保っている、そんな表情をしていた。
「私は、マスターを守ります。それが、ドールの――私の存在理由です」
そう言って、ビィはデュオに背中を向けて、リュウたちを追いかけるように歩き始めた。
魔導管理局機動部隊第一隊。
重大事件を取り扱う部隊であり、常に最前線にいると言っても過言ではないほど多忙な部隊である。
「……リュウ君」
司令官のクロウドは、ブリッジに入ってきたフリジアの後ろにいた人物を見て目をはっと開いた。名を呼ばれたリュウは一瞬だけ顔をあげたが、すぐに視線を落とす。クロウドの言葉に反応した第一隊の隊員たちはフリジアとリュウを交互に見ていた。
「状況報告」
「未だにルイ・ツブラギの魔力波動探知できていません」
「現場に残っていた魔力波動も微弱で、探索に利用できる状態ではありません」
報告を受けたフリジアは苛立ちを募らせる。結局何一つ状況は変わっていない。相手がSランクの魔法使いとなれば、それは仕方の無い状況なのかもしれない。小さく舌打ちをしたあと、フリジアは後ろを見る。
「リュウ、奴の居場所はわかるか」
「……やってみます」
フリジアに言われたリュウは、ゆっくりと目を閉じた。魔術を展開したわけでもないのに、何故かその場の空気が変わったようにフリジアは感じた。
思い出すのは、いつもあの場所だった。
ざあざあと雨が降り、あたりは薄暗い。
懐かしいあの場所は、今となっては悪夢を思い出させる最悪の場所。
「……あそこか」
リュウがそう呟いた直後、突然、その姿は消えた。何が起きたかわからない第一隊の隊員たちはざわつき、混乱した様子を表した。
「いつの間に結界を展開した……?! リュウ・フジカズの魔力波動の感知を急げ!!」
フリジアが大声で指示をすると、通信士たちが一斉に魔力探知を開始した。しかし、どの通信士たちも険しい表情を浮かべている。
「ダメです。強力な結界が展開されているせいか……、リュウ・フジカズの居場所を探知できません」
「ちっ……」
リュウが目を閉じた直後、その場にいる誰もに気付かれないような結界が張られた。その後、移動魔術を結界内で使用し、そのまま姿を消した。逃亡の際にも自身の周辺に魔力を遮断する結界を張って移動する。AAA+という強力で高度な魔術を使うことができるリュウだからこそできた技である。それを理解して、フリジアは苛立ったように舌打ちをした。
「第一班、第二班! リュウ・フジカズの……ルイ・ツブラギの探索を行う!! 第三班は探索強化! クロウド、第二隊に協力要請を行え!」
「了解!」
フリジアの指示を受け、第一隊のブリッジに返事が響く。そして、フリジアと隊員たちはブリッジから外に出た。