04

 

「今から二十年前、ある殺害事件が発生した。被害者は管理局に登録されていた魔法使い、ヒスイ・フジカズ。お前はこの名前を聞いて、どう思う?」

「マスターの血縁者、あるいは親族と考えられます」

「正解。ヒスイは、リュウの母親だ」

 まるで何かの授業のように、デュオはゆっくりと説明を始める。

「ヒスイを殺害したのは、登録外魔法使いのルイ・ツブラギ。ヒスイの妹であり、リュウの叔母にあたる女だ」

 デュオの視線は書類から、窓の外に向けられる。外は、まだ雨が止んでいない。

「あの日もひどい雨だった。まだ六歳だったリュウは、母親の死体を、それも……あんな悲惨な状態の死体を見てしまった。ルイ・ツブラギは、魔術で姉を殺したんだ」

「マスターの目の前で、殺人事件」

 記憶するように、ビィはデュオの言ったことを繰り返した。

「その後、ルイ・ツブラギの行方はわからなくなった。元々登録外の魔法使いを探すことは容易じゃない。それに、当時の奴は推定パワーランクがAAAとされていた。奴にとって隠れることは容易かっただろう」

「そして、それから十年後に事件は再び起きた」

 デュオの言葉を続けるように、セイレンが言う。

「今から十年前、女の魔法使いが殺害される事件が多発したの。被害者は全てで十人。どれも、ヒスイ・フジカズが殺害されたときのように顔以外を傷つけられてあたりに血を撒き散らして死んでいたわ。ただ、そのときと違ったのはドールがその場に放置されていたこと」

「ルイ・ツブラギはドールを用いて殺害を行っていた、ということでしょうか」

「ああ、そうなるな。そこから魔力波動を特定しようとしたが、ドールの契約は完全に切られていて、犯人はわからなかった」

 言い終えたデュオは、大きく息を吐き出し、そしてビィを見た。

「リュウはそのルイ・ツブラギと遭遇したんだろう。目の前で、自分の母親の敵が居た、となればあいつも冷静でいられるはずが無い。だが、ルイ・ツブラギは強かった。その力に圧倒されたリュウは、何も出来ずに母親と同じように目の前で人が殺されるのを見た」

「母親と、同じように」

 呟くようなビィの声。その様子を不思議に思ったセイレンはビィの顔を覗き込んだ。

「何か引っかかるところでもあるの?」

「マスターは、夢を見られていたそうです」

「……夢?」

 ビィから出たその単語に、セイレンだけではなくデュオも反応した。

「先日からずっと不快な夢を見られていました。原因について、マスターは『嫌な記憶』が関係していると仰っていました」

「『嫌な記憶』、か……そうだな、多分、このことだろう」

 デュオは書類をファイルに入れながら頷いた。リュウと『嫌な記憶』という単語で繋がるのは、この事件に関わることしかない。そう思いながら、デュオは小さく息を吐き出した。

「こんな状態だ。あいつをこの事件に関わらせるわけにはいかない」

「それもそうだけど……。ルイ・ツブラギの推定ランクは、S、じゃないのかしら」

 セイレンがためらうように、視線をデュオからそらしながら言った。その言葉に、ビィはセイレンの方を見る。

「推定ランクSの、魔法使いですか」

「……その方が、話がわかりやすくて済むな」

 デュオのため息は、時間を経るごとに重くなってゆく。言葉も重々しく、表情はどっと疲れたように暗い。その時、司令室に通信が入ってきた。デュオはデスクについている通信機を操作して、答えた。

「どうした?」

[救護室です。リュウさんが、目を覚まされました]

 通信の声を聞いた瞬間、ビィが走り出して司令室を出た。

「ちょ、ビィ?!」

 制止するセイレンの言葉も聞かずに走り出したビィの背中は、すぐに見えなくなった。驚きの表情を浮かべるセイレンに対して、デュオは至って冷静な表情のままだった。

「了解しました。今、リュウのバディがそちらに向かっています。我々も、すぐにそちらに向かいます」

 そう言ってデュオは通信を切り、司令室を出る。そのあとを、セイレンがついて行く。セイレンの表情は、驚きのものから、どこか険しいものになっている。

「やっぱり、ビィはただのドールじゃない。あの反応、普通のドールじゃできないわ」

「……そうですね」

 デュオの返事は、セイレンの言葉をきちんと聞いているのかどうかわからないような、あまりにも適当な返事だった。その反応にセイレンは一瞬苛立ちを覚えかけたが、現在の状況を思い出して開きかけた口を閉じた。

 自分の部下が原因不明の意識障害から回復した。しかし、事件に関わっている現状がある。デュオはリュウが目覚めたことへの安心感と状況を把握しなければならないという司令官としての立場で頭がいっぱいになっている。冷静なデュオ・クローヴの姿はそこには無かった。

 

 目覚めると、白い天井が目の前にあった。

「……病室、か」

 自分の居場所を確認するように呟いたリュウは、ゆっくりと体を起こした。傷や痛みは無く、何の問題もなく起き上がることができた。

「マスター」

 その時、扉が開かれ、ビィが部屋に入ってきた。表情は、いつもと同じ無表情だった。

「ビィ」

「身体機能に問題はありませんか」

「ああ、問題ない」

 そう言うと、リュウはベッドから降り、立ち上がる。壁にかけられていたハンガーから、自分の黒いコートを取ると、そのままビィの横を通り過ぎて部屋を出ようとした。が、

「何してんだ、お前」

 直後にデュオが扉の前に立っていた。デュオの声を聞いたリュウはデュオの方を向かずに足を止める。

「身体に問題はない。俺は、行く」

「どこにだ」

「粒泪を探しに」

「……バカか」

 デュオはリュウの肩を掴み、リュウの顔を自分の方に向けた。リュウの表情は暗く、目の奥に光は見えない。

「一人で行ってどうする。相手の居場所を特定して作戦を立てる。それまでお前は休んでいろ」

「これは俺とあの女の問題だ。お前らには関係ない」

「お前とルイ・ツブラギだけの問題じゃねぇ! これは事件なんだよ!!」

 デュオはリュウの胸倉を掴み、怒鳴り声を上げる。その声に気付いた救護班の班員たちがデュオを制止する。

「デュオ司令官! やめてください、リュウさんはまだ……」

「このバカはこれぐらいしないとわからないバカなんだよ!!」

「誰がバカだ、バカ司令官」

 低い声が聞こえたと思った瞬間、デュオの胸倉をリュウが掴んで叫んだ。

「あの女を止められるのは俺しかいない! 今の管理局に、あいつと同等の力をもつ魔導士は俺しかいないだろうが!! 冷静になって考えてみろよ、頭脳派!!」

「テメェこそ冷静になれ! さっきまでやられたことを忘れて、何があいつと同等の力だ!」

 デュオとリュウが怒鳴りあったその時だった。

 

 

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