13

 

 痛みの中で必死に自分たちを見上げる男の姿を一度見たあと、リュウは顔をあげた。

「リュウくん」

 その時、リーチェとキラベスがリュウの元に駆け寄った。リーチェは床に倒れている男を一度見たあと、リュウに尋ねた。

「この男が……」

「はい。まあ、しばらくは動けないと思うので……。後は、俺たちが処理します」

「ああ、よろしく頼む。こっちは全員確保が出来た。外も無事に終わったそうだ」

 リーチェの報告を受けて、リュウは安堵のため息を吐き出した。その安堵が伝わったのか、キラベスも緊張しきった表情を緩めた。

「結界魔術解除」

 リュウがロッドを天井に向けて唱えると、扉の前にあった黒い壁がふっと消えた。それと同時に扉が開かれ、そこからリーチェが配備させていた捜査員たちが入ってきた。既に拘束されている客たちは、捜査員たちによって連行されていく。

「これで、一件落着、か」

「さあ、それはどうでしょうか」

 リュウの背後から、声が聞こえた。リュウ、リーチェ、そしてキラベスが声のほうを向くと、白い仮面の男が先ほどビィに蹴られたわき腹を抑えながら立ち上がっている姿があった。体はふらついているが、仮面の下の視線は鋭く、リュウに向けられている。

「こんなところで……、私は、アンダーナイフの……幹部になる……」

「何だと」

「金と実績さえあれば!! 私も、アンダーナイフのトップになれるんだよ!!」

 男は叫ぶと、ズボンのポケットからナイフを取り出した。その次の行動は、簡単なものだった。

「消えろ!!」

 リュウに向かって走る男。リュウが男に向かってロッドを向けようとしたが、男がただの人間でないことを思い出して、はっと目を開いた。

「しまっ」

 リュウが呟いたときには男の姿は白い光に包まれて消えていた。リーチェとキラベスがリュウに背を向け、周囲を見渡すが、リュウは何処に現れるか薄々予測できていた。リュウが後ろを向こうとしたとき、突然身体が傾いた。

「なっ?!」

 リュウの視界にビィと、ビィにナイフを向けて突進する男の姿が入った。倒れるリュウは、ただビィに向かって手を伸ばすしか出来ない。

「ビィ!!」

 リュウの視界が、遮られる。

「ぐっ、あぁ?!」

 男の悲鳴が聞こえた。からんからん、とナイフが床に落ちる高い音が続く。そして、どさ、と大きな何かが床に落ちる音。

「そんなもんだけでうちのトップになれたら誰でもなれるっつーの」

 床に尻餅をつく形で倒れたリュウの耳に、状況と不釣合いなのんきな声が届いた。

「……お前、は」

 リュウがかすれた声で言うと、リュウの視界を遮っていた人物が顔を向けた。緑の仮面をつけた、青年。

「俺、女の子がひどい目に合うのはあんま好きじゃないのさ。女の子に手をあげるって、俺のポリシー? だっけか。まあ、それが許さないわけよ」

 そして、青年は仮面を外し床に落とした。仮面の下の顔は、リュウよりも若いように見えた。

「だからお前、アンダーナイフから消えろ」

 ごっ、と鈍い音と「がぁっ」という男の悲鳴が上がった。

「あんた魔術使うけど、普通に強くて、俺、好きよ」

「は?」

 言われた意味がわからず、リュウは問い返す。しかし、青年は満足したようで、満面の笑みをリュウに向けていた。そして、リュウは状況を把握するために周囲をちら、と視線だけで見る。青年の足元に、白い仮面の男がうつ伏せで倒れていた。しかも、青年に背中を思い切り踏まれており、抵抗もしていない様子から、完全に気絶していることがわかった。

「ま、こいつで今回のことは勘弁してよ、おにーさん」

「お前、何言って」

 リュウが立ち上がって尋ねようとした直後。青年は、走り出した。

「なっ?!」

 その速度は、走ったという表現がかわいく思えるほどのものだった。風、というより突風のようなその速度で、青年は人と人の隙間を通り抜け、開放された扉を潜り抜けてしまった。

「……おい、今の」

 もちろん、呆然としていたのはリュウだけではなく、すぐそばにいたリーチェとキラベスも同様だった。

「手の空いている者は、今逃げた男を追え!! 今すぐにだ!! こちら、ターコイズ! 逃走者一名あり!! タワー周囲の捜索強化!!」

 数秒の沈黙の後、リーチェは館内全体に響き渡る大声で指示を飛ばした。通信機の向こう側にいる捜査官の耳は無事だろうか、とリュウはずれた方向の心配をしていた。

「マスター」

 呆然としたリュウの隣に、ビィが立った。紅い瞳はじっとリュウを見上げていた。

「ビィ、……大丈夫だったか?」

 先ほどビィにナイフを向けられたことを思い出し、リュウはビィに尋ねる。

「問題ありません。身体損傷率十一パーセント、魔力波動安定、動作良好です」

「ならよかった。俺のほうも、問題ない。これで、今度こそ一件落着だな」

 捜査員たちと観客たちの声が交差する中、リュウは今度こそ、と大きな安堵の息を吐き出した。

 

 

 

 

←12    目次    14→