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「おらぁっ!!」
怒鳴り声のような低い声と、物が地面に叩きつけられる大きな音。
「サツがなめんじゃねぇ!!」
男が叫び、どこかに向かって走る。その先には、一人の女が立っていた。
「調子乗るんじゃねぇぞ!!」
男は走りながら右手を大きく振り上げる。女は、男のがら空きになった腹を見逃さなかった。
「はっ!!」
女は右足を引き、男の腹に向かって回し蹴りを入れた。ごっ、という不気味な音がして、男は地面に叩きつけられる。
「不良ごときが、警察舐めるな」
地面に叩きつけられた男の背中を踏み、女――リーチェは吐き捨てた。
「……すっ、すごいです……」
「キラベス!! ぼさっとすんな!!」
「はっ、はい!!」
一連の流れを見て呆然としていたキラベスに、リーチェの怒鳴り声が飛ぶ。その時、キラベスの背後に黒い影が迫ってきているのにリーチェは気付いた。
「キラベス、それ寄越せ!!」
「え?!」
そう叫ぶとリーチェはキラベスの元に走り、その手に握られていたロッドを奪い取った。
「ぐあぁっ?!」
キラベスの背後から鈍く低い打撲音と、男のうめき声、そして何かがどさり、と地面に落ちる音がした。
「……へ?」
間抜けな声を上げて、キラベスは後ろを見る。そこにはうつ伏せになって倒れている大柄な男と、ロッドをしっかりと握っているリーチェの姿があった。
「ったく、こんな武器持ってんだからお前も戦え」
「……って、ロッドは鈍器じゃありませんからね、リーチェさん?!」
その光景から、倒れている男をロッドで殴ったことを理解したキラベスは、呆れた顔を浮かべるリーチェに全力で叫んだ。しかしリーチェは気にしていない様子で、キラベスにロッドを渡した。
「使えるものは何でも使う。それが現場でのやり方だ。ほら、キラベス。さっさと扉の向こうの人数確認!」
「……もう」
何処にどう文句を言えばいいかわからないキラベスは涙目になりながら、ロッドを次の部屋に繋がる扉に向けた。
「魔術展開! 探索魔術発動!」
キラベスが唱えると、扉の表面に青い魔法陣が現れた。そして、キラベスは目を閉じて扉の向こう側の魔力波動を探る。
「魔力波動は探知できません。向こうにいるのは推定、四人です」
「上等。行くぞ!!」
リーチェは叫び、扉を蹴り開いた。
わあ、と歓声が先ほどよりも大きく、館内に響く。
「……何だ、あの動き」
リュウは、目の前で行われている試合を睨むように見つめていた。
対戦しているドールの動きが、今までのドールと全く違う。今までのドールは魔術を発動させるのに必死になっている、というような印象があったのだが、今のドール――ブレイズ・エーゲートは全く違う。まるで、戦闘慣れしている兵士のような動きなのだ。
「魔術展開」
ビィが右手をブレイズに向け、魔法陣を展開する。一秒も経たないで、魔法陣からマシンガンの如く黒い光の弾丸が放たれた。しかし、ブレイズは、それを――避けていた。
「ビィ!!」
リュウが叫ぶと、ビィは後ろに跳躍する。その直後、上方から何かが落ちてきた。
「……何だ、あれは……?!」
地面は大きく凹んでいた。その中央には、ブレイズが右手の拳を地面に叩きつけている姿があった。もしもあれにビィが直撃していたら、という想像を振り払おうとしていたリュウの耳に、口笛の音が聞こえた。
「……何か、したな」
リュウは視線を、ビィから自分の向こう側にたつ、緑の仮面の青年――ウィンド・グリーンを見た。ウィンド・グリーンはまるで音楽を聞いているかのように、リズミカルにつま先を鳴らしていた。口元の笑みは、目の前の光景をただ純粋に楽しんでいるものだった。
「行け、ブレイズ」
「了解しました」
ブレイズは後ろに下がったビィを見て、拳を地面から引き上げる。そして、つま先で全身を押し、ビィに向かって走り出した。ビィは、それを立って見ていた。大きく振りかぶるブレイズの拳の軌道線上に、ビィの頭があった。
「ビィ!!」
ごっ、と鈍い音が響く。ブレイズの拳にぶつかっていたのは、ビィの頭――ではなく、かごの柱。
「ん?」
ウィンド・グリーンは疑問を含んだ声を上げた。その、直後だった。
ブレイズの視界から消えていたビィは、いつの間にかブレイズの背後に、宙に浮いた状態でいた。そして、ビィは柱に拳をぶつけたままのブレイズの頭に向かって、大きく足を振って回し蹴りを入れた。
「なっ?!」
一回、二回、三回、と跳ねながらブレイズは地面に叩きつけられた。ビィはふわり、と着地して倒れたブレイズに向かって再び右手を向ける。
「探索魔術発動。対象、発動中特殊魔術」
ビィが唱えると、ブレイズの下に黒い魔法陣が展開される。すると、ブレイズの身体から緑に光る電流が走り始めた。それから電流はブレイズの身体から引っ張られている細い糸のようなものを伝い、ウィンド・グリーンの元まで辿り着いた。突然の出来事に、ウィンド・グリーンは「うおお?!」と大きな声を上げている。
「ちょ、ちょっと?!」
「ビィ」
「了解しました、マスター」
混乱するウィンド・グリーンを無視して、リュウはビィを呼ぶ。ビィは頷き、今度は右手をウィンド・グリーンに向けた。
「魔術コード解析完了、解除します」
直後、ガラスが割れるような音がして、ブレイズとウィンド・グリーンを繋いでいた細い糸が消滅した。そして、ビィは再びブレイズの方を向いた。
「行動停止魔術発動。対象、ブレイズ・エーゲート」
黒い魔法陣がブレイズの身体に浮かび上がる。それから、起き上がろうとしていたブレイズの腕から力が失われ、そのままブレイズは地面に倒れこんだ。
[今回の優勝は……ブラック・ゴーストだぁー!!]
放送の声が上がり、館内は一気に歓声で埋まる。そんな歓声など興味のないリュウは、かごの中心に立つビィを見ていた。
「なあ」
リュウが声に気付いて横を見ると、いつの間にかリュウの隣にウィンド・グリーンが立っていた。
「さっきのアレ。絶対お前のドール殴ったって思ったんだけど、何で消えてたんだ?」
その質問は、試合結果が不満だったからという理由からではなく、ただ純粋に知りたいという気持ちから来るものだった。それは、明るく尋ねる様子からリュウも理解できた。
「……転送魔術。瞬間的に発動させて、お前のドールの背後に回った。それだけだ」
「ほー、なるほどなあ」
「お前は、あのドールに何かしたのか?」
「ん? ああ、俺の考えたとおりに動け、って指示しただけだ」
考えたとおりに動かす。それ自体は高度な魔術ではないのだが、あそこまでの動きをさせるのは普通の人間では不可能である。具体的なイメージ――それも、経験が無いと出来ないほど詳細な動きを、目の前の青年は、知っていた。
「……お前」
リュウが尋ねようとしたその時だった。